第258話 延長戦は渋谷にて
「──なぁ……やっぱティガーさんには連絡しといた方が良かったんとちゃうか?」
大阪から東京へと向かう新幹線にて、気弱そうな関西弁で一人の女性が隣の席に座る女性に尋ねた。
車窓から景色を見ていた女性は彼女の質問に『ハァ……』とため息を吐くと、眉間にしわを寄せて苛立った様子で振り返った。
「あんなぁ……よぉ考えてみ? ティガーさんが例の戦争で渋谷行ってから今まで、一度でも連絡があったか?」
「な、無いですけど……」
彼女の脳裏には、この数か月の出来事が想起されていた。
戦争が終われば帰って来ると思っていた彼女達のリーダー、『ティガー』が渋谷ダンジョンに残った日の衝撃。
連絡を入れた際に『すまんな。もう少しこっちで稼ぐつもりやねん』と冷たく突っぱねられた記憶。
それでも待っていれば本来の居場所に──大阪ダンジョンに帰って来る。そんな期待を胸に待ち続けた停滞の日々……しかし、一方でティガーはオーマ=ヴィオレットやクリム等のような渋谷ダンジョンのダイバーと、背を預け合いながら生き生きと配信を続けていた。
そんな姿を見ている内、やがて彼女達は一つの事実を認めざるを得なくなった。
「ティガーさんが向こうのダンジョンに夢中なんもあるやろけどな……そもそも、ウチらがあの人に軽く見られとるんや」
「や、やっぱりそうなんですかね……」
「……お前、今回の遠征の目的、忘れとるんとちゃうやろな?」
現実を突きつけてなおも煮え切らない女性の様子をギロリと睨み、ピシャリと女性の両頬を叩くように両手で挟み込むと強引に視線を合わせた。
「ええか? ウチらの目的は確かにアレの確保! そして独占や! けどなぁ、それ以上にウチらは自分の価値言うもんを示しに行くんや! 今からそないな調子でどないすんねん、アホ!」
その気迫と声量にビクッと肩を跳ねさせた女性は、涙目になりながらも問い返す。
「アレさえ手に入れれば……ティガーさんは大阪にまた帰って来てくれるんですかね?」
「ティガーさんが渋谷ダンジョンにずっと潜っとる理由はアレ以外に考えられへん! アレが……『白樹』が十分な量集まれば、渋谷ダンジョンにこだわる理由もない! 簡単な理屈や! そうやろ!?」
ティガーが自身の装備をWD製の物に更新した様子は、SNSの投稿や彼女自身の配信で彼女達も見ていた。
白樹の存在が彼女の探索理由にあるのは間違いない……少なくとも、女性の中ではそう言う結論が出ていた。
それは半ば願望でしかなく、ましてティガー本人がそう発言した訳でもない。寧ろ、気弱な女性にはティガーがそんな単純な理由で自分達を捨てるような人間とは思えなかった。
……しかし気弱な女性にはその矛盾を指摘する度胸は無く、頷くしか出来なかった。
「ぅ……そ、そう、やと思います……!」
気弱な女性のその言葉に一定の満足を得たのか、女性は腕を組み座席に深く座り直す。
「分かったならええねん。ウチらがやる事は一つや……渋谷ダンジョンの下層にある白樹を、可能な限り回収して大阪に持ち帰る! そんで、アイツらには渡さへん! その功績を材料にティガーさんを説得して、大阪ダンジョンでのウチらの立場を取り返すんや!」
新幹線内でのマナーなんて知った事かと言わんばかりに、車内で声を張り上げる女性。
周囲の乗客の中には迷惑そうに視線を向ける者も多かったが……しかし、彼女を咎める声はついに上がらなかった。
それもその筈……現在彼女達が乗る車両の半分ほどは、彼女達の仲間──『猛虎』が占領するように席を取っていたからだ。
騒がしい虎の群れを乗せた車両は進む……数両離れた別の車両に、彼女達によく似た団体を乗せながら。
「──ぁん?」
「──あら?」
新幹線に揺られる事、数時間。
東京駅に到着した猛虎はそこでばったり、宿敵と呼べる相手に遭遇してしまった。
「あんれまぁ、近くに動物園でもあるんか思たら……『蒙古斑』の皆さんやないの。幼稚園の遠足か?」
「あぁ!? キッツイ香水付けたオバンおるなぁと思たら、案の定アンタらかい……! その『百科事典』みたいな厚化粧、どうにかならんかぁ? 重そうで見てられんわ」
顔を会わせるなり始まった、売り言葉に買い言葉の応酬。
最近は大人しくなったと関西で言われ始めた彼女達が、こうして再び以前のような喧嘩腰に戻ってしまったのには理由がある。
彼女達は普段から互いを敵視している為、その動向に目を光らせている。
だからこそ、相手のクランが『渋谷ダンジョンの攻略に乗り出す』という旨をSNSに投稿したのを見た瞬間から確信していたのだ。
──『コイツらの目的は自分達と同じだ』……と。
「ちびっ子達は早よ観光済ましてお家におかえり? 家でおかんが心配しながら待っとるで」
「おぅおぅ、年寄り言うんはお節介が愛嬌やからなぁ。ご忠告ありがたぁ~く聞いとくわ。けどもう長旅も堪える年齢やろ? そっちこそ家に帰って腰を労わったらどうや?」
不仲を隠そうともせず、互いに先を奪い合う様に速足で改札に向かう『猛虎』と『百華』。
騒がしく罵り合いながら競歩する集団は必然的に悪目立ちし、その姿が周囲の一般人によってSNSに投稿されたのは寧ろ当然の流れだったのかもしれない……
◇
『なんか駅で競歩してる奴ら居るんだけどwww
→【動画】』
『草。何やってんだこいつらw』
『これ猛虎と百華じゃね?リーダーはいないっぽいけど…』
『マジかよアイツらようやく大人しくなって来たと思ったのに』
『これ東京駅か?って事は渋谷に来るのかよ…』
「「はぁ~……」」
こんな呟きと共に知り合いの姿がSNSで拡散されているのを目にしたティガーと魅國は、ホテルの一室で頭を抱えていた。
SNSで猛虎と百華それぞれのダイバー達が渋谷ダンジョンに向かうと表明していた時から嫌な予感はあったが、早速面倒ごとを起こしそうな予兆がこれでもかとタイムラインに流れて来るのだ。ため息の一つも吐きたくなるだろう。
「ったく……ちょい前まではええ感じにいっとったのになぁ……」
「ホンマになぁ。数か月かけて落ち着かせても、元に戻るんは一瞬か……ままならんもんやねぇ」
昼間から酒を煽りたい気分になりながら、ティガーと魅國はどうするかと視線を交わす。
この様子からも分かる事だが……実はクラン全体の対立とは裏腹に、二人の仲はそれ程悪くはない。
確かに一時期はいがみ合う関係になっていた物の、それぞれのクランから離れて同じダンジョンで顔を合わせる内に次第に関係は改善されて行き……今では嘗ての様に背中を預けても良いと思えるほどになっていた。
……いや、元々二人に関してはこれが普通の距離感だったのだ。
近所に住む幼馴染であり、互いに信頼関係があったからこそ二人はクラン『虎華呼居』を立ち上げたのだから。
「ウチらがクランに居らんと喧嘩も出来んくせに、こう言う時ばかり妙な行動力発揮しよってからに……!」
「『人鬼戦争』でウチらがクランを離れた数日、あのアホ共が大人しゅうしとったと聞いた時は『これや』って思ったんやけどなぁ……」
『猛虎』『百華』に所属するダイバーの殆どは、元々ティガーと魅國の強さを頼って集まって来た連中であり……その威光を笠に見栄を張る事は出来ても、実際に喧嘩が得意な訳ではない。
人鬼戦争への参加要請で頼れるリーダーを欠いた『猛虎』と『百華』は、その間ある種の冷戦状態となっていた。
その事を知ったティガーと魅國は、それ以来何かと理由をつけて渋谷ダンジョンに残って探索を継続していたのだが……こうして彼女達が渋谷に来てしまった以上、それも無駄に終わりそうだ。
「……どないする? そもそもアイツらの狙いはなんや? 何か聞いとらんか?」
「ウチはなんも聞いとらんなぁ……そもそも、ウチにもアンタにも何の連絡も無かったから、今こうして慌てとるんやろ?」
「……その通りやな。──まさか、魔都の攻略に参加とか言わんよなぁ?」
「まさかやろ。魔法を学べるんは魅力やろけど、流石に実力が足らん事くらいは理解しとるはずやで……多分」
魔法を得る為に無謀な探索をするのではないか……そんな憶測も出るが、そこに関しては全くの杞憂である。
そもそも『猛虎』も『百華』もオーマ=ヴィオレットに関する炎上騒動にも、そもそも騒動の中心となっていたオーマ=ヴィオレットにも興味はなく、彼女の配信も特に追っていなかったからだ。
良くも悪くも互いのクランの動向にしか注意を払っていなかった彼女達は、魔法の事はおろか魔都攻略の話題もそこまで詳しく知らないのだ。
「……ほなら、やっぱウチらを呼び戻そうっちゅう腹か?」
「それが一番あり得そうやけど……今は魔都の一件もあるさかい、どのみち戻る気ぃはあらへんよ?」
「それはウチも同じやけどな……」
まさか彼女達が『白樹を独占すればリーダーを呼び戻せる』等と、全く的外れな目的で動いているとは想像も出来ないティガーと魅國。
全く行動の読めない自身のクランに、彼女達が下した判断は──
「……まぁ、まだ様子見か。単純に稼ぎに来とるだけかもわからんしな……」
「ウチらも実力検査の準備とか、色々あるしなぁ……それに、アイツらの事や。何かあったら、どうせウチ等に泣きついて来るやろ」
「いつもの事やしな……それはそうと、魅國。お前、訓練用の武器はどうするんや? 訓練用の鉄扇なんか、どこにも売ってへんやろ?」
「それは大型の杖で代用利かすわ。元々ウチは魔導士やからな、魔法が使えんと話にならん。アンタこそ──」
静観……それは猛虎のダイバーが言っていたように、彼女達を軽く見ているからこその判断だったと言えた。




