第246話 二番目の悪魔
「な──っ!? アンタ、いきなり何を……ッ!」
バチバチと帯電したドローンカメラが、機能を停止してゴロゴロと地面に転がる。
突如として飛来した無数の雷の魔法。それによってこの場に居る全てのダイバーのドローンカメラが、一斉に破壊されたのだ。
漂う黒煙と焦げた臭いによってそれを理解したダイバー達は、一斉に背後を振り返った。
このタイミングから、この破壊を実行したのは考えるまでもなく──
「……」
ダイバー達が振り向いた先では、フードの女性が無言で広げた両掌を翳しているのが見えた。
雷の魔法の余韻だろうか。伸ばした十指はパリパリとスパークしており、それを見たダイバー達は言い訳を許さない剣呑な表情で武器を構える。しかし──
「──まぁまぁ、一旦落ち着いてよ。皆」
「っ、アト! 何悠長な事言うてんねん! コイツは今──」
「危害を加えるつもりなら、今の魔法であたし達を直接撃ってたでしょ。それをしなかったって事は、逆に敵意が無いって事だと思わない?」
「……! まさか、アンタこうなる事も想定しとったんか!?」
ダイバー達と女性の間に割り込んだ春葉アトに食って掛かったティガーだったが、その内彼女の口ぶりから『もしや』と確信めいた疑問を抱き、春葉アトに詰め寄った。
すると、彼女はこくりと一つ頷きを返し……
「なんとなくね。まぁ、カメラはちょっともったいない気はしたけど……相応の理由があるんでしょ? ──チヨちゃん」
「──っ!?」
と、フードの女性に振り返り、確信を持ってその名を告げる。
今や親しみを込めて呼ばれる事の方が多い、唯一の悪魔……『チヨ』と呼ばれたフードの女性は、それまでのクールな表情をにへらと崩し、急に馴れ馴れしい口調でダイバー達に話し始めた。
「いやぁ~……流石アトちゃん。バレちゃったかぁ」
「ち、チヨやとォ!? いや、その雰囲気……ホンマにチヨなんか……!?」
「そうだよ、ティガーちゃん。……この姿で皆と会うのは、これで二回目かな?」
「二回目……?」
フードの女性の言葉に心当たりがなく、ダイバー達は互いに目配せし合う。
そんな中、一人のダイバーが突然声を上げた。
「──あーっ! どこかで見たと思ったら、あの時の! あれ、チヨさんだったんですか!?」
心底驚いたといった表情で女性を指差したのは、クリムだ。
この中で唯一女性の言葉に心当たりがあったらしい彼女に自然と視線は集まり、クリムは彼女達に説明を始めた。
「ほら、あの時ですよ! ゴブリンとの戦争で! 最後の洞窟でKatsu-首領-さんが私を庇ってやられちゃった時、助けに入ってくれた人です!」
「……あ、あぁ! そう言われると確かに……!」
クリムの説明で思い出した者がちらほらと現れ、未だ思い出せない──或いはもともとそれを知らなかったダイバー達も、その言葉で女性を信じ始めたのか剣呑な雰囲気は霧散していった。
しかし、そうなると最後に残るのは『なぜこんな事を』という純粋な疑問だ。
ダイバー達からのそんな視線を受けたフードの女性は、そこで一度周囲を見回した後……
「──ま、今なら大丈夫かな」
そう言って、【変身魔法】を解除した。
フードの輪郭がぼやけ、溶け合い、羊のような一対の巻き角を備えたピンク髪が伸びる。肌は青白く染まり、背中から広がる翼と地を擦る尻尾が彼女が悪魔である事を主張する。
一連の変化が終わった時、ダイバー達の前に立っていたのは紛れもなくチヨだった。
「本当にチヨさんだったんですね……!」
「それにしたって、雰囲気変わり過ぎやろ……!? 何でアトはこれが直感で分かんねん。訳分からん過ぎて怖いわぁ……」
「あはは……まぁ、それはそれとして、何の用が──いや、何の話があるの?」
興味半分、おっかなさ半分といったティガーのジト目をよそに、春葉アトは正体を現したチヨに尋ねるが──チヨはダイバー達の顔触れに視線を巡らせた後、僅かに表情を険しくして問いかけた。
「……その前に、ヴィオレットちゃんはどうしたの? あたしとしては、あの子にも聞いて欲しい話なんだけど……」
「っ、……」
突然その名が出た事で、つい口籠ってしまうダイバー達。
チヨがその反応を見逃すはずもなく、その目がスッと細められる。
「……なにがあったの?」
「それは……」
有無を言わさぬ視線に、しどろもどろになるダイバー達。
彼女達もヴィオレットの現状を全て理解できている訳ではないし、寧ろ今の彼女の身に何が起きているのかを知りたいと思っている側ですらあるのだ。
あまりにも複雑な現状……それをチヨに対してどう説明したものかと頭を悩ませる。
そんな彼女達を手で制し、代表して口を開いたのは──やはり春葉アトだった。
「あたしが話すよ。……実はね──」
「──ヴィオレットちゃんが、悪魔……?」
「って説が出てるって話。まぁあたしはあの子がどっちだったとしても、少なくとも仲間だとは思ってるけどね。悪い子じゃないのは直感で分かってるからさ。……ただ、そう考える人ばかりでもないみたい。その所為なのか、最近はヴィオレットちゃん、探索も配信もしてないみたいで……」
春葉アトが話したのは、以前ヴィオレットの配信で起きた事件と、それに端を発して現在SNSやネット掲示板等でも続いている炎上の実情だ。
多くのリスナーはヴィオレットの言葉を待っているのだが、『ヴィオレットは悪魔であり敵だ』と火をつけて回る者が一定数おり、一向に鎮火する気配が無い。
寧ろヴィオレットとコラボをした事があるダイバーに対して『悪魔の手先』等というレッテルを張ろうとする者まで出てきており、少しずつではあるが炎上の範囲が広がっているのが現状だ。
それにより『巻き添えだ』『ヴィオレットが早く配信しないからだ』という考えを持ち始めるリスナーも出てきており、状況は当初よりも寧ろカオスになりつつある。
これではヴィオレットが配信に踏み切れないのも無理はない……それが彼女と親交のあったダイバーの感想だった。
「──あの! ヴィオレットさんは、本当に悪魔なんですか!?」
「クリム、落ち着きィ。チヨにそないな事聞いても──」
一向に好転しない現状に普段からもどかしく思っていたクリムが、悪魔側の事情に詳しいだろうチヨに対して思わず声を上げてしまう。
ティガーがその肩に手を添え、優しくたしなめようとしたその時……クリムの問いにチヨが答えた。
「──違うよ。ヴィオレットちゃんは、悪魔じゃない。いち悪魔として、それだけは断言して良い」
「!」
確信を持ったチヨの返答に、パッと表情が明るくなるクリム。
しかし、一方でティガーは眉を顰める。『チヨとは言え悪魔の言葉だ』……そんな警戒を滲ませた表情であらゆる可能性を提示し、彼女の真意を追究するべく質問を重ねた。
「……何でただの『いち悪魔』にそんな事が断言できるんや? さっきの街はウチらも見たけどな、あそこに居る悪魔の数は百や二百どころやない。全員の顔を把握なんて、到底無理や。それに、もし仮にここの悪魔の顔を全部覚えとったとしても、他のダンジョンから来た悪魔って可能性やって──」
「他のダンジョンに悪魔はいないよ。……悪魔は、このダンジョンで生まれた存在だからね」
「──っ!?」
チヨの思わぬ爆弾発言に、ダイバー達の目が一斉に見開かれる。
『悪魔が渋谷ダンジョンで生まれた』……そんな事を断言できる存在は、それこそ限られる。
いったいチヨとは何者なのか。ただ『妙にフレンドリーでやたら強い悪魔』でしかなかった彼女の印象が、その瞬間からガラリと変わった気がした。
──いや、文字通り『変わった』のだ。彼女の纏う雰囲気が。
下層でこれまで幾度となく言葉を交わしたにもかかわらず、彼女達は今『初めて本当のチヨに会った』……そんな印象を受けた。
「改めて、自己紹介するよ。私の名前はチヨ。この渋谷ダンジョンで、二番目に悪魔になった……──元・人間だよ」
いつの間にか彼女が普段から張り付けていた、普段の軽薄な表情は鳴りを潜め……フードの女性の姿に化けていた時と同じ、怜悧な瞳がダイバー達に向けられていた。




