襲われたレーナ 4
深夜遅くまで掛かって、後片付けと明日の仕込みを一人で終わらせたレーナは、ペッピーノと一緒に帰り道を急いだ。
「うう、寒い……」
吐く息は白く、全身縮こまるほど冷えた外気。
この地域の特性なのか、夜でも真っ暗にならずうっすら白い。
月は赤いが異世界の夜空にも前の世界と変わらない星が輝いている。宇宙は共有なのかもしれない。
寒さに強いペッピーノは、行ったり来たりと元気にはしゃいでいる。
誰もいなくて物騒ではあるが、ペッピーノがいてくれるから怖くない。
誰もいない田舎道を一人と一匹で歩いている間は、仕事に忙殺される日常を忘れさせてくれる貴重な癒しの時間である。
家に帰れば、飲んだくれで働かない父親がいる。見栄っ張りで浪費家の母親がいる。女の幸せは結婚にあると言いながら、何の努力もしない姉がいる。口が達者な妹がいる。
ろくでもない家族だけど、人間は悪くないし、何より、ここでカルロと出会えた。
真っ直ぐで優しくて上品で、話をすると心穏やかになれる素敵な人。
ランベルトという親友もいて、友人に恵まれている。カルロの人柄がいいからだ。
自分でも分かっている。
カルロへの好意が自分の中で大きくなっていることを。
「あ!」
一筋の流れ星を見つけた。
「カルロ……」
とっくに消えた流れ星に向かって、静かに祈りの手を合わせる。
カルロと出会えたことで、この異世界が素晴らしきバラ色に染められた。それに対する感謝の祈りだ。
「いつかカルロの隣に寄り添えたらいいなあ」
夢物語かもしれないが、ウソ偽りなき正直な今の気持ちである。
恋心を打ち明けることは一生ないと思う。
異世界転生した自分が結婚を夢見ることはない。
料理人として生きて、カルロが食べてくれればそれで満足。それ以上を望むつもりはない。
「今の状況が永遠に続いてくれますように」
ささやかな願い。
少し離れた木の影から、セルジョがレーナを見ていた。
店を出たあと帰っていなかった彼は、外でレーナが出てくるのを待って密かに後をつけていた。
「ワンワン!」
彼の存在に気付いたペッピーノがすり寄ってきたが、黙って頭を撫でると戻っていった。
ペッピーノは、二人の間を行ったり来たりしたが、レーナはその意味に思い至らず、セルジョに全く気付いていない。
星空を見上げてのんきに歩いている。
「おや?」
セルジョは、レーナに近づく巨大な影に気が付いた。
「あれは、ベアズリー!」
ベアズリーは、熊モンスター。獰猛な肉食獣で、鋭い牙と強靭な顎で骨まで噛み砕く。鋼鉄より頑丈な爪は大木を倒し、自分の三倍ある岩を動かすほどの力持ちだ。
人間が襲われたらひとたまりもない。
目の前のベアズリーの推定体長2m、推定体重500㎏。超巨大だ。
匂いで気付いたペッピーノが、ベアズリーに向かって威嚇するように吠えたてた。
「ワンワン!」
「どうしたの? そこに誰かいるの?」
「ガルルル……」
ペッピーノは、いつでもとびかかれる体勢で唸り声をあげる。
オスの巨大ベアズリーがのっしのっしと歩いて現れた。




