お嬢様たちの海浜学校
「花嫁女学校の記録係~次の帝のお妃候補は訳アリばかり!?華族令嬢たちの真実、きっちり記録して元皇子な理事長に提出させていただきます!~」の第三部となります!
すずりら花夢女学校の女学生たちは、汽車に乗って大磯へと出掛けた。
期末試験を終えた七月の最後の週から、八月の第一週にかけての合計二週間の海浜学校だ。
それを終えるとお盆を挟む形で夏季休暇となり、入学式以来はじめて、女学生たちは寄宿舎から実家へと帰ることになる。
演劇祭への準備のための合宿と、健康増進のための海水浴を兼ねている。
朝いちばんにセーラーの衿がついたワンピースの水着と大きな麦わら帽子をかぶり、皆で体操をする。
希望する者がいれば海へと入り、そうでない者は大きな日傘の下で読書をしたり、海辺を散歩するのでもよい。
ご令嬢方は幼い頃から、とにかく日焼けをしてはいけないと教え込まれている。
一方で、海に身体を浸して泳ぐところまではいかなくとも、潮風を浴びたり、延々と続く海岸線を散歩することは、御一新以前には御典医まで務めた偉いお医者さまによって健康に良いと広められていた。
女学生たちの滞在場所は学校が手配し、複数の華族の別荘を借り切る形で割り振られた。
その中のひとつが、庭を斜めに下るうちに砂浜へとたどり着くほど絶好の位置にある、南郷匡子の祖父の持つ別荘で『御石荘』である。
匡子は多枝子と寄宿舎で相部屋の、ロ組の伯爵令嬢である。
その匡子曰く、庭にある立派な巨石を見つけたことからこの土地を選び、その名をつけたそうだ。
すずりとさち子は、ロ組の令嬢たちに混じって、匡子・多枝子とともにその御石荘に部屋が割り当てられた。
匡子の口利きによるものらしい。
「子どもの頃は、夏はいつもここで過ごしていたの。海が近すぎて、波音が絶えず聞こえるものだから、慣れない頃は夜に目が覚めると恐ろしかったものだけれど、慣れるとむしろ、あの音がないと物足りないような気になったりするわね」
勝手知ったる様子で、寝泊まりする部屋のある和風の邸宅を案内してくれた匡子が言った。
大江の家が落ちぶれたこともあって別荘などとは無縁のすずりは、縁側からも海が見える広大な庭を見渡しては、驚くばかりであった。
和風の邸宅から続く渡り廊下を行くと、西洋の賓客の接待がまかなえる大広間を持つ洋館があるが、ここはロ組の演劇祭に向けた作業場となるので、競争相手となるハ組みのすずりたちは足を踏み入れることができない。
ハ組が集まるのは、御石荘から歩いて十分ほど離れたところにある、かつての大臣の持ち物だったが、大学を建てる資金を集めるために売却し、今は実業家の持ち物となっている別荘だった。
海の近くだからか、家と家の間隔が広いからか、はたまた立派な松林のおかげか、どちらの別荘にいても涼しく、開放的な気がする。
海で泳いだことのないすずりは、海浜学校に来るまでは体操の授業のようにただただ憂鬱だったが、数日経つうちに体操を終えるとさっさと着物に着替えて、日傘をさして砂浜の散歩だけを楽しむ令嬢も多くなっていき、便乗させてもらうことにした。
ともあれこの海浜学校は、演劇祭に向けた強化合宿の場である。
「違いますわ、大江さん。そこはもっと、思いを込めて。普段、灰をかぶって床に這いつくばるような家事ばかりさせられているアッシェンプッテルが、唯一気を許せるのが小鳥たちなのですわよ!」
「は、はい。申し訳ありません……」
ハ組の題目である『灰かぶり姫』の脚本を担当するのは、学級委員長の井伊なほ子である。
早くも前半部分の脚本を書き上げ、すずりは主役として、読み合わせに参加していた。
普段は冷静沈着、教師からの信頼も厚い井伊委員長が、別人のように髪を振り乱し、鋭い怒号を飛ばしてくる。
すずりは以前に寮の部屋へとやってきて採寸し、少しでも動くとぴしゃりと指摘してきた、唐津綾子にも似たものを覚えた。
ちなみに綾子は、デザイン画と生地探しのため帝都の女学校に残りたい希望を出し、同室のこよみとともに海浜学校を欠席している(担任の桑原によって許可された)。
前半部分は、実は主役であるアッシェンプッテルの台詞はほとんどない。
それでも、読み合わせはすずりが台詞を発するところでばかり止められた。
(……口で話すより、書くほうがよほど得意なのだけれども)
縋るようにさち子を探すが、舞台美術班に属する相棒は同じ部屋にはいない。
うっかり主人公に立候補してしまったすずりはひとり、鬼の井伊委員長と対峙するしかないのだった。




