#9 邪魔
ーあぁ、邪魔だ。
「ッはぁー、参りマシタね」
屋根の上で夜風に当たりながら、盛大なため息をつく。自分のダウナーな部分は、彼女の前ではあまり見せたくない。
死神が来ることは予想の範囲内。魔族という異物、しかも高等吸血鬼の王子が1年も人間界に滞在するなど。天界は当然、些細な悪事も見逃すまいと目を光らせるだろう。
ただ、彼女に対して妙に馴れ馴れしく、この私に対しあそこまで強気に出てくるのは計算外だ。
「嫌デスねぇ。これだから感情で動くタイプは」
義理人情...とでも言うべきか。その手のタイプは損得を無視して、他人のために己の命すら簡単に投げ捨てられる。
...だからこそ、こちらの道理が通じない。計画を遂行する上で、非常に厄介な存在だ。
「あー、邪魔デス。邪魔。なーんで邪魔をするのデショう?...本当に、邪魔デスねぇ」
私はただ、彼女と一生を添い遂げたいだけなのに。愛しているだけなのに。何故こうも邪魔が入るのか。
その為なら、どんな苦労だって惜しまない。一国の王子が人間如きと共に汗水垂らして働くままごとだって、人間界に滞在するための七面倒臭い手続きだって、何だってやれる。
...まあ、家事全般に至っては、ただの個人的な趣味になってしまったのだが。
ー彼女が焦がれ望んでいた、御伽噺の王子様にだってなってみせる。
ぽっと出の脇役如きに、その座を譲ってなどやるものか。奪われて、たまるものか。
「...何をこんなに、焦っているのデショう」
...分かっている。今の私は、普段の冷静さを少し、ほんの少し、欠いている。一体何を不安になることがあるというのだ。
そもそもあの男...死神は、元を辿ればただの人間なのだ。そう、人間ごとき。
ー彼女と同じ、人間だった。
(...同じ、種族)
チクリと、胸の奥をつつかれる感覚。
「...あぁ、鬱陶しい」
種族の違い、それがどうした。私らしくもない。力も地位も財力も頭の回転も、圧倒的に私の方が勝っているのだ。
「...そーデスよ!私の方がイケメンで背が高くてスマートで完璧なんデス!...なのに、何を一体...こんなに...」
「...自画自賛がすごい」
不意に聞こえた鈴を転がすような愛しいあの声に、一瞬で全身が凍りつく。
ぎ、ぎ、ぎ。と。錆びた絡繰人形を無理やり動かすように、恐る恐る後ろを振り向く。
...引っ込み思案な彼女が、自分を追いかけてくるなんて想定外だった。一体どこから聞かれていた?
「...杏サン、いつから...って、ワ゛ァ゛ーーーーーー!!!!」
...それどころじゃなかった。大方私を探して、不自然に開いていた二階の窓から身を乗り出したんだろう。屋根の上にいた私の様子を見ようと、バランスを崩したのだろう。
ベランダから、落ちかけていた。
「な、な、なんでそんな事になるんデスか!!!!!!」
「...わかんない...たすけて」
「いや勿論助けマスけど!!!!」
慌てて彼女を救出する。と同時に、あの死神の顔が嫌でも脳裏をよぎった。
...ドジだなぁ。という顔でアイツのこと見てましたけど、あなたも相当ですよ。
(そこが飽きないし可愛いんデスけど...時折すんっごく、危なっかしいんデスよねぇ...無防備というか、危機感がなさすぎるというか、自分の命に無関心で適当ゆえに存在も希薄というか...。兎に角危ないのは勘弁願いたいものデス....)
「...何?」
なんだか、失礼な事を考えている気がする。彼女の顔にそう書いてあった。
...好意にはとてつもなく鈍感なのに。何故悪意やら呆れやら、負の感情にはこうも敏感なのか。
「...いえ、何でもないデスよ」
...言った所で、本人は首を傾げるだろうから。心の奥底にしまっておいた。