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どうしてこんなことに…!
いや、そんなことよりもまずは、あの救世主を一刻も早く帰さなければ…あの女さえ帰ってしまえばすべて元通りになる!
―――なのに
「なぜ、っ、どこにも帰し方が載っていないのだ………!!」
答えは分かっている。
歴代の王たちが、自分と同じように救世主を秘密裏に亡き者にしてきたからだ。
誰一人として、帰そうとした王がいなかった。
なぜか
それは、我が国が他国を圧倒している魔術師の魔術のせいで世界がこうなったという秘密を知っているからだ。
救世主を消さなければ我が国は、――私は――……
―――嫌だ……!死にたくない…死にたくない…!
その思いだけで必死に文献をめくった。
一緒に甘い汁をすすってきた魔術師たちの長であるデイルも向かいの席で必死になって文献に目を通している。
デイルは腹心の一人であり、実力もあったマゼギルドが救世主派に寝返ったため、魔術を使っての暗殺が不可能となったと青い顔で報告してきた。その時は顔を殴ってやったが、私を支持していた魔術師たちも次々と寝返り、救世主帰還をきっかけに全員寝返った報告を受けたとき、私が殴るよりも先にデイルは倒れた。
では影を使って暗殺を、と仕向けるも、影でさえも次から次へと殉職したり寝返ったりして今は手元に誰もいない。暗殺者を送るのをやめようと決心をした日、影の一人が救世主からの手紙だといって紙を一枚持って帰ってきた。
その手紙を開いた途端に「お前絶対に許さないからな」という文字がぶわっと紙に現れ、叫びながら手紙を放り投げた。(ゆなが魔術師に細工させた)
影はすでにいなかったが、それが更に恐怖を煽り、思わず部屋を飛び出た。失態だった。王としての威厳を保つことができなかった。
「っ………くそ……くそぉ………!」
私が甘い汁をすすらせてやってきた貴族たちは一人残らず牢屋に入れられ、出してやるかわりに救世主を葬るのを手伝えと声をかけるも「あの救世主に関わること自体、断固拒否」と全員に断られる。
財務大臣や宰相からも、「あの救世主には逆らわない方がいい」と言われる始末。
息子であり王太子であるエドワードに至っては、文献から手掛かりを探す手伝いをしてくれたのは半日だけ。空腹を訴えて食事を摂りに行ってから戻ってきていない。我らの分も手配してくれたと思ったがそれもない。
もしかしたら救世主に私を助けろと言ってくれているかもしれない。
エドワードは王妃であるイザベルに似てなかなかの美丈夫だ。
まさかエドワードとの婚姻を断られるとは思っていなかったが、エドワードが下手に出て紳士的な対応をすればあるいは絆されてくれるやもしれぬ。
―――が、所詮一時しのぎにすぎない。
帰す方法を見つけ出さねば許してもらえないだろう。そんなことは容易く想像できた。
帰還の術と見せかけて殺すのはどうだとデイルに持ちかけるも、救世主側の魔術師たちが確実に見破るし、きっと救世主の命を救うだろうと言われる。
そうなったら―――
「我々は……救世主様にきっと殺されてしまいます(精神的に)…………」
青い顔に加え、小さな声でいったデイル。
私も想像して思わず青ざめ、ぞっとした。
こうなったのはあの女のせいだという怒りは沸くのに、歯向かえる気力は起きない。
(歯向かった時点で死ぬ(精神的に)という想像は容易い)
約束の期限は明日―――焦りが爆発しそうだ
「デイル、何か分かったか」
「いいえ……何も………」
「死ぬ気で調べているのだろうな」
「―――、陛下こそ、陛下こそ!調べているのですか!!?文献だけをぺらぺらぺらぺらと…!内容は把握されているのですか!!?」
「な、!?私は調べている!!お前こそ、ちゃんとその頭に内容は入っているのか!?」
「入っていますとも!それでも記述はないのです!!」
「こちらもそうだ!!」
無用な言い争いなどしている暇はないことは分かっている。それでも、焦燥感は募るばかり。
もう私の言うことを聞く者はデイルしかいない。
だから、デイルに怒鳴ってはいけない。デイルまでいなくなったら私はどうすればいい?
だが、一度出た不満は抑えられなかった。
「そもそも、お前が救世主召喚の話を私に持ちかけたのではないか!!救世主を召喚した代の魔術師は国の歴史上国を守った者として後世まで英雄として名が残る。そんな名誉、名声に目がくらんだのであろう!この事態に陥っているのはお前のせいだデイル!」
「い、言い出したのは私だとしても最終決定をしたのは陛下ですぞ!それに、名誉や名声を欲しいままにしたかったのは陛下の方ではないですか!!」
「何を、!」
「それに!救世主として召喚された者があんな悪魔のような女などと、誰が思いますか!!」
「やめんか!!!!」
慌ててデイルの口を塞ぐ。
「救世主の手の者に聞かれたたどうするのだっ……!」
「も、申し訳ありません……!」
デイルと二人冷や汗を流す。
聞かれたらまずい。
私とデイルが死ぬ(精神的に)
それで我に返った私たちは、また文献を漁り始めた。
言い合いをしている場合ではないと改めて実感したからだ。
明日までに何か手がかりだけでも掴みたい。
そうでなければ私はまた臣下たちの前で辱めに遭ってしまう。
救世主が帰った後、また国を先導するためにはこれ以上辱めを受けるわけにはいかない。
縋る思いで文献に目を通し続けた。
■
魔術師長――それは、この国では国王と匹敵する権力を持つ。
瘴気の脅威さえなければ、平穏に過ごせていたはずだった。
しかし、瘴気は結界では防ぐことが出来ない。
魔術に頼りきりになっていたことが原因で環境が汚染され、それが原因でこの瘴気が生まれている。その事実は歴代魔術師長によって受け継がれる【絶対に隠し通すべき事実】だった。
それは、代々魔術師長になった時に受け継がれる特別な本に全てが記されていた。
だからといって、歴代の魔術師長たちを始め、自分もどうにかしなければという思いは全くなかった。
救世主を召喚した代の魔術師長は歴史上偉人として世界から称えられるので、瘴気が発生したらラッキーだとさえその本に記述されいる。そして、救世主召喚前、自分も遂に救世主を召喚すること、そして私の名前が後世まで語り継がれることを書いた。
―――間抜けだ。
今あの時に戻せるのなら、今すぐにその召喚をやめろと叫んでいる。
あれから私の人生の転落が始まったのだ。
最初こそは、御しやすそうな(殺しやすそうな)女の救世主であることに安堵した。
しかし、意外にも冷静に物事を考えられる姿勢に、一抹の不安を覚えたことも確かだった。
なぜなら、イザベル様の"お顔だけ"を受け継いだ王子にも靡かないばかりか、周りに味方が一人もいない状況下にあるにも関わらず、言葉だけで数人の心をたしかに動かしたからだ。
その中には騎士団長のカイゼルがいた。
魔術師と騎士団は相性が悪い。
魔術師であることで融通が利く世の中で、その融通が全く利かないのが騎士団だった。
―――騎士団に囲われると厄介だな
そう思い、すぐにカイゼルが救世主に近づかないように手を打った。
騎士団の中にも、かなり少数ではあるが魔術師に協力的な者はいる。その者を使い、カイゼルが救世主に近づくこと徹底的に避けさせた。
救世主の旅の同行にも行かせないように細工したかったが、それは別の問題が起きたために叶わなかった。
なぜなら、マゼギルドが寝返ったからだ。
「申し訳ないですが、バカギルドには今働いてもらってるんで邪魔しないでいただけます?」
マゼギルドが私の招集に従わないので部下に様子を見に行かせると、救世主様が…と青ざめて帰ってきたので、怒り心頭で自ら救世主やマゼギルド、そしてマゼギルドの部下たちがいる医務室へ向かうとこう言われて、扉を閉められた。
呆気に取られたが、魔術で容易く扉を開けて中に入り、部下に妨害せよと命じると、医師たちの悲鳴が上がったが、救世主に椅子を投げられ逆に妨害を受ける。
「な、なんと野蛮な…!我らの長、魔術師長デイル様に当たったらどうするのだ!」
「魔法で治してあげればいんじゃな~い?あ、できないの?」
「失礼な!!!出来るに決まっている!!」
「じゃあ何も問題ないじゃん。こちらとら薬不足で病気が蔓延してるところに薬転移してもらってるところだから邪魔されちゃ困るわけ。おいバカギルド、あんたのボスが会議に出ろって言いに来たけど、行くの?」
「行きません。こちらを優先いたします」
「、な、…っ!ま、マゼギルド様、しょ、正気ですか!?」
「マゼギルド、どうしたのだ…!?」
喚く我々に、マゼギルドは淡々と返した。
「どうもこうも、今までがおかしかったのです」
言葉を失うとは正にこのことだ。
マゼギルドは若造だった頃から私が目にかけてきた一番の腹心だったはずだ。
なのになぜ―――
「デイル殿、私はこの瘴気発生の"真実"を知っています。こちらの救世主様から伺い、証拠も見聞きしました。もうあなたの手足となって動くことはありません。あなたとは決別します」
「真実?真実とは一体――「もう良い!」
部下がまた口を開くが、私はそれを思わず止めた。
救世主を見ると、腕を組んで私の部下を見ていた。
まずい。これ以上何かを言われる前に退散すべきだ。
そう頭の中で警鐘が鳴る。
「もう良い。マゼギルド、戻りたいと言ってももうお前の席はない。分かったな」
「はい。私の部下も全員、戻りません」
「な、…っ、!くっ……わ、分かった」
自分も余計なことを言う前にと慌てて部屋を出る。ついてきていた部下も慌ててそれに習って出てきた。
――まずい。これはまずいことになった
あの時感じた不安が、ここまで大きくなるとは。
マゼギルドがいなくなったことは大きな痛手だ。マゼギルドは実力者だ。その部下ももちろん全員が実力のあるものばかり。そういう人員配置にしたのは自分だ。くそっ、全員だと!?全員、まさか――まさか全員が"真実"を知っているのではないだろうな…!
これ以上、自由にさせると危ない。
そう思い、旅の途中で確実に救世主の命を落とすようにと同行者に選んだ魔術師たちは、"最強"ではない、"平凡"な者たちで編成した。あからさまだと怪しまれるので、あえての"平凡"レベル。可もなく不可もなくな者達だ。
陛下が差し向けるという暗殺者には適うまいと見越していた。
――なのに
大誤算だったのは、王妃殿下であるイザベル様の影を付けていたこと。
特にシルバは魔術も使える特質な影だ。救世主が同行者に選んだスーケンとかいう平民もそこそこできるそうでもう何人もが殉職した。
それに加えて、旅に同行した魔術師たちが軒並み魔術のレベルが上がっており、暗殺者を寄せ付けない。
見たことのない新しい魔術を作り出していたり、あの騎士団と協力して防衛され、近づくことすらできなかった。魔術師の新しい術には救世主のアイディアが練り込まれている。
術の構成やトラップの配置は救世主が同行者に選んだカクリという少年が考えている。
長年訓練をしてきた暗殺者とほぼ互角に渡り合える平民の男と、年齢にそぐわない知識を持つ平民の少年。
なぜそんな奴らが救世主の元にいるのかと調べると、155年前の救世主の旅の同行者の血縁だった。
そうかこいつらのおかげで救世主は旅への出発前に"真実"にたどり着いたわけだな。
イザベル様が情報操作をして、城に招いたことを秘匿されていたのに加え、救世主の部屋で過ごしていたことで全く把握できなかったのは痛手だが、なんとか全員旅の途中で葬ってやろう。
そう安易に考えていたが、全く、一向に、暗殺は成功しないどころか、暗殺者が寝返りを始めた。
そしてもっと最悪だったのが、地方にいる魔術師たちでさえも救世主派に寝返りを始めたことだ。
「なぜだ……、なぜ私を裏切るのだロイデン」
魔術を使った通信で、ロイデンという男に繋いで尋ねると彼は笑った。
彼は、サク=ロムリダが治める我が国の海運を担う都市に配置された男。
彼は同期の中でも最も気が合う男だ。だからかなり融通してきたはずだ。それがなぜ。
『簡単な話だ。ゆな様についていく方がこの先も魔術師として食べていける』
「別に、あの女についていかずとも今まで通りできるはずだっ…救世主はいなくなるのだぞ!」
『仮にゆな様がお帰りになったとしても、もうこの状況は覆らないぞデイル。国民も魔術師も皆、王家が隠してきた"真実"を知っている。王妃殿下とゆな様が広めているからな』
ひゅっと喉が鳴った。
『お前も知っていたのだろう?デイル。こうなったのは"魔術"のせいだと。そして代々の救世主が真実隠蔽のために殺されてきたことを』
「………」
冷や汗がたらりと頬を伝う。
『――まあいいさ。そんな状況でも魔術師として生きていくには、国民のために働くしかない。それに――ゆな様には逆らえん』
「どういうことだ?」
『そのままの意味だ。お前、ゆな様と言い合いをしたことがないのか?』
「あ、あるわけないだろう…き、救世主様だぞ」
『しないに越したことはない。殺されるぞ(精神的に)』
「まっ………まさか、お、お前、何を、」
『あとは、お前が選抜した旅の同行者である魔術師たちから新しい魔術が次々と生まれている。アイディアはすべてゆな様だ。私も教わったがなかなかどうして面白い。あの方は天才だと思う。お前のところには報告は来ていないのか?』
「―――」
放心状態だった。
来ていない。―――そういえば、報告など、一度も………
私が近況を確認できていたのはいつだって陛下の影からだった……
ロイデンがため息交じりに「早く王という泥船を捨てろ」と言っていたのだけはなんとか聞き取ったが、あとの話は全てよくわかっておらず、気が付いたら通話は切れていた。
そうこうしていたら救世主が帰還した。
あのパレードでどんどんこちらに近づいてくる救世主を国民は皆称えるが、私にとってはまるで魔王だ。
私の首に縄をかけにきた魔王。
魔術で攻撃を仕掛けるつもりだったのに、防御の魔法が空間が歪むほど何重にもかかっている。
とてもじゃないが、攻撃を仕掛けることなど不可能だ。
なんだあれは、陛下以上に厳重じゃないか。
元々私の部下だった者達の、あの女を絶対に死なせないという意思表示がすぎる。
陛下への防御の魔法は私がかけたもののみで、ぺらっぺらだぞ。
今攻撃されたら陛下死ぬぞ。一応国王だぞ。
何だあの女。魅了の力でも持っているのか?いやない。何の力も持っていないのは魔術師なら誰でもわかる。魔力の有無は見て分かるからだ。
何もない。何も持っていない女のはず……なのに。
―――もう、だめだ
エドワード王太子殿下との結婚の打診も火に油。
王が怒鳴られるのを横目に見ながら、私は空を見上げた。
――ああ、全て夢なら良かったのに
その後すぐに、私以外の魔術師全員が王から手を引いた。
私は王を見捨てられなかった。なぜなら私と王は一蓮托生すぎたからだ。
罪を着せようにも、着せきれないほど。
己が助かる道は、救世主を元の世界に戻すこと、それだけだった。
今は必死になって文献を読み漁り、どんどん日が高くなってくる空を絶望感溢れる顔で見上げながら、あの帰還パレードの時と同じことを思う。
――ああ、全て夢なら良かったのに