10
この国の王太子である私、エドワードは言葉通り、まさに順風満帆の人生を送っていた。
それに影が入ったのは、10年前、瘴気の兆候が出たと王宮に報告が来た時からだった。
報告が来たとき、父である国王は全く取り合わず、それどころかその報告を上げた者を罰した。
なぜ自分がそのことを知っているかというと、母が私にそれを教えてくれたからだ。母は罰せられたその者を陰ながら守り、自分の実家である侯爵家で保護した。
「いいことエドワード。勇気をもって声をあげてくれた人を、お父様のように扱ってはいけないわ」
そう言われたが――私にはわからなかった。
いや、分かりたくなかったのかもしれない。
魔術師の力が絶対的なこの国で、魔術師の結界程優れたものはない。そう信じていたし、父からそう教わってきたからだ。
だからこの時は、馬鹿なことを、と鼻で笑ったのを覚えている。
しかし、どんどん瘴気が増してきて無視できなくなって初めて魔術師の結界は万能ではないことを痛感させられた。
対応に迫られる王家。学園に通っていた私も、貴族たちから色々と聞かれるのが億劫でいかなくなった。
父は一体何をしているのだろうかと手伝いを申し出たことがあったが、父は優しく笑って「お前は関わらないでいいんだよ」という。
しかし、母からは「王太子として出来ることをしなさい」と言われた。だから、救世主を召喚するという話が出たときに、父に申し出たのだ。
「私が王太子として救世主様の面倒を見ます」
そう、これが王太子として生まれた私の責務だ。
救世主様が女性だった場合、私が王太子として婚姻を結ぶのもいいだろう。そう胸を張ったのだ。
しかし現実は違った。
全国民の前で、私は救世主に振られた男に成り下がったし、それだけではなくひどい中傷まで受けた。
しかし、救世主は謝ってこないばかりか、彼女は清掃の旅から帰ってきて、早々に母上と部屋にこもって政務をこなし始めた。
小さな客人用の部屋にはひっきりなしに国の中枢メンバーが入れ替わり立ち代わり入っていく。
その様子を私は"外"からずっと見ていた。
私は王太子だ。彼女が清掃の旅に出ていた時から政務はこなしていたのに。その仕事もすべて彼女に奪われたのだ。
だから、怒り任せに彼女の部屋に入った。
どうせ何もできないに決まっている。今頃困っているに違いない。私が推し進める政策も中にあったし、分かるはずがないのだ。
そう思って。
だが―――
私が入室したというのに、誰も私に目を向けることはしないばかりか…
当初この部屋にはなかった机や本棚が所狭しと並んでいて、客室であるはずのこの部屋は、執務室のようにがらりと雰囲気を変えていた。
母上だけでなく、学者で私の家庭教師を担っていたザレス、ミカル、サカキもデスクに向かっており、ゆな様と旅を同行した平民の二人はひっきりなしに書類の整理と仕分けを行っているようだった。
「これ数字あってない、これは進めていい、これはイザベル様確認、これは全通達」
中でもひと際膨大な資料をテキパキとさばいているのは、救世主ゆな様だった。
仕分けされた資料をまとめて、更に仕分けを行っているのは平民の男。その男がメイドに指示をしてメイドが書類の束を持って部屋から出ていく。その時にようやくメイドが私に気付いた。
「気付かず申し訳ございません、ご無礼をお許しください。どなたに御用でしょうか、王太子殿下」
「救世主様に用だ、が…」
ぼそっと呟くと、手にいっぱい書類を持ったメイドがくるりとゆな様を見て、困ったように眉を下げてまた私を見た。
「今立て込んでおりまして……少々おかけになってお待ちいただけますか?」
そういって中央にあるソファを促されたので、遠慮なく座った。
メイドは書類をおいて、私にお茶を出したあと、いそいそと書類を持って再び出て行った。
入れ違いに別のメイドが本を数冊抱えて戻ってきたが、その後ろには侍従長がいた。
ああ、彼もまた救世主に文句を言いに来たのだろう。そう思って思わず口角が上がり、私の対面に座るように促そうと思ったが、侍従長は私を見て「王国の小太陽、王太子殿下にご挨拶申し上げます」といっただけですぐにゆな様の元へ行き、数枚の書類を出した。
「やはりこの資金では不足いたします。人員がそもそも不足しているので消化高がありません。ただ、国に属する魔術師の人数と地域内訳が合いませんので、どこかの地域で囲んでいる可能性はあります。各地域の進捗状況はこちらです」
「………こことここの遅延の理由は?」
「まだ回答はありません。確認は昨日の時点で行っております」
「うーん。じゃあ今日の夕方までに返事ほしいってもう一度連絡してもらえる?なければ直接私が行くって」
「かしこまりました」
「あと、進みが良くて余裕がある地域には応援要請もお願いして。時期と人数は遅延している地域の内情を確認できたらお知らせしますって感じで」
「かしこまりました。魔術師を含む人員配置表はただいま作成中ですので、でき次第お持ちいたします」
「助かります。よろしくお願いします」
会話を終わらせると、侍従長はそのまま私を一見することなく部屋を出ていく。
そしてその侍従長と入れ替わるように入ってきたのは宰相と騎士団長のカイゼルだ。
宰相は見て分かる程に痩せた。
前はもっとふっくらしていたのに今では小さくなった気さえする。
「王太子殿下にご挨拶申し上げます」
「うむ……。そなた、だい――「それでは御前失礼いたします」
私の言葉を遮り、宰相とカイゼルはすぐにゆな様の元へ行く。
「救世主様、急ぎ決裁が必要な書類を精査してまいりました」
「ありがとうございます。……うん?これ何?新政策??」
"新政策"と聞いて、私の身体は反応した。
私の推し進めていた案だ。
「精査の意味分かってんのあんた。急ぎだけを持って来てって頼んでんの」
「も、申し訳ありません、」
「頭使いなさいよ。あんた仮にも宰相なんでしょ?こんなの思い切り後回し案件って見て分からない?」
「し、しかしそれは…王太子殿下が進められていた案件でして…」
「忖度したの。ふーん……」
ちらりと私を見るゆな様に、びくっと身体が震えたのは気のせいではない。
大きなため息をついたあと、ゆな様はその書類を宰相めがけて投げつけた。
「今、この案件を進めるメリットを言いなさい」
「っ、そ、それは……国民の、し、沈んだ気持ち、が……回復する、と。あと、労働が、ふ、増えることで、経済…が、こ、好転、し、します」
「あとは?」
「あ、あ、あとは……ま、魔術師たちの、あら、新たな再就職先、としての確保と、な、なり得ます…」
宰相が口を閉じる。
私が、この「国民の遊び場(遊園地)」計画のメリットとしてあげたものだ。
ドキドキしてゆな様の反応を見るが、ゆな様は腕を組んで宰相を見て黙っている。
「―――は?終わり?メリット3つだけ?国がこの状況でさえなければもっとメリットあるけど。あなた3つしか言えないの?」
「…も、申し訳、「あー謝ってほしいわけじゃないの。あのね、私には時間がないの。だから優秀な人を寄越してほしいわけ。それはあんた(宰相)じゃないってことが分かっただけ良しとしましょう。話にならないから他の人連れてきて」
「そん、そんな、!あ、あ、あ、あんまりです、!「で、カイゼルさんは何か用?」
青白い顔で床にへたり込んだ宰相は、ゆな様の目くばせでやってきたメイドによって部屋の外へ出された。
ごくり、と喉が鳴る。そして冷や汗も流れた。
しかしゆな様は仕事を進めていく。
「ええ。実はある関所で相次いで盗難が起こっていまして。絡んでいるのは高位貴族で、我々の任意同行には一切応じていただけません」
「またぁ?」
「ですので、申し訳ないですがゆな様の名前を遣わせていただきました。貴族の間ではゆな様に逆らうと末代まで誰とも結婚できず血筋が絶えるだけでなく、一家親族全員が牢屋に入った方がマシと思えるほど一生分の辱めに遭う、と有名なのですぐに証拠も持って自首していただけました」
「誰だそんな噂流した奴」
「キアですわ」
「キアですな」
「キアです」
「きっとキアです」
「シルバさん!今すぐキアぶん殴ってきて!!!!なんかむかつく!!!」
先ほどまで張りつめていた空気は、このやりとりで解れた。
どっと執務室が和気あいあいの雰囲気に入ったのに、私だけが疎外感を味わっていた。
「こちらが報告書です。今までの被害金額は1,500エルダを超えますが、一括で支払うという魔術師が作成した誓約書にも署名させました。サインをお願いします」
「最高じゃん。これで少し補填できる地域が増えたわ。いい仕事してくれてありがとうカイゼルさん」
そういってゆな様はカイゼル様の持っていた書類にサインを書いた。
「お褒め頂き光栄です。ちなみにこの一家、モンベル侯爵家ですが」
"モンベル侯爵家"と聞いて、私は今まで下げていた顔を上げた。
それは、幼い頃からの幼馴染であり、何もなければ私の妃となる予定だったユーリの家だ。
「隣国のイェルリルダ王国へ渡ると申しております」
「勝手にいけば~横領なんてする一家はいらねー。だけど隣国でもきっと同じことして迷惑かけちゃうだろうから、イザベル様お手紙書いておいてくれない?」
「ええ、もちろんですわ」
笑顔でいう母上の元には、すでにメイドが便箋を置いていた。
そんなことをしたら、―――
「そ、そんなことをしたら…、ユーリは隣国で罪人扱いになるんじゃ……」
という私の声は聞こえているはずなのに、ゆな様は素知らぬ顔でカイゼルに書類を返してまた仕事に戻る。そして母上も手紙をメイドに渡して早々にまた仕事に戻った。
「…………」
呆然と立ち尽くす私にゆな様が声をかける。
「で、金髪王子は何しに来たの」
「…!あ、ああ……あの、…」
口ごもるのはなぜか。恐怖からか。
―――いや違う。ゆな様は優秀だ。誰がどう見ても。
そんな彼女に私如きの一意見などいったところで何になるのか。
言えばまた言い負かされるかもしれない。
それが嫌だ。王太子である尊厳が踏みにじられているようで。
「………」
まごまごしている私に、ゆな様は筆を置いて立ち上がった。
「みんな少し休憩しましょう。リンスさん全員分お茶をお願いできますか?あとできれば甘いお菓子も!リンスさんもシェンナさんもそれ淹れたら休憩してね」
「承知しました」
ゆな様は丸い球体のガラス玉と一緒に私の向かいに座った。
「あーーーやっと半分終わったかな。引継ぎしながらだと疲れるねえ~~シリウスさん生きてる~?」
『……なんとか………』
「!、お、叔父上?」
球体から声が聞こえたが、それは間違いなく叔父のシリウスのもの。
父上の弟で、今は辺境にいるはずだ。
「王子様、あなた今の国の状況把握している?」
「、は、!?国の状況を、把握しているか、だと……!?」
私は怒りでカッとなり立ち上がってゆな様に怒鳴った。
「把握できるわけがないだろう!!私から政務を取り上げておいてどの口がそのようなこというのだ!!」
「この口ですけど何か」
「そもそも!母上もなぜこの者に政務を任せるのですか!?彼女は異世界人です!この国のことを何も分かっていないものになぜ政務を…!」
「あんたより分かっとるわい」
「しかもなぜ叔父上まで…そもそも本当に叔父上だとしてなぜそんな球体のお姿になっているのですか?!それもあなたの仕業ではあるまいな!!」
「あんた天然ボーイか?私のこと魔王か何かだと思ってる?」
「なぜ、みんな……なぜ……!なぜ王太子の私ではなく、異世界人のあなたを頼るのだ…」
「そりゃこの国救った実績があるからね」
怒鳴ったことで少し気持ちが落ち着いた。
王太子となってから声を荒げるなどしたことがなかったから、妙な罪悪感がある。
感情を見せてはならないと教え込まれていたから、余計にだ。
ふとゆな様を見るとクッキーを食べていた。
―――ん?
「………あの」
「え、なに?食べたいならどうぞ」
「ち、違う…、何も思わないのか?」
「何が」
「何がって……私が言ったことに対してだ」
仮にも王太子たる私が声を荒げたのになぜ普通に茶ができるのだ。
本当に意味が分からない。
「返答したじゃない。聞いてないの?」
「――――は、?い、いつだ」
「あんたが叫んでた時。ねえ?」
「ええ」
母上に聞いたゆな様。母上もお茶を飲みつつ返事をされる。
「魔王のくだりはあながち間違っていなかったな」
「お黙りスケさん」
わっとまたその場に笑いが起きる。
また疎外感を味わう。
「聞いてなかったんだね」
「…………」
「そうやって国民やあんたを本当に心配していた臣下の声を無視し続けてきた結果が今なんじゃない?」
そう言われて、私は腹の底が冷える思いになった。
「王太子なら本当なら今ここで私たちと一緒に働かないといけないんだけど、なぜか呼ばれない。さっき宰相にも言ったけど、今は本当に優秀な人たちだけで国の仕事を回してるのね。残念ながらあなたはその器ではなかったってこと」
ショックだった。
何かで頭をぶたれた感覚さえする。
「私が帰った後、イザベル様と今と同じように国を回していく指導者が必要なんだけど、それもあんたじゃない」
ゆな様はカップをソーサーに戻して私に言うのだ。
「自分は王太子だっていう地位に胡坐をかいて、何をしてても許されると思っているおバカさん。何もせずそのまま綺麗なお顔のまま、同じく愚王なあんたのパパと一緒に隠居しな。国のために働けない人がいていい地位じゃないの」
「………それは、あなたが決めることではない…」
「心配はなくてよ。私が決めるわ」
力なく抵抗するが、母上があっさり切り捨てた。
「我が息子ながら本当に情けない。一度は変わったと思いましたが、今お前は何をして過ごしているのですか?ゆな様に王を手伝えと言われていたのではなくて?お前の政務も全てゆな様がこなしてくださっているのですよ。この時期に部屋でのうのうと過ごすなんても見込みはありません。今、国のためゆな様のために動けぬのならゆな様の言う通り、その地位を明け渡し自由に生きなさい。
私は夫の尻ぬぐいのためここに留まりますが、お前の居場所はありません。数日の内に王宮から出なさい。王族を名乗ることも、王宮に来ることも、二度と許しません」
それは、王族籍から自分を抜き、平民になれということだった。
力なく俯くが誰も私には声をかけない。自分の居場所はないのだと分かり、立ち上がり、力なく部屋から退出した。
その様子を外から見ていたヤヒが「王子も数日前の財務大臣と同じだな」とケラケラ笑い、シルバに叱られていたが、王子は知る由もない。




