魔女との邂逅
アルデバラン王国のクラーケンの森。
その深層部、魔女の館。
太陽の光をも閉ざす木々に囲まれた不気味な館を前にしてニファ・ランプールはほっと一息吐いた。
「やっと辿り着いたわ」
館の扉を前にしてニファはごくりと唾を飲み込んだ。
ある程度の覚悟を決めてここまで来たとはいえ、いざ魔女との対面を迎えようとすると押さえきれない緊張感がある。
その魔女はとても性格が悪い。
乱暴にして横暴、我が儘で自己中心的。
だから、街を離れてこんな森の奥で暮らしている。
それがニファがこれから会おうとしている"彼女"の噂だった。
「大丈夫。私なら大丈夫」
ニファは自分に言い聞かせる。
これでも宮中を代表する性悪女だという自負がある。
まあ、そんな自負は周りの陰口を気にしないための自己暗示でしかないのだが。
そっと、魔女の館の扉に手を掛ける。
氷みたいに冷たくて、背中に悪寒が走った。
きぃ。
ゆっくりと扉を開けると、そこは寝室ほどの大きさの部屋が広がっていた。
そして、壁には数えきれないほどの絵画が飾られている。いや、壁だけではなく、天井と床にもびっしりである。
絵柄も美男美女の肖像画やノスタルジックな風景画と様々である。
「なっ……にこれ?」
絵画を前にしてニファは館に踏み入れようとした足を止めた。さすがにこれほど精巧な絵画群の上を土足で歩くのは気が引ける。
と、ニファが躊躇しているとどこからともなくしゃがれた老婆の声が響いた。正面から声がする気もするし、耳元で囁かれているようにも聞こえる。
「構わんよ。そこは客間だ」
すっとニファは自分の体に吸い付く"何か"を感じる。
不気味な感覚。
しかし、それを把握する前にその"何か"の力によってニファは絵画の部屋へ放り投げられた。
「痛いっっ……、、、」
麦畑の絵画の上に倒れる込むニファ。
起き上がろうとする前に館の扉が勝手に閉まってしまった。
「あっ」
ヤバい、とニファの本能が囁く。
これは閉じ込められた……のか?
「そんなに若くてきれいな娘が一人でこんなところまでやって来るとはね~。あんたは怖いものを知らないのかい?」
再び響くしゃがれた老婆の声。
「一体何をしに来たのかくらいは聞いてやろう。煮て食べてやる前にねえ」
「煮て、食べる?」
「そうさ、くくく。あたしは列記とした魔女さね。あんたみたいな若い娘を食うと魔力が漲るんだよ」
なるほど、これぞ魔女という科白だ。
「私はあなたに催眠術を教えていただきたく、ここまで参りました」
正直に言う。
食べないでくださいっ! などと言うつもりはなかった。
それくらいの覚悟は決まっている。
これくらいの覚悟決めるくらいにはニファの心が直面している現実は必死なのだった。
「ほう?」
ニファの言葉に興味を示すような声色を魔女が出す。
「催眠、ほうほう、催眠ねえ。どうしてあたしにそんなものを教わりたいんだい?」
「それは……、」
「それはぁ?」
「私の物にしたい心があるからです」
「ふぉっっ! ははははははははははああっ!」
魔女が大声で笑い出した。
錆び付いた金属同士が擦れて嫌な音が鳴るみたいで不快だ。
「なんだい、それはっ!? もしかして、男かいぃ!?」
「はい。テスラ・ミーア伯爵、私の最愛の人です」
「馬鹿かい、あんたは? 愛する男ならどうしてわざわざ催眠のんぞに落とす?」
「……」
「はあはあん。もしや、その男はあんたを愛してないんだね」
声しか聞こえてないが、魔女がニヤニヤと意地悪く笑っているのがわかる。
「当たりかい。にしても恐ろしいことを考えるともんだねえ。若さってコワイコワイ。くくく」
「私はっっ!」
からかうような魔女に対してニファは思いの丈を叫ぶ。
「私は本気であの方を愛しているのです! どうしても一緒になりたいのです! そのためにはもう手段を選んでいられない……、早くしないと別の女の元へ行ってしまうっ!」
それを聞いて魔女は吐き捨てるように笑った。
「はっ、自然に結ばれない時点であんたの"愛"は終わってるんだよ」
「それは……」
言い淀む。
正論だった。
「それはそうですけど……」
「だろう? だったら潔く諦めるのが淑女の矜持ってもんじゃないんかえ?」
「でも、私は諦められません」
「ほう……?」
「あの方と結ばれないのなら死んでしまってもいい! だから、こんなところまで来たのです!」
「ふぉっっ!」
再び魔女が吹き出した。不快な笑い声が響く。
「ははははははははははああっ! なるほどぉ~、そうかい、そうかい。そいつは愉快だ。軽薄だ。面白い」
突然、ぐりんっ! とニファの目の前の女の肖像画が歪んだ。
「いいねえ、あんた、気に入ったよ。馬鹿な女は大好きなんだよ。くくくくく」
歪んだ肖像画は穏やかに波打つと、その中から老婆が顔を覗かせた。想像した通りニヤニヤと笑っている。
「よっころらせっと」
「へ?」
やがて魔女は完璧に肖像画の中から出てニファに顔を寄せた。魔女という名に相応しく怪しげな黒いローブを纏った老婆だ。
「あたしは昔から性格が悪くてねえ。特に他人への嫌がらせは大好きなんだ。嫌なババアだろう? くくく」
「じゃあ、私に力を貸してくれるんですか?」
「くくくくく、もちろんさ。その代わり、ちゃんとその男を嵌めるんだよ?」
「はい! ありがとうございます!」
ニファは魔女の言葉に反射的に快活な感謝を述べていた。




