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シーナの過去

 物心ついた時から私は剣を握っていた。


 決して、やりたかった訳じゃない。生きていくために、必要だったから。


 【ジャガーノート】だった母と、あの男の間に生まれたのがこの私。


 母は奴隷として買い取られ、無理矢理私を生ませたそうだ。そして、生まれてから一度も母と呼ばれる存在と会ったことがない。


 【ジャガーノート】はかつての大戦で呪術によって造られた強化人間。


 その特性は常人を遥かに超える身体能力と高い魔法能力だ。その力を手に入れるためだけに、母は嬲られ、私は生まれてきた。


 そして、私とあの男の関係は親子のような温かい関係じゃなかった。


「おい!何を甘ったれている!?さっさと立て!」


 男はよくそう言って私をぶった。


「お前は騎士として成り上がり、我がヴェルグンド家を大きくするのだ!」


 何百何千と聞いたあの男の口癖だ。


 【ジャガーノート】の力があれば過去の栄光を取り戻せると考えたんだろう。


 でも、私は5歳になっても魔法の才能が目覚めなかった。


 魔導霊祭で火のオリジン・マナがあることは分かった。けれど、魔法を覚醒することはできなかった。


 そのことは父をより追い詰め、私への当たりもどんどんきつくなっていった。


 そして私は道具なのだ、と漠然と理解した。


 この家を成り上がらせるための、道具。何も感じない、考えない。ただただ毎日繰り返される剣と戦いの稽古の日々。


 部屋は私を逃がさないように牢屋だった。


 与えられるご飯は罪人の様に冷たく、罰としてそれすら与えられないことも珍しくない。


 世界から、色が失われていくのを感じていた。


 怪我をした.......痛くない。罵倒された.......苦しくない。何も.......何も感じない。道具なのだから、当たり前だと、そう思っていた。


 そして、10歳の時のことだった。


 父の家が、統治していた民からの反乱にあっていた。


 かつての地位を取り戻すために、圧政を強いた結果だった。


 建物は火で包まれ、武器を持った農民たちが押し寄せてくる。どうやら男の手の内に内通者がいたようで、瞬く間に建物が制圧されていく。


 そんな時でも私は何も感じなかった。いっそ、このまま死んでしまった方が楽かもしれないと、そう思って牢屋の中に力なく転がっていた。


 そしてついに牢屋に反乱軍が流れ込んでくる。


「あぁ、これで終わりか」と思った。だが、私の予想を裏切って民たちは牢の鍵を開けて私を外に出してくれた。


 そして、何も言葉を発せない私に、反乱軍の中から1人の女性が歩みよってきた。


 キラキラした銀髪に真紅の瞳.......。まるで鏡に映る自分を見ているようだった。


「シーナ!シーナ!!」


 女性はシーナを優しく抱きしめる。


「....お...かあ.......さん?」


 私が尋ねる。いつぶりに発した言葉だったのだろうか。


 初めて.......いや違う。身体が覚えている。遠い昔に感じた温もり。


 その瞬間、世界がみるみる色を取り戻していく。


「っ!お母さん!...お母さん!!」


 私は泣きじゃくりながら母を抱き締め返した。


「ごめんね!...ごめんね!遅くなってしまって!」


「よし、シーナちゃんを救出できたぞ!」


 反乱軍の中から歓声が上がる。


「よぉし、このまま一気に当主を.......」


 反乱軍の一員が叫んだ時だった。



「貴様だったのか.......」



 牢の中に冷水をかけたような冷たい空気が走る。


 見ると、そこには血走った目をした父が立っていた。


 それを見た母は、私を庇うように抱きしめながら叫んだ。


「もう、もうシーナを解放してください!シーナはあなたの道具じゃありません!」


 反乱軍の内通者は母だったようだ。


 私を生んだ後、すぐに母は隔離された。それでも自分を助けるためにずっとずっと戦い続けてくれていたのだと理解した。


「だまれぇ!それは私のものだ!ここまで《《使えるように》》育ててやったのは誰だと思っている!?」


 母の言葉に父は激昂する。


「だめだ、もうアイツに話は通じない!」


「いくぞ!あいつを殺せば全てが終わる!」


 そして反乱軍が父に襲いかかる。


「だっ、ダメ!」


 私が止めた時には、もう遅かった。


「失せろ!雑魚どもが!【闇】と【龍】のマナ!【毒龍(ヒドラ)】ぁ!!」


 父の背後に巨大な影の塊が現れる。それは龍の形へと姿を変え、【毒の吐息(ヒドラブレス)】を吐き出した。


「ぎゃああああ!!」


 突っ込んだ反乱軍は龍の吐く毒の霧に飲み込まれ、皆皮膚が腐り落ち、ドロドロに溶けていった。


「ひっ」


「ば、バケモノめ」


 その仲間の凄惨な姿に反乱軍達はたまらず息を呑む。


 そしてコツコツとゆっくり近付きながら父は告げる。


「さぁ、シーナ選べ。ここで私の元に戻り、一生私のために働くのであればそいつらの命だけは助けてやる。だが、拒否するのであればそいつらも、お前の母も殺す」


「.......っ!」


 嫌だ。父のところになど帰りたくない。


 でも、私が行かなければみんなが殺されてしまう。拒否権などないと、そう思った。


「シーナ」


 すると、母がシーナに優しく微笑みかける。



「本当の気持ちを言いなさい」



 そう言って母は真っ直ぐな瞳で私を見つめた。


「.......っ」


 ダメ……。ダメだよ。そんなこと、言わないで。


 迷ってしまうから……今まで通りの、何も無い生活に戻れば、みんな助かるから……!


 でも……でも……!この温もりを離したくない。


 やっと、やっと会えたというのにまたお別れだなんて……嫌だ。


 そんなシーナの気持ちを察してか、なお母はシーナの顔を見る。


「安心しなさい。私はあなたのお母さんなのよ?あなたのわがままを叶えてあげるくらいのこと……させてちょうだい?」


「〜〜〜〜〜っ!!」


 目から涙が止まらない。許されないことかもしれない。それでも.......それでも.......!


 こんな、優しい言葉をかけられてしまえば……自分の気持ちを抑えることなんて、できなかった。



「私は...私は...!お母さんと一緒がいいっ!!」



 そしてシーナは母に縋るようにしがみついた。



「この.......クソガキがァァァァァ!!!!!」



 父が咆哮する。そして放たれる【毒の吐息】。


 そして母は私を下ろして立ち上がる。


 (わたし)の想いを受け取った母の目は力強く、何よりも輝く強さを放っていた。


「.......シーナ、安心して」


 そして、母は笑顔でシーナに告げた。



「あなたは、私が守ってみせる!」



 ブォン!!


 そう叫ぶと母は吐息に向けて蹴りを放つ。すると毒の吐息はその風圧で吹き飛ばされた。


 バシャァァアン!!


「なっ!?」


 父は言葉を失う。


 魔法も使わずに私の魔法を弾いただと!?


 そして母はその隙に父に向かって突進し、三段蹴りを放った。


「ぐなっ!?」


 雷光のような速さに父は反応を返すこともできず、ただなされるがままだ。


 ズドドドッ!


「ぐぼぉあ!?」


 母の綺麗な足が父の鳩尾に突き刺さる。


 そのあまりの威力に父は吹き飛び、壁へと叩きつけられた。


「す、すごい」


 私は目を離すことが出来なかった。初めて見る母は美しく、強く、そしてかっこよかった。


「もう、私を縛る枷はない!もう、あなたの言いなりになんてならない!」


「はぁっ、はぁぁあっ!」


 父は息も絶え絶えに地面を這いつくばる。


「いいぞ!一気にたたみかけろぉ!!」


 倒れる父を見て、ここだとばかりに民達が一斉に襲いかかる。


 もう、父になすすべは残されていないと、誰もがそう感じた。



「いい気に.......なるなよ.......」



 しかし、そう言うと父は手の平をシーナの方に向ける。


「.......え?」


 まさかの行動に、私は思考が停止した。


「何を!?」


 母の切迫した声が聞こえる。だが、それよりも私は父の一挙一動に釘付けだった。



「【闇】のマナ.......【毒撃(ヒドラシュート)】」



 そして父は私に向けて魔法を放った。


「っ!?」


 目前に魔法が迫り、回避ができなかった。


 毒撃を目の前に、私は痛みを堪えるように目を瞑ることしかできない。



 ジュウウウゥ!



 そして毒が肉を溶かす匂いがした。だが、シーナに痛みはない。


 閉じた目を開けると、そこには身を挺して私を守る母の姿があった。


「そんな!!シルヴィアさん!!」


 民達の中から悲鳴があがる。


「ふ、ふはっ。ふははははは!!ざまぁみろだぁ!」


 父は母に釘付けになる民達から逃げるように牢から這うようにして出ていく。


「ま、まてぇ!」


 そして残った反乱軍たちは父を追っていった。


「お母さん.......ごめんなさい.......ごめんなさい!!」


 私は母に謝る。私のせいで.......私のせいで.......!


「.......いいの、シーナ」


 そんなシーナに母は優しく微笑む。


「ごめんね、ここまで来たのに.......もう、ダメみたい」


「そんな...やっと.......やっと会えたのに.......こんなの.......ないよ.......」


 父の毒の魔法は強力だった。普通の人間であれは1掠りするだけでも容易に命を奪えるほどの猛毒。


 それを母は直撃で受けてしまったのだ。


 流石のジャガーノートでも、耐えられない。


「いい?シーナ」


 すると、母は真っ直ぐ私を見つめる。



「これから、あなたの力を狙ってたくさんの人があなたに近づいてくるでしょう。決して気を許してはダメよ」



「.......うん」


 それは、痛いほどよく分かっている。父がシーナにしてきた行為だから。


「それほど、私たちの力は貴重で、魅力的なの。でもね?」


 そして、母は優しくシーナの頭を撫でながら告げる。



「いつか必ず、あなたの事を【ジャガーノート】としてでは無く、1人の人間として見てくれる人が現れるわ」



 肩を掴む母の力が強くなる。


 それは、母の最後の想いを託すようだった。


「その人と共に、幸せになりなさい」


「いやだよ.......私はお母さんとがいいよ.......!」


 シーナは泣きながら訴えた。


 その言葉に平静を保っていた母も堪えきれずに涙を流す。


「.......あなたの.......成長を、ずっと見守りたかった。本当に、ここまで、大きくなったわね」


 ポロポロと、涙をこぼしながら母は私の頬を撫でる。


「やめてよ!もうお別れみたいなこと言わないでよ!これからでしょ!?もっと……もっと私と一緒にいてよ!!」


 そんな母の手を握り締めながらシーナは叫んだ。


 段々と冷たくなっていく母の体温。


 嫌だ。何でジャガーノートの身体はこんな冷たくなっていく母の体温ですら鋭い感覚で私の頭に刻み込んでくるの!?


 何で……何で私は……ジャガーノートとして生まれてきてしまったの……?


「.......シーナ。最後のお願いを聞いてくれる?」


 すると、母はシーナを撫でながら告げる。



「あなたの.......笑顔が見たいわ」



「.......っ」


 笑顔.......?そんなの.......どうやって作るの?


「.......想像して?あなたと、私と.......いつか出会う運命の人.......そこであなたが幸せになることを」


「分からない.......分からないよ.......」


「それでも……夢を見るように。瞼を閉じて、想像してみて?」


 母に言われたように、瞳を閉じて想像してみる。


 母と手を繋いで日の差す暖かい街を歩く。


 そしてその先に笑顔で待っててくれる運命の人.......一体どんな人なんだろう?どんな顔をしてるんだろう?優しい顔をしてるのかな?それともどこか怖い顔?


 想像してもよく分からなかったけど、夢のような世界だと、思った。


 すると、自分の顔が妙な動きをするのを感じる。


「ねぇ?お母さ.......」


 そして私は瞼を開けて母を見つめ直す。


「.......」


 母はもう何も言わずに、冷たかった。だが、その顔は満足したように静かに笑っていた。


 それを見たシーナの心が激情に駆られ、激しく燃え上がる。



「.......っ!うわぁぁあぁぁあ!!!!!」



 体が焼けるように熱くなる。まるで身体中から火が出ているようだった。やがてそれはシーナの右手へと収束する。


 心に浮かぶシーナのオリジン・マナの名。


【朧村正】


 彼女の右手には朱色の刀が握られていた。


「……絶対に。許さない」


 シーナはフラリと立ち上がり、怒りのままに血の跡を辿って父を追いかける。


 そして牢を出る前、倒れる母を振り返った。


「.......ねぇ、お母さん」



 私はちゃんと、笑顔を.......作れていたかな?


ーーーーーーー


 父は自室にいた。


 ドアを蹴り破る私を見るなり父は言った。


「は、あの女はどうした?」


 その目は恐怖で震えている。


「.......」


「ふはっ、死んだか」


 私の表情で全てを理解したのか、父は心底安心したような表情をする。


 お母さんが死んで……安心したのかお前は……!


 私は怒りのままに朧村正を握りしめた。すると、それを見た父は狂気地味た顔で喜んだ。


「.......ついに目覚めたか。魔法の力に!これで、これでようやく成り上がれる!長かった!あんなクソみたいな女を高値で買ってそして.......」


「.......だまれ」


 顔が沸騰するように熱くなる。今の私を止められるものはどこにもいない。


「.......あ?」


「お母さんは.......お母さんは.......私にとっての誇りで、憧れだぁあ!!!」


 そして怒り狂う獣のように父に飛びかかり、憤怒の感情のまま朧村正を振り抜いた。


「がっ!?」


 父だったものは首と胴体が泣き別れする。ゴトリという鈍い音と共に地面を転がると父はピクリとも動かなくなった。



「いや.......いやぁぁぁぁぁぁあ!!!!!」



 その瞬間、耳をつんざく叫び声が聞こえた。


 ハッとなってそちらに目を向けると、ピンクの髪に黒の瞳。妹の姿がそこにあった。


「.......!」



 今自分は何をした?



 彼女の目の前で父の首をはねた。それはこの男が自分にしたことと同じだった。


 彼女は光を失った目でこちらを見ている。私はその視線に耐えられなかった。


 逃げるように窓から飛び出す。そして走った。屋敷が見えなくなるまで。



 お母さん。無理だよ。


 私にはお母さんが言ったみたいな素敵な未来は似合わないよ。あの男と同じだ、同じ血が流れてるんだ。



 それに、お母さんのいない世界で、もう誰のことも信じられないよ。



 駆け抜ける夜の森は、ただひたすらに闇が広がるだけだった。

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