信じる
シーナは意識がはっきりしなかった。
感じるのは何か暖かいものに包まれているような、そんな優しい感触。それはまるであの時の母の腕の中のようだった。
「.......お...かあ.......さん?」
シーナが重いまぶたを開くと、薄らと視界が開けていく。
そこには琥珀色の瞳に黒い髪の青年。
ソウルがいた。
「シーナ、大丈夫か?遅くなってすまん」
ソウルはシーナを見下ろしながら告げる。
シーナはハッとなって自分の身体を見回す。すると、
シーナはソウルにお姫様抱っこをされていた。
「.......っ」
状況を理解したシーナは思わず赤面する。
お姫様抱っこをされているという事実と、それに母の温もりと同じくらい安心してしまったということが彼女の羞恥心を突く。
「はっ、ノコノコと逃げ出した魔法の使えないお前に、一体何ができる!?」
その様子にアイリスは苛立ちを見せる。
せっかく姉さんを痛めつけて、苦しめて、殺せるチャンスだったのに。邪魔しやがって。
怒りと共にアイリスはスルトにマナを送った。
「ゴオオオオオオオオオオ!!」
腕を強打し膝をついていた巨人は立ち上がりソウルとシーナを睨む。そしてそのまま剣を振りかぶると剣から灼熱の業火が放たれ2人を襲った。
「.......まずい、ソウルどいて!」
シーナは慌ててマナを溜めようとした。魔法が使えないソウルにはあいつに対抗する術なんかない。
ここは私がソウルを守らなければ……!
だがソウルはシーナを下ろすと彼女を庇うように立ちあがる。
バカ!あなたに対抗する術なんて……。
「シーナ、安心しろ」
そんなシーナをよそに、ソウルはにっと笑顔で告げた。
「お前は、俺が守ってみせる!」
「.......っ!!」
その青年の背中にあの時の母の面影が重なった。
溢れる涙がシーナの頬を伝う。そして、魔法が使えないはずのソウルはマナを溜め始めた。
ーーーーーーー
「いいか、召喚魔法は使うな」
ソウルはシナツの言葉を思い出す。
「その力は呪われた力だ。それにそいつを狙って色々なヤツらがおめえを狙いにやってくるだろう」
「だがな、どうしても引けない時は迷わず使え、きっとおめえなら上手くやれる。大事なもんを、見失うなよ」
.......どうしても守りたいやつが後ろにいるんだ。今なら、使ってもいいだろ?シナツ。
ーーーーーーー
「大海を束ねし海の神、その力をここに顕現させろ!【海神】のマナ【ポセイディア】!!」
ソウルは詠唱し、剣を振る。溢れるマナはソウル前方の地面に収束し魔法陣を形成した。
「何をする気か知らないけど、もう終わりよ!!」
ゴッ!
アイリスは叫び、業火が2人を包み辺り一面、火の海と化した。
「はは.......ついに.......ついにやったわ!!あぁ、父さん見ててくれましたか?アイリスは、ついに仇を取りました!!」
アイリスはうっとりとしながら天を仰ぎ、勝利を確信した。
「【ウェーブ・レイ】!」
しかし次の瞬間、炎の中から一筋の青い光が飛び出し、スルトの左肩を撃ち抜いた。
「グガァァァア!?」
予想外の一撃を受けたスルトは悲鳴を上げて地に倒れ込む。
「な、なに!?」
そしてアイリスは砂煙の中から姿を現したそれに驚愕する。
スルトとそう変わらない大きさのそれは、上半身は青黒い鎧で身を包みこんだ女性、下半身は水龍を思わせる蛇のような姿をしていた。
「ま、まさか.......それは.......!?」
「.......召喚...獣?」
シーナは聞いたことがあった。命を生み出す神をも恐れぬ禁忌の力。太古の昔に滅んだとされた禁忌の魔法が今目の前に顕現していた。
まさか……こんなことが!?
「ふ、ふざけるな!やっと、やっとここまで来たんだ!こんな所で...こんな所で、終わってたまるかぁぁぁぁあ!!」
アイリスは叫び、スルトに指示を出す。
「ゴオオオオオオオオ!!!」
スルトは咆哮しながらポセイディアに突撃し、剣を振った。ポセイディアはそれをトライデントで迎え撃つ。
ガキイイイイイインッ!!!!
ポセイディアが剣を弾くとスルトの体勢が崩れる。その隙を見逃さずにソウルは【連撃】のマナを練った。
「【トライデント・タイド】!」
トライデントが青い輝きを帯びると、ポセイディアは目にも止まらぬ速さで連続突きを放つ。
ドガガガガガガガ!
「グゴギガガ!」
トライデントがスルトの身体を貫かんと襲いかかる。
スルトはその衝撃に体を傾けるものの、その頑丈な体皮は槍を通さずに決定だとはならない。
召喚獣の戦い方は主に2つだ。1つは召喚獣に動きのイメージを送り操作する。もう1つはデバイス・マナを送り召喚獣に技を使わせることだ。
召喚魔法では、召喚獣自身がオリジン・マナとして機能する。そこに術者がデバイス・マナを送ることで召喚獣の使う魔法として発現するという仕組みだ。
「攻撃が、通らねえな」
スルトの堅い外皮にソウルは舌打ちをする。
「行くぞ、ポセイディア!【ウェーブ・レイ】!」
今度は【レーザー】のマナを練る。ポセイディアがトライデントを振ると再び青い閃光が走り、スルトの体を撃ち抜いた。
「ガァァァァァ!!」
閃光を受けたスルトは再び悲鳴をあげながら倒れる。
物理防御が高いが、魔法攻撃であるウェーブ・レイならばダメージを与えられるようだ。
だがマナの消費が激しい魔法で、やすやすと連発できるものでもない。
ならば……。
「よし!」
ソウルは次の一撃でスルトを倒しきるためにマナを溜め始める。
このまま、一気に奴を……。
「.......あはは、そういうことですか」
その時だった。アイリスがニヤリと笑う。
「スルト!あなたは召喚獣を狙いなさい!私は術士を攻撃します!」
「ちぃ!?」
もう気づかれた。確かに召喚魔法は強大だが無敵という訳では無く、1つ致命的な弱点があった。
それは術士が無防備になるということだ。
召喚獣を操っている間はソウルはほぼ戦闘が出来ない。逆にソウルが戦闘に専念すれば召喚獣が無防備になる。
言うなれば操り人形を操りながら戦闘をすることと同じ状態なのだ。
そんな召喚魔法の弱みに付け込んでアイリスがソウルに突撃してくる。
ポセイディアが間に入りトライデントを振るが、アイリスはそれを双剣で受け止めた。
ゴッ!!
アイリスが踏みしめる床が砕ける。
「はぁ!?」
ソウルは目の前の少女がポセイディアの一撃を受け止めたことに言葉を失う。
「嘘だろ!?ポセイディアと同等だと!?」
【ソウルアブゾーバー】で強化されたアイリスの力は召喚獣と同等になるまでになっていた。その隙にスルトが跳躍し、ポセイディアに剣を振りかぶってくる。
ポセイディアはトライデントを手放してスルトの一撃を回避する。だがその一撃は床を砕き、その破片がポセイディアの脇腹と胸に突き刺さった。
「ぐぎぃっ」
ソウルの脇腹と胸に衝撃が走る。
召喚獣の受けたダメージの幾分かはソウルへと返ってくる。召喚獣とマナが繋がっているためこのようなことが起こるのかも知れないとシナツは話していた。
「隙だらけですよ!?」
アイリスはその隙に距離を詰めて剣を振ってくる。
「くっそ!?」
ソウルは痛みを堪えながら体を捻じった。それでも動きが鈍ったソウルは完全に回避しきれずにアイリスの双剣が皮膚を抉る。
そしてソウルが回避に走ると今度は召喚獣の動きが止まってしまう。
「ゴオオオオオオオオオオ!!」
その隙にスルトはポセイディアを殴り飛ばした。
「キィィィィ!!」
ポセイディアは悲鳴をあげて地に伏す。同時にソウルの側頭部にフィードバックの衝撃が返ってくる。
「がっ!」
そしてまたソウルの動きが止まった。
「ほらほらほらほらほらぁ!!」
その隙をついてアイリスが剣を振る。今度は回避できず、マントの上からソウルを切り刻んでいく。
「ぐぁぁぁあ!!」
左腕、脇腹、額、太もも。身体中がどんどん切り刻まれ、血飛沫を上げる。
そしてついにソウルはその場に倒れた。
「.......ソウル!!」
シーナは駆け寄ろうとするが、傷ついた彼女は足に力が入らない。
「うふふ、ねぇねぇお兄さん?」
アイリスは嬉しそうにスキップをしながら倒れるソウルに近づき、髪を掴んで顔を持ち上げた。
あの姉に更なる絶望を与えようじゃないかと、意気込みながら。
「提案があるんだけどさぁ?今からでも、姉さんを置いて逃げない?」
そしてアイリスは凶悪な笑みを浮かべながらソウルに提案した。
「姉さんを置いていくなら、兄さんの命は助けてあげるよ?」
「っ!?」
シーナの体が固まってしまう。
この男も同じだ。命の危機になれば姉さんを切り捨てるだろう。そうすれば姉さんを更に精神的に追い詰める事ができる、とアイリスはそう考えた。
「シーナを.......置いていく.......か.......」
アイリスの呼びかけに対してソウルは虚ろな目で答える。
「そうそう、悪いようにはしないからさぁ、ね?」
さぁ、置いていくと答えろ!アイリスは全てに勝ったつもりで笑った。
「断る」
.......は?
アイリスは言葉を失う。
この男……今、何と言った?
「俺は、命に替えてもシーナを守ってみせる」
ソウルはアイリスを睨みつけながらはっきりと言いきった。
聞き間違いなんかじゃない。
こんな状況で……自分の命ですらも奪われてしまいそうだというこの状況で……姉さんを守る……?
おもしろくない.......。
おもしろくない...おもしろくない、おもしろくない、おもしろくない!おもしろくない!!おもしろくない!!!!
おもしろくないぃぃぃぃぃぃぃぃい!!!!!!!!!!!!!
「ふざっけるなぁ!!」
「ぐがっ!?」
アイリスは怒りのままにソウルの顔を床に叩きつけた。
「あの女は【ジャガーノート】だぞ!化け物だぞ!?人間じゃねえんだよ!戦いで野垂れ死ぬまで戦い続ける道具なんだよ!!守る?そんなもんじゃねぇだろおおおお!?」
アイリスは認められなかった。まさかあの姉を受け入れようと考えるようなバカがいるだなんて!?そんなこと……そんなことあってはならない!!なんとか、なんとかこいつに姉を否定させなければ.......!
「そ、そうだ、あの女はなぁ!自分の父親を殺したんだぞ!?親殺しの【ジャガーノート】。これならお前もあいつを軽蔑するよなぁ!そうだよなぁぁ!?」
そうだ。姉さんの最大の汚点。
『父親殺し』。
その事実があればこの男の認識も変わる!さぁ、今からでも姉さんを見捨てて逃げると言え!!
姉さんを拒絶しろ!!
「.......それ...でも.......おれは.....」
しかし、アイリスの願いも虚しく、ボロボロの顔をあげながらもソウルは答える。
「おれは.......シーナを...信じる」
そうだ、確かに不器用だし無愛想だし、何考えてるか分からない。けど、はっきりしてることがある。
「シーナは.......エレナを見捨てなかった。それに、レイも他の騎士たちも.......みんなを守るために、戦ってくれた。だから、おれもシーナを信じてる。例えそれが事実だとしても……何か理由があるはずだ……」
震える身体に力を込めて、ソウルは言葉を続けた。痛みで意識が朦朧とする。
「それに...【ジャガーノート】かどうかなんて関係ない。おれは.......」
それでもソウルは言葉を紡ぎ出す。虚な意識の中で彼の本心がこぼれ落ちた。
「おれは、シーナと一緒にいたいんだ」
「~~~~っっ!!!!!」
アイリスは憤慨した。なんだ、なんなんだこの男は!?
ジャガーノートの姉さんを受け入れる奴なんて、いてはいけないんだ!!
「だったら、望み通り殺してやるよぉぉおおお!!!」
そして、アイリスは怒りに任せてダーインスレイブをソウルの首目がけて振り下ろした。




