第9章「宇宙で一番うるわしい美女たち」第4話
柔らかな光に満ちたアイザック・サイレーンの私室で、彼は満と愛のことを思い出していた。
「地球人の女というものは本当に変わっているな」
彼はゆったりとソファに身を沈めると目を瞑った。
「アーシェラも変わった女だった……」
彼は、かつて愛した地球人の女を思い出していた。
そして、目の前に置かれたグラスへと手を伸ばす。
それには真っ赤な液体が注がれていた。
そう、ワインだった。
そのワインという存在を彼に教えたのも彼女だったのだ。
彼はグラスに口をつけ、それを飲む。
それから再び彼は目を閉じ、深くソファに身を沈めた。
人工コロニ105「レギュラス」は、その名の通り自然にできた惑星ではない。
完全な球体の鉄の塊である。
表面に突起物はなく、どちらかというと、球体型の巨大な宇宙船のようなものだ。それもそのはずで、宇宙空間を自由に異動できるからだ。
「レギュラスの最上階は娯楽区、その下が居住区、ここには緑地帯もあるし、海も川もあるよ。そして、その下層が養成区、ここではボイストレーニングやその類の育成の為の空間だ。そして、更にその下の最下層がこのレギュラスの心臓部であり、宇宙船発着場にもなっている。こういった人工コロニは様々な宙区に存在しているんだ。ほとんどがヒューマノイド型の存在する惑星の傍近くにね」
満と愛を居住区に連れて行く間、シェルがレギュラスの説明をしていた。
その人工コロニを作りだしたのが、ギャラクティック・ドリーム・カンパニーなのだ。
「で、そのトップに君臨する社長さんにはいつ会わせてもらえるのかしら?」
愛がそう言うと、シェルが目に見えて動揺した。
「ええと…そうだね。まだ会えないと思うよ。まずは養成区でまとまった期間、養成を受けなければならないんだ。それで合格点が出れば、社長に直接会うことができるんだよ」
「ふーん、そうなんだ。けっこう下の者にまかせっきりなんだね」
満があまり興味なさそうな声でポツリと言う。
それを聞きつけてシェルが答える。
「うん。まあ、そうだね。その中でもアイザックさんは社長の腹心みたいなもので、あの人が決めたことは大抵通るんだよね」
「へーそうなんだ。てか、シェル!」
「ななな、なんだよ」
かなり食い気味で彼の手を両手で握って顔を近づける満に、顔を真っ赤にさせてうろたえるシェルは必死に彼女から逃れようとしている。
「アイザックさんって独身?」
鼻息荒く満がそう聞くと、シェルはぶんぶんと頷く。
「き、既婚ではないね。恋人はそれなりにいたみたいだけど、今はいないみたいだよ」
「よっしゃ!」
シェルから手を放し、ガッツボースをする満。
「何、君、アイザックさん狙いなの?」
「そーよー。あたしのタイプにドストライクなのよ!」
「うーん。どうかなあ。君、アイザックさんの趣味じゃないと思う」
「ななな、なんですとっ?」
満は顔色を変えた。
「うん。ほら、君も会っただろう。アーシェラ。彼女、かつてはアイザックさんの恋人だったんだ」
「ええっ!」
満だけじゃなく、愛までも大きな声をあげた。
「それは仲睦まじい二人でね。二人の関係はみんな知ってたし、僕はいずれ二人は婚姻関係に進展するんだろうなって思ってたんだけど。アーシェラはカンパニーを辞めて地球に戻っちゃったんだ」
「…………」
満はその話を聞いて考え込んでしまった。
それに気づかず、シェルは続ける。
「今までアイザックさんが付き合ってきた人たちって、大抵はアーシェラみたいなタイブの人たちで、間違っても君みたいな子はいなかったよなあ…イテッ!」
シェルは、いきなり満に頬を叩かれて、びっくり眼で固まってしまった。
「…………」
満は泣きそうな顔でギッとシェルを睨み付けると、さっさと歩いて行ってしまった。
「えええー」
叩かれた頬を両手で押さえながら、シェルもまた涙目になっていた。
その彼に憐れみのこもった視線を向けて愛はポツリと言う。
「あなたね、ほんっとデリカシーのない男ね」
どこからか歌声が聞こえる。
「fly me to the moon」
不思議な声だ。
消えそうな儚い声音なのに、切なさを感じさせるその歌声は、聞いていると何故か力強さを秘めているようにも聞こえるのだ。
「fly me to the moon……」
彼は、その歌声に導かれてその場所に足を踏み入れた。
「………」
そこは緑地帯の並木道の入り口。
緑のトンネルがどこまでも続く、そんな場所に一人の女性が立って歌っていた。
そう。
それは満だった。
あの、カンペがないと歌えないはずの彼女が優しく儚く歌っているのだ。
だが、それを見守るその男はそのことを知らない。
引き寄せられるように男は満の傍までふらふらとおぼつかない足取りで近づいていく。
(ああ、私はこの歌を知っている)
その時、突然、歌声が途切れた。
「誰?」
満が振り返る。
彼ははっとしてその場に立ち尽くす。
「あなたは誰?」
「私は……マインドだ。このギャラクティック・ドリーム・カンパニーの社長だよ」
ギャラクティック・ドリーム・カンパニーの社長であるマインド・ボイスは見た目はアイザックとそれほど年は変わらないように見えた。それは恐らく白髪をおかっぱの形に肩のあたりで切りそろえていたというのも起因するだろう。それに、顔も恐ろしく端整で、色素の薄い瞳を持ち、肌も張りがあり、若者に負けないくらいの艶があった。まだ30代と言っても通用するくらい若々しかった。
満はごくりと喉を鳴らす。
(超絶美男な社長さんだなー)
だが、残念ながら彼女の趣味ではなかったらしい。というか、本能がこの男は危険だと警報を鳴らしているように感じたからだ。
そのとんでもない容姿の男が口を開く。
「君はシェルが連れてきた地球人の一人なのかな?」
「はい、そうです。満と言います」
「さっき歌っていたのは地球の歌?」
「そうです。ずっと歌い続けたいという意味のある歌です」
満は夢見るような表情でどこか虚空を見つめてそう答えた。
その表情に男は何を思ったか、目を細め、そんな彼女を懐かしそうに見つめた。
「そうか…ずっと歌い続けたい、か。君もそう思っているのか?」
「はい、そうですね。歌い続けたいです」
満は虚空に向けていた顔をゆっくり彼に向けると微笑んだ。
その微笑みは儚く、恐らく、愛や地球の知人や家族に見せたことのない表情だっただろう。
「物心ついた頃から、あたしは歌ってました。親に聞けば声を出せるようになった幼い頃からメロディーっぽいものを口ずさんでいたと言ってましたね。まるで音楽の神様に愛されてるようだって、そんなことを冗談っぽく言ってました」
それから自嘲気味に続ける。
「それなのに、あたしは歌詞が覚えられないんです。なんでかなー。そんなにあたしって頭悪いんだ、歌手なんてなれないよなあって、そう思ってたけど、カンペ見ながらだったら歌えるから、別に歌手なんてならなくてもあたしはずっと歌い続けてればいいっかーってなったんです」
そして、マインドに真剣な目を向け、頭を下げた。
「社長さん。こんなあたしだから歌手はたぶん無理だと思う。歌詞が覚えられない歌手なんてどうにもならないでしょ。ここに連れて来てもらったけれど、いい体験したって思うから、あたしは無理でも愛は歌手にしてあげてください、お願いします」




