第9章「宇宙で一番うるわしい美女たち」第3話
結果、満と愛は見事オーディションに合格したのだった。
「僕が断定して言えることではないんだけど、君たちは二人一組でやっていくのが一番いいと思うんだ」
あれから、アーシェラに見送られてシェルとともに満と愛は宇宙船に乗り、カンパニーの養成星である人口コロニ105、通称レギュラス星へと向かっていた。
満と愛は急きょ仕事先を退職することにし、それらの手続きはすべてシェルの配下の者にやってもらった。カンパニーに属する者達は日本にも紛れ込んでいて、様々なことを処理するための人員もいるそうだ。彼女らの実家にも二人が外国で仕事をすることになり、連絡等は定期的にすることになっているという旨を伝え、心配する事のないようにしてくれたのだ。
「あたしは愛と離れるつもりはないわ」
満がそう言うと、愛はこくりと頷く。
「私も満と一緒にいたい」
「だから、シェル、あたしたち二人でやっていきたいわ」
二人はガッチリと手を取り合ってシェルに懇願した。
そんな二人を見て感動したのか、シェルは瞳を潤ませてうんうんと頷く。
「僕も二人は引き離しちゃダメだって思ってるよ!」
「ほう。君たちが今回の合格者か」
威厳のある声でそう言ったのが、カンパニーの敏腕マネージャーであるアイザック・サイレーンだった。
銀髪に一見黒色にも見える濃い青紫の瞳で細く鋭い眉、整った鼻筋、きりっと引き締まった口元はまるでギリシャ神話の神のような威厳さを感じさせる、つまり、かなりのイケメンなおじさまだった。年の頃は二人よりも随分年上のようだ。50はいっていないとは思うが、それでも40代前半くらいか。
(ううっしぶいわー)
満は心でガッツポーズをしていた。
そう、彼女は年上好みで、親子ほど年の差があってもオーケーな女性だったのだ。
満は片親に育てられ、物心ついた時から父親という存在を知らずに育ったものだから、どうしても父親のような年上の男性が好みになっていったのだ。
そして、それとは逆に愛は年下好みで、かわいい系の男性が昔から好きだった。それもあり、愛はどうやらシェルに好意を持ったらしい。とはいえ、シェルも年上は年上なのだが、年齢は問題ではなく、シェルの言動が年下属性であるのも気に入った要因だろう。
「ふむ」
アイザックは二人を眺め渡すと頷いた。
「では、ここで歌ってもらおうか」
「へ?」
満が素っ頓狂な声を上げた。
「歌はなんでもいいぞ。自分の一番得意とするものを歌えばいい」
「えーとぉ」
満が困ったように眉を下げた。
すると、隣で愛が申し訳なさそうに手を挙げた。別に学校じゃないから手など挙げなくてもいいんだが。
「あのぉ、すみません、この子、カンペないとダメなんですよ」
「カンペ?」
初めて聞く言葉なのだろう。アイザックは首を傾げた。
「歌詞、暗記できないんです」
「は?」
今度はアイザックが素っ頓狂な声を上げた。
「ぷ」
少し離れたところで、シェルが思わず小さく吹き出した。
「………」
それをアイザックはギッと睨みつける。すると、シェルは慌てて明後日の方向に視線を向けた。
アイザックはため息を吐くと再び二人に顔を向ける。
「さて、どういうことか、きっちり話を聞こうか?」
満と愛は互いに顔を見合わせると難しい表情をしているアイザックを申し訳なさそうに見つめた。
「説明しますね」
そう前置きをして喋り出したのは当人ではなく愛だ。
どうやら満は喋りが得意ではないらしい。
なので、何かの説明をする時は必ず愛が代弁するということなのだ。
「満は超内向的な子なんですよ。といっても、まったく喋れないというわけじゃなく、初対面の相手だと人並みにちょっと緊張するくらいというごく普通な子なんですけれど、ちょっと複雑な説明とか自分の意思とかを喋ろうとすると、とたんにガチガチになってしまって呼吸困難にまでなっていくんですよね」
「それでは仕事等で支障をきたしていたんじゃないか?」
アイザックの言葉に愛は頷く。
「まあ、そうでしたね。けれど、私は子供の頃から彼女と一緒でして、いつも傍でフォローしてました。それもあって、同じ職場に一緒に就職したんです」
そう言うと隣でふにゃっと笑っている満に慈愛の視線を送る。
「あたし、彼女には感謝しきれないほど感謝してるんです。こんな半端者なあたしのこといっつも面倒みてくれて、ほんと申し訳ないなあって」
「なに言ってんのよ。私は好きであんたの世話してんだからねっ! 変な風に遠慮しないでっ!」
「うううう…ほんとありがとう、大好きだよ、小池さんっ!」
「私も黒田さんのこと大好きよっ!」
そう二人は叫ぶと、がっしりと抱き合った。
どうやら、芝居がかった行動の時は苗字呼びになるようだ。
そんな芝居がかった二人に違和感を感じるどころか、シェルは感動にむせび泣く。
「……………」
アイザックはというと、あっけになって二人とシェルを交互に見やる。
すると、満と抱き合っていた愛がアイザックに身体を向けた。
「それと、どうも満って何かを記憶するという能力に欠けてるらしくて、ちょっとした短文くらいなら普通にそらんじることができるんですが、歌詞のようなちょっと長い文章だと覚えられなくて、けれど、彼女の歌声を聞いてもらったらわかると思うんですが、かなり素晴らしい声をしてるんですよ。それもあってけっこう子供の頃から歌手にならないか、音楽大学に進んで、オペラ歌手にならないかって言われ続けていたんですけど、記憶っていうのが難しい子なんで、歌詞は覚えられないし、大学に進むほど勉強ができるわけでもなくて、それでそういう道には進めなかったんですよね」
「なるほど…」
アイザックは考え込むように顎に手をやった。
すると何か気づいたらしくて、傍に控えていたシェルに問いかけた。
「シェル、お前はそれを知ってたのか?」
「え?」
「オーディションをしたんだろう? その時に彼女の歌をお前は聞いたんだろう?」
「ああ、はい、聞きましたよ。素晴らしい歌声でした」
「じゃあ、なぜ、今それを歌えないんだ?」
今度は愛と満に身体を向けて問う。
「オーディションで歌ったようにここで歌ってみる事もできるだろうが」
「いや、だから、カンペなんですよ」と、愛が言う。
「うん?」
アイザックは首を傾げた。
「ですからあ、オーディションの時も私がカンペ、つまり、カンニングペーパーを持って、満はそれを見ながら歌ったということなんです。今はそのカンペを持ってないんで、すぐ歌えって言われても無理なんですよねえ」
そう言うと愛はポリポリと頭をかきながら、へへへと笑って見せた。




