第7章「はるかなる星より宇宙の運命によせて」第3話
「キャプテン、どうかしましたか?」
ハーケンは驚愕のあまり声を上げていたらしい。
だが、それはしかたないことだったろう。
なぜなら、その少女は彼の夢に出てくる少女にそっくりだったからだ。
その様子を訝しげに思った女王だったが、彼は「いいえ、何でもありません」と彼女に答えた。
女王は頷くと「中へ」と彼を部屋に誘う。
そして、二人が部屋に入ってしまうとドアを閉め、鍵をかける。
それから女王は少女へと駆けより抱きしめた。
「おお、ノンニーナ、ごめんなさいね。こんなところに閉じ込めてばかりのママを許して」
「えっ!」
ハーケンは再び驚いた。
ラテスは彼を振り返り頷く。
「実は、あなたに頼みたいことはこの子のことなのです」
ラテスは少女をソファに座らせ、自分もその子を抱えるように隣に座った。
「あなたもおかけなさい」
「はっ、はい。では座らせて頂きます」
ラテスはハーケンが座り落ち着いたのを確認すると話し出した。
「この子はノンニーナといいます。私の唯一の愛しい娘です」
彼女は慈しみを込めた眼差しで隣に座る少女を見つめ、その子の長く柔らかそうな髪を撫でた。
「あなたも私の特殊な体質は御存知とは思いますが、私は相手がいなくても一人で子を成すことができ、そして、この子を自分の意思で授かりました。なので、この子には父親はいません。もっとも、厳密に言えば父親も私ということになりますが」
「そ、それは……」
女王の言葉にハーケンは何と言っていいかわからなかった。
頭では女王は両性具有であり、生殖行為なしに一人で子供を作ることができるとはわかってはいても、やはりその結果はこうだと提示されても、俄かには信じがたい。
自分は普通の人間で、両性具有がどうやって子を成すかまではとても想像できないことではあったからだ。
だが、ここにその産物である少女が存在する。
「この子には生殖能力があります」
女王が淡々と告げた。
「え……」
ハーケンはうろたえる。
女王は何が言いたいんだ。
「何人も子供を産むことができます」
彼女は何を言っているんだ。
たとえば自分が生殖能力があるというなら、少女の相手に選んでくれたとなるだろうが、自分には子を成す能力はない。なのに、なぜ、女王はそんなことを自分に言うのだ。
「私に、どうしろと言うのですか」
女王は一瞬間を置くと告げた。
「この子をこの星から脱出させてほしいのです」
「なんですって?」
彼は女王の言葉に思わず大声を上げてしまった。
「子供の産める人間はこの星の宝なんですよ、陛下。それを余所に連れて行くとなると、法を犯すことになります。重罪です。死刑ですよ、死刑!」
「わかっています!」
ラテスはきっぱりと言った。
そして、ここではないどこか遠くに視線を向け、続けた。
「この子は行きたがっているのです」
「どこへ、ですか?」
「故郷……」
ハーケンの問いに応えるように、ノンニーナが呟く。
(助けて…私を…ここから出して…行きたい…私の故郷へ…)
「!!」
ハーケンの頭にその声がこだまする。
彼はノンニーナに視線を向けた。
すると、それに気づいた少女は彼にニッコリと微笑んでみせる。
思わず、彼は心臓を鷲掴みにされたような気持ちになった。
「わかりました、女王。ですが、脱出させたとして、いったいどこに連れて行けばいいのでしょうか」
ラテスは少し困った顔をする。
「詳しい座標は私にはわかりませんが、どうやらミラキウィ星雲らしいのです。申し訳ないのですが、この子を直接コンピューターと繋げてやってください。そうすれば座標は引き出せると思います」
言いながら女王は娘に顔を向ける。
ノンニーナは自分の母にニッコリすると頷いた。
その様子を微笑ましく眺めてから、ハーケンは言った。
「では、準備に取り掛かるとしましょう」
ハーケンがブラッド星を立つ日、彼のもとに人間大のチギーリのぬいぐるみが届けられた。
「女王様からハーケン殿への贈り物だそうです」
ロボットのホテルボーイがそう言った。
「重いので私が船までお運びしましょうか」
「いや、いい。女王からのせっかくのプレゼントだ。自分で持って行くよ」
彼はそう言うと、ボーイにチップを渡す。
「そうですか。あ、ありがとうございます。でも、かなり重いですよ」
「いいんだ。ありがとう」
「わかりました」
ボーイは「では失礼します」と言ってから部屋を出て行った。
「………」
ハーケンはぬいぐるみを見つめた。
チギーリは、ブラッド星の山岳地帯に棲息している体長30センチほどのスラリとした動物である。目が小さくてかわいい眉のような毛の塊が目の上についている。
今、ハーケンの目の前にあるチギーリは1メートル50センチくらいはある、かなり大きなものだった。
彼はぬいぐるみに近づくと、そっと囁いた。
「ノンニーナ、きゅうくつかもしれないが、もうしばらくの辛抱だからな」
それから彼はぬいぐるみをそっと抱き上げると、部屋を出てホテルを後にした。
ハーケンはしっかりとした足取りで愛機トニー号のタラップを上がっていった。
そして、彼はそのまま彼女のために用意された船室へぬいぐるみを運ぶと、急いでぬいぐるみから彼女を解放してやった。
「暑くなかったか?」
「ちょっとだけ」
「そうか」
彼はニッコリした。
「じゃあ、君はあの椅子に座ってベルトを締めるんだよ」
彼はそう言うと、部屋の隅にある椅子を指差した。
「わかったね?」
ハーケンの問いかけに彼女はこくんと頷くと椅子に近寄り、座った。
彼は彼女がベルトをきちんと締めるのを見届けると、コクピットへと急いだ。
彼も着席すると声を張り上げる。
「さあて、いよいよ出発だ。頼むぜ、トニー号、それにヒル」
ヒルとはトニー号のコンピューターのことだ。
ハーケンは通信機でコントロールタワーを呼び出した。
「トニー号、出発準備完了。離陸許可願います」
「了解、こちらコントロールタワー。トニー号、離陸許可します──いや、待て」
予想していた事だが、ここに到着してきた時には存在していなかった「物」が搭載されていると把握されてしまったのだろう。それは想定内のことだったので、ハーケンは後の言葉を聞かなかったふりをして、離陸を始めた。
あっという間の出来事だった。
一瞬後、トニー号はすでに宇宙空間に飛び出しており、すぐさま、ブラッド星の勢力地域外へとワープをしたのだった。




