75、魔族の会議 ~どうやら遠方でも何かが動き出すようです~
俺達の姿が見えなくなる最後の瞬間まで手を振ってくれた村の皆と別れた後、俺達が何をしているのかと言えば。
山。
山である。
あ、間違えた。山登りである。
俺達は山しています、とか日本語としておかしいよな。
それに、形容詞にすると「山しい」になって何か発音がやましくなるよね。
はい、そんなどうでもいいことは置いておきましょう。
何故俺達が山登りなぞしているのかというと、それは国を出る為なのだった。
事は少し前に遡る。
俺一行が国境っぽい所に差し掛かった時のことでした。
小さな町がありました。
人がそれなりにいました。
門がありました。
はい、回想終了。
つまる所、そう簡単に抜けられそうではないということである。
ただの門だけだと思っていたら、まさかの町があるという。
どうやらリィサも知らなかったらしい。というかリィサ、一人旅とか言っても殆ど旅したことないんだろうな。
そんな訳で、国境沿いに町があったのは驚きであった。しかもその付近、流石国境沿いというべきか、馬車っぽいやつに乗った商人っぽいやつが沢山出入りしていて、俺達もそういう人間と何度もすれ違った。
国の外から来た者はいいかも知れないが、国の中から出て行く人に見られたら、最悪の場合気づかれる恐れがある。それに国境沿いの町ともなれば重要拠点だろうから王国の情報もしっかりと伝わってくるだろう。
通してもらえそうにない。っていうか捕まっちゃう。
捕まるのは御免である。それならばまだ遠回りして抜けた方が良い。
という理由から、現在山登りをしているのであった。
昔日本では、関所を通らずに領国に入ろうとして山道に迂回路を求める者を成敗する為に、屋久座という人間がいたらしい。その風習がこの世界にもあったのだとしたら、そして今も残っているのだとしたら、現在山を登っているこの最中にそういう人間と鉢合わせしてもおかしくはない。
「リィサ、大丈夫か?」
とそんなことをぼんやり考えていたのだが、ふとリィサを見ると何だか辛そうにしている。山登りは確かに体力を使うし、女子には辛いかも知れない。とは言ってもリィサはあれだけ戦闘において軽やかに立ち回れる訳だし、ルテティアは何故か全然疲れた様子を見せないので、この世界の体力設計がどうなっているのかは分からないのだけれど。
「え、ええ。別にこれくらい、どうってことないわ」
妙に強がるリィサ。強がる、ということは少なからず疲れているということなのだろう。
「き、キエルさん! 何で私の心配はしてくれないんですか!?」
前を歩いていたルテティアが急に振り返ってそう言っていた。え、だってルテティアめっちゃ元気そうやん。
「ルテティアは何か疲れてなさそうだからな」
「疲れてますよ? 私、疲れてますよ?」
何かやけに疲れてますアピールをしてくるルテティア。だが動きからして疲れているようには見えない。軽やかな足取りだし。
「いやいや、疲れている人間はそんなテンポ良く歩かないんだぜ」
「はっ!?」
言われて気づいたようで、ルテティアがわざと足を重くした。
「キエルさん……私、疲れてますよ……?」
しおらしくなって再び言う。な、何なんだこいつ。
「あんたは俺に何をしてほしいんだ?」
「おんぶ!」
「却下だ」
「えぇ!?」
オーバーリアクションのルテティア。今のどこにそんな驚く要素があったんだ。
「……あんた達、随分元気ね……」
普段の威嚇はどこへ行ったのか、俺達の会話を聞いてリィサがそんなことを言い出した。うん、やっぱり本当に疲れてるんですね。
「リィサ。そんなに疲れてるんならおんぶしてやってもいいぞ?」
「は、は!? そんなの必要ないし! ――うわっ!?」
リィサに話を振ったら、これまた思ったよりもオーバーリアクションである。オーバーリアクション過ぎて後ろにのけ反ってしまったほどだ。
「おいっ」
その驚き様で足を滑らせて、リィサが危うく転げ落ちそうになる。今の坂道は結構急であるため、後ろに転倒するとそれなりに危ない。
「足元には気をつけろよ?」
「あ、あんたがびっくりさせるからでしょ!?」
すかさず反論してくるリィサ。
「むむぅ……私にはおんぶしてくれないのにリィサさんにはしてあげるんですか……?」
そしてルテティアはジト目で俺を見ている。いや、冗談だって。
「……仕方ない。じゃあルテティアはおんぶひもでおんぶして、リィサは普通に抱っこしてやればいいか」
「私が抱っこの方がいいです!」
「だからいいって言ってるでしょ!?」
同時に反応が返ってくる。中々面白い。
「うーん、じゃあ取り敢えず下りに入るまでは頑張るかね」
せっかくならおんぶとか抱っこしてみたいなぁ、とか別に思ってないんだからね!?
――――――――――★――――――――――
「あさましいな、人間どもは」
闇に包まれた城、その中枢部に、十人程の魔族が集まっていた。
どの者もただでは言い表せない覇気を持っている。その威圧感はどこに向けられるのかと言えば、それは各々の周りに、と言うべきなのだろうが、その場の全員が同じレベルの波動を出しているためにそれらは反発し合い、その場を「何人も立ち入ることのできない空間」に創り上げている。
「どの辺があさましいとお考えか、メルドゥリ?」
メルドゥリと呼ばれた魔族の向い側に位置する細身の男が尋ねた。こちらも肌は黒い。
「何、全てに決まっている。その誕生、姿、存在、進化、そして現在に至るまでの精神的堕落の様。見ていて吐き気がする」
言葉の如く吐き捨てるように言う。その姿はとても何かを近寄らせるようなものではないが、この場の魔族がそれに怯むことはない。
「そんな無気になるなよ、メルドゥリ。あいつらは何も知らないんだから。世界の本質はおろか、自分達の生きている場所のことも、何にも知らない」
答えたのはメルドゥリの隣にいた長身の青年である。青年とは言っても魔族であり、その威厳に満ちた姿は他者との引けを取らない。
「それが腹立たしいと言っているのだ、カムルダ」
少し声を張り上げてメルドゥリが言う。
「いや~、メルドゥリさんは本当人間のことが好きなのですね~」
「何?」
「愚かな姿に腹が立つ、というのは、その者達を愛していることに他ならないのですよ~」
そう言うのはメルドゥリの斜め前に立つ老齢の魔族だった。
「貴様、俺を馬鹿にしているのか?」
鋭い眼光と共に老魔を睨む。
「いえいえ~、馬鹿になどしておりませぬよ~」
「――それより、今はここに集まった用を片付けるのが先ではありませんか?」
と、突然老魔の隣の男がそう言った。身なりがきちんとしている参謀のような魔族である。
「何故未だに『魔王』様の現れる予兆がないのか。今回集まった理由は、それについて皆の意見を聞くことだった気がするのですが?」
男がそう言うと、確かにと言った風に皆の血の気が収まる。簡単なことで言い争いをしている場合ではなかったのだ。
「――本来ならばもう予兆が出て良い時期なのよね?」
豪華な椅子に座る女性が話を切り出した。
「その通りだ。少なくとも一月前までには我らが『魔王』様をこの祭壇に呼び出し、準備をしなくてはならないのだから」
「だが未だに予兆すらない、と」
「しかし、必ず現れるのだから我々はただ準備をしていればいいのでは?」
「ここは前回も戦いに参加したガズル殿の意見を聞きたいものだ」
「わたしですか~? そうですね~、時が来れば必ず現れる、だからそれを信じて待てばよい、というのが、習わしでしたね~ モルガ君の言う通りですな~」
「では我々は引き続き、まずは『グラゴニウス』を送り込んでおけばよい、と?」
「だがそれならそれでもう少し数を増やすべきではないか?」
「いや、数は増やすというよりは、ランクを上げるべきだろう。今送り出しているのはひよっ子ばかりではないか」
「まあ良い。『魔王』様抜きでも我々が負けることなどあり得ないのだ。心配する必要はない」
話はまとまらない。
しかし各々が勝手に意見を言い合い、それが一つの方針に固まっていく様を見るに、この魔族達は生まれもった力として相当良質なものであったことが分かる。
すなわち、悪は賢なり。




