72、カフィスの洞窟2 ~亜人獣登場~
しばらく、ぶっ倒れたネズミを見ていたが――どうやらもう起き上っては来ないようだ。
俺の勝ちである。
かつてどこかの森で獣四体を相手に戦った時のように、今回も少しばかり頭を使った。
うむ、やはり戦いはこうでなくてはな。
――と一通りの充足感は得られたのだが、まだ事は終わっていない。むしろ始まってすらいない。
「それにしても、やつらはどこにいるんだろうな――」
洞窟内を歩いているが、それらしい音は聞こえてこない――
――ゴォオォォ……
ん? 何か今聞こえたような。
低くて籠ったような音である。洞窟内なら尚更だけど。
何の声、と言ったらいいのだろうか。例えるならば飛行機の音をもっと人間味のある感じにしたような……
そう、人間味のある、だ。
そして今聞こえてきたものは「音」というよりかは「声」であった。
ということは、今の声が亜人獣のものだということか。
いよいよ近づいてきたという訳だな。
い、いいだろう。ならばそいつら全員、この俺が倒してやろうではないか。
先程よりも歩幅を小さくして前に進む。
なるべく音を立てないように、静かに。
聞こえてくる声と足音のようなものからして、多分次の空間にいると推測できる。
今までにもいくつか大きな空間があったが、やつらが根城にするくらいだ、今までのものよりも広い可能性がある。というか広い方が助かる。戦いやすいからな。それは亜人獣にとっても同じなのだろうけれど、お互いに上手く動けないという状態よりは、お互いに不自由なく動ける状態の方が良いだろう。
相手もそう考えているか分からないが、少なくとも自分達によって不都合な所を根城にはしないはずである。
という風に考えながら気持ちを紛らわせつつ俺は引き続き前に進む。
そっと。そーっと。
だから別にビビッてないっ!
「はっ!?」
自分に言い訳していた所で俺ははっとなって身を引いた。
明かりが見えるのだ。
赤い、明かり。そして獣のような、人のような、そんな声。
ものを叩く音。ものを擦る音。ものを齧る音。
聞いていて良い気分になるものではない。
酷く、不快になった。
そのまま近づいていった俺は、ついにそいつらの姿を捉えることになる。
人。
人だった。
それも相当巨大な、人だった。進撃してきそうである。
ここから顔を見ることはできないが、後ろ姿を見る限り、そいつらは皆人だった。ただし人だとは言ってもそのまま人な訳ではない。俺は獣人を見たことがないけれど、恐らくは獣人の方が似ているのだと思う。
ただこいつらは、類人猿や猿人のように背中が曲がっている訳ではない。直立二足歩行の人間の骨格である。
そしてその内一体が、こちらを向いた。
影からこっそりと中の様子を見ていた一人が、こっちを見たのである。
――俺の薄影は獣相手には効かないのか?
と思ったが、その亜人獣はこっちを向いただけで俺には焦点を合わせていない。良かった、健在だった。
そうだ、今の内に透明化しておこう。獣は嗅覚が敏感だからあまり効果はないかも知れないけれど、一応、ね。
洞窟に住んでいるなら目が良いか、退化しているかどっちかだが、村を襲ったということから目が見えないということはないだろう。
ある者は端に置いてある肉を食べており、ある者は骨の様なものを磨いていて、ある者はウロウロしていて、ある者は睡眠をとっていて、ある者はグルルと吠えていて。
今言った通り、この空間は相当広い。だからこれ程の数の亜人獣がいるのだろう――
ん? これ程の?
一、二、三、四、五、六……
めっちゃいた。
そうだ、俺が考え忘れていたのはこれだったのだ。
村を襲ったのが三体だったからと言って、洞窟にいるのが三体だとは限らない。
それなのに俺は勝手に三体だと決めつけていた。
三体しかいないものだと勝手に解釈していた。
何故だろう。
それはきっと、俺も怯えていたからだ。
これは、無理だ。
正直、そう思ってしまった。
目に見える範囲だけでも十体はいる。こんなの、一人どころかリィサと来たって勝ち目はない。
亜人獣。一体何者なんだ。何かに似ていると思っていたが、こいつらはそう、ゲームに出てくるゴブリンに似ているのだ。ただ、人間くらいの大きさであるが。
しかしここまで来てしまったのだから、今更帰ると言っても、村長に何て言えばいいんだ。
数が多すぎたから無理です、と?
それこそ、村長は許してくれるだろうけれど――
俺のプライドが許さない。
俺は亜人獣を倒すと決めた。その数が少し増えたからって、はいすみませんで諦めてたまるものか。
あのリア充達なら、こいつら相手でも戦えるだろう。明日木白邪も、一人でこの数を相手にできるだろう。
なら俺は?
偽物の力を手に入れた俺は、どうなのだ。
できるのか、できないのか。
やるのか、やらないのか。
そんなの、やるに決まってる。
男なら誰しも夢を見る。
世界最強になりたいって。
そんなの当たり前のことだ。全てを思いのままにしたいという願望は男女問わずあるだろうし、それが男となれば自分の力で世界を征服したいと思うのも極々自然のことである。
俺は影が薄いけれど、人に相手をしてもらえないけれど、普通の人間である。
およそ人間が持つであろう全ての感情を、俺は持っている。
力が及ばないのは、やはり悔しい。
与えられたステータスが違う? 確かにそうだ。リア充共や明日木白邪は最初から高いステータスを手にしていた。いくつ苦難が押し寄せても、楽々と超えて行けるだろう。
だから、何だ。
俺は元々与えられた力の差に、嫉妬する。
リア充共の行動に、嫉妬する。
明日木白邪の強さに、嫉妬する。
何故俺にだけ強さが与えられなかったんだと、運命を憎む。
俺にも力をくれよと、頼む。
誰に頼む?
それは、俺自身にだ。
「力を、くれよ!」
叫んだ。
偽勇者の未来眼




