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推しに殺される大罪人に転生。推しのために……  作者: 流庵
一章

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第〇〇七話 研究室

 採石場から帰ったその日は、久しぶりに屋敷の外に出たせいか、馬車の揺れに耐えきれず倒れたまま、起き上がることはなかったようだ。



 意識の底を揺蕩(たゆた)うような感覚。体の節々が軋み、鉛のように重い。


 ……これが、魔力過剰症候群の反動か。


 もう少し体を鍛えないと、日常生活すらままならない。早くこの虚弱な体質を改善しなければ。



 ベッドから何とか身を起こし、部屋を出ようとしたとき、ちょうど入って来たリリアナと視線が交わった。


「リリアナ、おはよう。昨日石切り場からもらってきた石はどこだい?」


「ルシャ様! まだ動いてはだめです!」


 俺の言葉を聞くや否や、リリアナは慌てて駆け寄ると、その華奢な体で俺を抱きかかえ、ふわりとベッドに寝かせた。見た目に反して、結構な力持ちだ。


「発熱されています。今日は石のことは忘れて、安静になさってください」


「熱?」


 フラフラすると思ったら、やはり熱があったのか。元の世界では何年も熱など出したことがなかったので、自分の体の不調に鈍感になっているようだ。


「ルシャ様の調子が良かったので、つい無理をさせてしまいました。熱が下がるまで、ゴーレムの実験は禁止です。石の方はリリーが準備しておきますので、今は体を休めてください」


「……分かったよ」


 リリアナがそっと布団をかけ直してくれる。彼女のペリドットのような瞳が、心配そうに揺れていた。俺が目を閉じると、しばらく傍にいてくれたようだが、やがて静かに部屋を出て行った。


 ゴーレムの研究計画を練ろうにも、熱に浮かされた頭では、考えることさえ許してはくれなかった。



 ◆ ◆ ◆



 次に目を覚ますと、見慣れた天蓋が視界に映った。


 結局、あれからさらに熱は上がり、意識は朦朧として丸二日間も寝たきりだったらしい。


 健康な体のありがたみを、こんな形で実感するとは……。トラックに潰された俺の現実の体は、今どうなっているのだろうか。ふと過った考えを、頭を振って追い出す。


「ルシャ様、おはようございます。顔色が良くなりましたね」


「リリアナおはよう」


 リリアナが微笑みながら、俺の額にそっと手を当てる。ひんやりとした彼女の手が心地良い。


「熱も下がったようですし、大丈夫そうですね。二日間あまり召し上がっていなかったので、体に優しいものをご用意いたします」


 彼女が朝食の準備のために部屋を出て行く。着替えたいところだが、まだベッドから出るなという無言の圧力だろう。



 しばらくして、リリアナがメイドを一人伴って戻ってきた。メイドは手際よく朝食の準備を終えると、一礼して静かに去っていく。


 湯気の立つ温かいお粥は、空っぽの胃に優しく染み渡った。正直、食欲はなかったが、今後のためだと我慢して匙を進める。


 お粥など消化に良いもの中心の朝食だ。正直、全くお腹が空いていないが、今後の体調も考えて我慢して食べる。


「食べながらお聞きください。ルーシャス様が寝ている間に、石の方は運び入れてありますので、後ほどご案内いたします」


「ありがとう。心配かけたね」


「いえ、リリーの方こそ、ルシャ様の体力のなさを甘く見ていて……申し訳ありませんでした」


 自分でも痛感しているから、あまり言わないでほしい。この体になってから、ほとんどの時間をベッドの上で過ごしているのだ。俺だって好きで寝ているわけじゃない。


 朝食を終え、身支度を整えると、リリアナの後をついて行く。


 案内されたのは、俺の部屋から少し離れた、普段は使われていない離れだった。



 ◆ ◆ ◆



「これは凄い!」


「喜んでいただけましたか?」


「もちろんだ! 俺だけの秘密基地、いや、城ができた気分だ!」



 俺が寝ている間に、リリアナが頑張ってくれたらしい。


 だだっ広い離れの不要な物を全て撤去し、壁際には作業台まで用意されている。


 そして部屋の中央には、採石場から運んできた石が、種類ごとに分けられていくつもの山を築いていた。ここを俺の研究室にしてくれたようだ。



 これなら、もう誰にも気兼ねなく実験に打ち込める。



 それにしても、使っていないとはいえ、公爵家の離れを勝手に改造してもよかったのだろうか?


 まあ、ルーシャスの父親は公爵として多忙を極め、母親もお茶会などで人脈作りに忙しい。息子の世話を献身的にこなすリリアナには、絶対的な信頼を寄せているのだろう。このくらいは許容範囲というわけだ。



 この世界において、エルフは高い魔力とプライドを持ち、人間を見下している傾向が強い。人間からすれば憧れの存在だが、彼らが人間の侍女になるなど、本来あり得ないことなのだ。リリアナだけが、唯一の例外だった。


 無能で病弱と囁かれるルーシャスの立場が、公爵家嫡男としてギリギリ保たれているのは、エルフである彼女が侍女についているおかげ、という側面も大きい。それも、両親からの信頼が厚い一因だろう。



 しかし、彼女の献身は、単なる侍女の務めを超えている気がする。その真意は一体何なのか。彼女が敵でないことを、今は願うしかない。



 そういえば、ハイエルフの存在も謎のままだったな。


 ゲーム『セブレリ』の設定上、エルフは存在していても、ハイエルフという種族はどこにも記されていなかった。あれは、リリアナを仲間にし、告白イベントを迎えた者だけが知り得る、極秘の情報なのだ。


 かつて、ゲームメーカーの掲示板でハイエルフについて質問してみたことがある。だが、その投稿は速攻で削除され、それ以降『ハイエルフ』は禁止ワードに指定されてしまった。


 今思えば、怪しいことだらけだ。しかし、当時はレティシアの攻略に夢中で、深く考えることもしなかった。


 この世界は、俺が知っている『セブレリ』とは、似て非なるものなのかもしれない。


 リリアナの謎も含め、収集すべき情報は山積みだ。だが、彼女に悟られるわけにはいかないのが、何とも悩ましいところだった。

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