第〇〇六話 採石場
「……」
「……様」
――誰かが呼んでいる?
「ルシャ様」
柔らかな、聞き慣れた声。リリアナの声だ……。
ゆっくりと瞼を開くと、心配そうにこちらを覗き込むリリアナの美しい顔が、視界いっぱいに飛び込んできた。
……このエルフは、本当に俺の味方なのだろうか?
ゲームの中の彼女は、いつもどこか影があり、憂いを帯びた表情をしていた。けれど、今の彼女は俺に献身的に尽くしてくれる。ルーシャスと彼女の間に、一体何があったというのだろう。
もし、史実通りルーシャスが暴走するとしたら、その引き金は外的な要因かもしれない。そうなれば、邪神討伐のキーキャラクターにすらなり得る実力を持つリリアナは、最有力候補になってしまう。
今の俺など、彼女が本気を出せば赤子の手をひねるより容易く殺されてしまうだろう。レティシアの聖女覚醒の贄になる前に、こんな所で倒れるわけにはいかない。そのためにも、今はただ力をつけるしかないのだ。
「……馬車の揺れに、耐えられなかったようだ」
「いいえ、リリーの方こそ申し訳ございません。最近のルシャ様は、あまりにもお元気そうでしたので、馬車に弱いことをすっかり失念しておりました」
ルーシャスの記憶によれば、両親の帝都行きに同行できなかったのも、この致命的な体力のなさが原因だった。その事実を誰よりも理解しているはずのリリアナが、なぜ木登りなどを止めなかったのか。その一点だけでも、彼女を完全に信じきれないでいた。
ちなみに、木から落ちたショックで記憶が飛んでしまったのか、木登りの前後のことは綺麗さっぱり覚えていない。
「せめて、領内の移動くらいは平気になりたいな」
「ゴーレムを動かせるようになれば、きっと改善されます。一緒に頑張りましょう!」
そう言って、リリアナは俺を優しく抱きしめる。ふわりと甘い香りに包まれ、その柔らかさに顔が埋もれて息が苦しい。だが、ここは男としてぐっと耐えねばならない。役得だなんて、決して思っていない。
「それではルシャ様、採石場の責任者をお待たせしております。参りましょうか」
「ああ、分かったよ」
名残惜しい気持ちを振り払い、彼女の腕の中から抜け出して馬車を降りた。
目の前に広がるのは、巨大な岩石が積み上げられた荒涼とした風景。あちこちで石を削る甲高い音と、土埃が舞っている。
俺たちが馬車から降りるのに気づくと、作業着姿の年老いた男が一人、慌てた様子で駆け寄ってきた。
「ルシャ様! ようこそお越しくださいました。心より歓迎申し上げます」
深々と頭を下げる男に、リリアナが静かに、しかし有無を言わせぬ口調で告げる。
「分かっていると思うけど、ルシャ様の魔力は桁違いよ。それ以上は近づかない方が身のためだわ」
「はっ、心得ております」
「それで、ルシャ様からお前に聞きたいことがあるそうよ」
「畏まりました。このジモンが分かることであれば、何なりとお答えいたします」
「それではルシャ様、どうぞ」
リリアナに促され、俺はジモンと名乗った老人に問いかけた。
「単刀直入に聞こう。ここでゴーレムの不足パーツを作っていると聞いたが、間違いないか?」
「はい。頻繁にというわけではございませんが、たまにご依頼がございます。ルシャ様用のゴーレムの不足パーツも、わたくしが手伝わせていただいております」
「そうか。では聞きたいのだが、ゴーレムのパーツを作る際、石の材質はどんなものでもいいのか?」
俺の質問に、ジモンは目を丸くして驚きの表情を見せた。
「石など、どれも同じだと思われるのが普通の考えでございます。まさか、石の種類までお気にされるとは……さすがはルシャ様でございますな」
どうやら、かなり専門的な質問だったらしい。隣でリリアナが「ふふん」と得意げな顔をしている。そのドヤ顔はやめなさい、可愛いから。
「僕のスキルがゴーレムだからな。色々と調べていただけだ」
「そうでございましたか! その若さでそこまでのお考えをお持ちとは、シャドウブレイズ領の未来は安泰ですな。それで、ご質問の答えですが、わたくしの経験上、火成岩に分類される石が最も適しているかと存じます」
火成岩か。ゲーム知識で辛うじて覚えている。確か、マグマが冷えて固まってできた石だったな。
「火成岩なら、何でもよいのか?」
「――! そこまでお詳しいとは、恐れ入りました。できるだけ地中深くで固まった、深成岩が最も丈夫でございます。ルシャ様用のパーツは、その中でもさらに特別な石……強い魔物が住処にしていた場所から産出されたものを使用しております」
ん? 今、聞き捨てならない単語が混じっていたぞ。
「強い魔物の住処、だと? 石の産出場所が性能に関係あるのか?」
「あくまで噂にすぎませんが、ゴーレムにした後の動きが違うそうで。わたくしには分かりませんが、魔力の持ち、つまり稼働時間が少し長くなると聞いております」
「稼働時間が、か」
「はい。わたくしたちの間では、魔物が放つ膨大な魔力が、長い年月をかけて石に染み込んだためではないか、と言われております。まあ、魔力なんぞ目に見えるものではございませんので、言い伝えのようなものですが。通常の石より強度も増すという話もございます。帝都の皇城からご依頼があった際は、できるだけ魔物がいた場所の石を納めるようにしておりますな」
「ルシャ様、シャドウブレイズ領の石が帝都で人気なのは、そういった細かな職人の努力の賜物なのですね」
リリアナが感心したように言うと、ジモンは誇らしげに頷いた。
「真相はともかく、厳選した石を納めているのは間違いございません」
「ありがとう、よく分かった」
俺はジモンに礼を言うと、本題を切り出した。
「ところで、小石程度の大きさでよいのだが、その魔物がいた場所の石は残っていないか? 色々と試してみたいことがあるんだ」
「もちろんでございます。ルーシャス様のゴーレムが破損した際のスペアとして、常に保管しておりますので。どうぞ、その中からお好きなだけお持ちください」
ハズレスキルのはずなのに、やけに用意がいいのは不思議だが、あるのならありがたく貰っておこう。
「……」
ジモンに案内された保管場所には、大型のコンテナ二つ分ほどの石が無造作に積まれていた。
「これ全てがそうなのか?」
「はい。公爵様のご命令で、大昔ダンジョンだったという場所の、ボス部屋の石を運び込んでおります。ただ、長時間石の傍におりますと、体調を崩す者もおりますので、お気をつけください」
「体調を崩す……? まるで俺の体質みたいだな」
「それだけ、この石が大量の魔力を保有している証拠ですね。私にはかなりの魔力を感じますが、ルシャ様は何も感じませんか?」
リリアナは魔力を感じ取れるのか……。
「……いや、全く感じないな」
「そうですか。ルシャ様の魔力が、この石の魔力を遥かに上回っているのかもしれませんね」
「リリアナには、その石より俺の魔力の方が大きいと分かるのか?」
「もちろん分かります。ですが……ルシャ様の侍女をするようになってからは、段々と感じ取りにくくなっておりました。だというのに、これほど強い魔力を感じるということは、相当なボスがいたのでしょう」
「言い伝えによれば、古龍がいたとの話にございます」
「古龍、だと?」
「はい。古い言い伝えですので、定かではございませんが」
古龍か……。確か、邪神の配下にもそんなやつがいたはずだ。さすがに時代が違いすぎるだろうが、妙な胸騒ぎがする。
この石は、俺の研究に大きな進展をもたらすかもしれない。そんな予感を胸に、俺は山積みの石の中から、特に強い魔力を放っているように見えるものをいくつか選び、採石場を後にしたのだった。
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