8.伝承①〜破滅の閃光と嘆きの地
独立都市テーゼを含む周辺地域一帯には、ひとつの
伝承がある。
かつての戦乱の世、この地はウォーケンという領主が治めていた。
周囲を山々に囲まれるこの地は、穏やかな気候と、
水と草木と肥沃な土に恵まれ、領主と領民は平穏に暮らしていた。
ある時、領主が城にひとりの幼女を連れてきた。
どこの誰なのか、誰も知らなかったが、家族と死別していた領主は、その幼女を娘と呼び、幼女は領主を父と慕った。
すぐに領主と娘は、ともに領内を回るようになる。
娘は、気さくに、無邪気に、領民と接し、領主はそれに暖かい眼差しを注ぐ。
その姿は、領民が羨むほど、仲睦まじかった。
娘の周りでは、常に不思議な事が起きていた。
いわく、
ーー娘の周りに、小鳥や小動物が集まる
ーー怪我人や病人に触れると、痛みや苦しみが
和らぐ
ーー災害も、凶作もなく、豊かな実りを享受する
娘にはその自覚はなく、ただ自分に懐く動物を慈しみ、ただ苦痛に顔を歪める人を憐れみ、ただ豊作を喜ぶ皆と踊り、無邪気な笑顔を振りまくだけ。
いつしか領民は、娘を”神“だと思うようになる。
しかし、その幼女の姿をした"神”に
祈りを捧げる者は……
崇める者は……
跪く者は……
誰ひとりとしていなかった。
”あの子は、手の届かぬ高みには在らず
ただ我らの傍らにのみ在る"
領民たちは誰と諮るわけでもなく、皆がそう思い、
領主に寄り添い無邪気に笑う幼い娘を、ただ静かに見守るだけだった。
しかし、平穏な日々は突如として終わりを告げる。
ーーー隣国の侵攻
戦は凄惨を極めた。
焼かれる集落。
踏み荒らせる農地。
凌辱され、殺される領民。
大軍に蹂躙される兵士。
城壁が破られ、護衛も倒れ、領主が敵の凶刃で命脈を絶たれた時ーーー
天にも響く慟哭とともに、娘の身体が閃光を放ち、
父の亡骸も
戦場の屍も
敵軍の将兵も
想い出の詰まった領地も
楽しかった日々も
周囲の森も山さえも
全てを光に包み込んでーーー
閃光が消えた跡には
何も残っていなかった。
後に『破滅の閃光』と呼ばれるこの奇跡は、周囲の山々の一角を“消失"させた事で、今なおその一端を現存させており、その悲劇性と相俟って、伝承がさほど歪まずに人々に語り継がれる一因となっている。
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その一方で、知られてはいるものの、語るを忌避される伝承もあった。
『破滅の閃光』の後日談であり、独立都市テーゼの成り立ちともなるその伝承は、次の通りである。
『破滅の閃光』は全てを包み込み、同時に複数の光球を天に放つ。
光球は天を駆け隣国に至り、王城・有力貴族・軍施設を、一瞬で消滅させる。
結果、中枢を失った隣国は、ウォーケン領を支配することなく滅亡する。
小国乱立のこの時代、幾多の勢力が、彼の地の支配者たらんと名乗りを上げた。
しかし、その全てが、僅かの期間で逃げるように彼の地を去った。
「毎夜悪夢に襲われる」、「水が血のように濁る」、「食料が翌朝には腐る」など、怪談じみた逸話だけを残して。
かくして彼の地は『ウォーケンの嘆きの地』と呼ばれるようになる。
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それから100年ほど経ち、旧ウォーケン領を囲むような形で、今の4つの王家が勃興した。
アミドニア、リヒテンラーデ、シュルツ、カーチス。
4国は、時に牽制し、時に協力し、時に武力で衝突し、そして膠着化した。
いずれも国力は互角。
1対1の戦闘は長期化を免れない。
双方が疲弊した場合、他の2国の介入は必至。
最悪の場合、併呑されかねない。
結果、4国は、直接の戦闘を避けつつ、他国の権益獲得も排除する目的から、次の点で一致する。
”彼の『嘆きの地』を緩衝地帯とするともに、
各国の交易路として保全する”
彼の地を囲むようにそびえていた山々。
その東西の一角が『破滅の閃光』により消失し、今の『嘆きの地』は、西側東側双方を繋ぐ主要な道となっている。
地理的にも、政治的にも、外交的にも、ここが
他国に支配されるのは、絶対に阻止すべき地域。
だが、忌み嫌われ、誰ひとり住まう者はない不毛の地でもある。
交通交易の要衝に、宿も食事処もないのでは、その本来の価値を十全に発揮できない。
であれば、新たに都市を造ろう。
いずれの国にも属さぬ、独立都市を。
完全中立を旨とする、管理者を。
中立を貫くならば、主権を認める。
建立に必要な最低限の金も出す。
この各国共同での独立都市建立宣言に、多くの者たちは眉を顰めた。
「呪われた土地だぞ」
「流刑じゃないか」
「開拓民としてこき使われるだけだ」
しかし、そんな揶揄を意に介さず、毅然と、あるいは嬉々として、手を挙げる人々がいた。
『破滅の閃光』の際に、密かに生き延びた領民の、その子孫たちである。




