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18.じいじとばあば

 領主邸の中庭通路。

 ゼクスがマーサを見つけ、声をかけた。


「おう、マーサ。」

「おや、ゼクス。どうしたんだい?いつもは騎士団庁舎にいる時分じゃないか」

「お嬢に呼ばれてな。それも済んで戻るところだ」

「ふ〜ん、そうかい、お疲れさま」 


 ゼクスとマーサが連れ立って歩く。


 ともに長年ベルベット家を支えてきた古参同士、

 気心も知れた間柄で会話もはずむ。


 昔はあんなにほっそりしていたのに、

 何を食えばこんなに、とか、アンタの方こそ    

 こんなにシワだらけになって、ムダにいつも    

 怒ってるからだよ、やら、いつもの一連の応酬ラリー

 続いた。

 

「あの娘っ子…リンは…どうしておる…?」

 ゼクスがふいに少し声を落とし、表情を堅くする。

 この言葉にマーサも顔を曇らせた。

「…リン『様』、じゃないんだね……」

「…アルベルトに聞いた…」



 わたしはリン『様』じゃない

 わたしはえらくない

 えらくなると、みんないなくなる

 ただのリンがいい



 この言葉に、途方もなく深い悲しみが詰まっているのを、ゼクスとマーサは痛いほど知っている。


 二人はしばらく無言になった。


 心のなかで、母から夜ごと聞かせてもらった寝物語を反芻しながら。


 

  祈らないでね

  崇めないでね 

  尊ばないでね

  跪かないでね


  ただただ…傍にいてやりなさい…




**********************




 暫しの沈黙の後、二人の視線が裏庭に向いた。

 ヨタヨタしながら洗濯物を抱えて歩くリンの姿がある。


 メイド達のもとに無事に届けた。

 きっと褒められたのだろう。

 なんとも誇らしげな顔をしている。

 

「お〜い、リン」


 ゼクスが声をかける。

 リンがハッと二人に気づき、タタタっと駆け寄ってきた。


「こんにちはっ!」

 元気に挨拶するリン。


 その頭を、大きなゴツゴツした手が不器用に撫でる。


「お手伝い、しっかりやっとるか。みんなの役に立っとるか、ん?」

「うん、みんな褒めてくれる。…うれしい」


 ちょっぴり恥じらう仕草も愛らしい。


「よくやってくれてますよ、洗濯もお掃除も。

 ねぇ、リンちゃん」

 メイド達も口を揃えてリンを褒める。


「おお、そうかそうか。ほれ、ご褒美だ」


 ゼクスがリンを軽々と抱き上げ、”高い高い”をする。

 リンは、きゃっきゃと大喜びして、これがまた周囲を和ました。


「ほれ、年寄りが無理するんじゃないよ。また腰痛めて寝込むハメになるよ。さっさと降ろしな」


 マーサがゼクスを急かす。

 明らかに、次は自分がやるんだとウズウズしているのが見て取れた。


「やかましいわ、誰が年寄りじゃ。お前とは10も違いやせんわ。

 こんな軽い娘っ子なんぞ、片手でもいけるわい。お前の何分の1だと思っとる」 


 リンを巡ってぎゃあぎゃあ騒ぐ両巨頭を、メイド達が微笑ましく眺める。


 そのうちのひとりが、クスッと笑ってーー

 ひと言言った。

 言ってしまった。


「なんか、孫の取り合いしてるおじいちゃんとおばあちゃんみたいですね」


 このひと言が……地雷だった。


「「!!!」」

「ひぃ!」


 その言葉に弾かれるように、バッとメイドを睨みつける二人。


 壮絶な殺気。

 形容しがたい形相。

 思わずメイド達が悲鳴を上げる。

 

「…おじいちゃん…だと…」

「…おばあちゃん…?…」


 ジリジリ…と詰め寄ってくる二人。

 撒き散らされる、凄まじい圧。


 テーゼの双璧にとって、実年齢はともかくとして、自分が他人から"年寄り"と思われる事は非常にデリケートな問題だったようだ。


 顔色を失い、ガタガタ震え出す者、

 硬直し、身動きひとつ取れない者、

 達観し、「無」の表情で跪く者、

 それぞれの絶望の形はあれど、

 認識は同じ


 あ、私達…、ここで終わるんだ…



 

 しかし、あるひと言で、皆の時間が止まった。



「…ゼクスが…じいじ…?」



 ドクン!!(ゼクスの心臓)



 リンが、もうひと言ポロっと口にする。



「マーサは…ばあば…?」



 ドクン!!(マーサの心臓)



 リンが二人の袖を掴み、またその言葉を繰り返した。


「ゼクスがじいじで…マーサがばあば…なの?」



 きゅん…(二人の心臓)



 なんということだろう。

 氷点下と感じられた空間の温度が、またたく間に小春日和に変化した…ように感じられた。

 二人の顔が赤らみ、筋肉もみるみるうちにユルユルになっていく。


「…じいじか…、じいじ…、じいじ……。

 うむ、悪くない、悪くないぞ」


「ばあば…か…。ばあば…、ばあば…ねえ……。

 ふふん、結構嬉しいもんだね」


 ふんふん、と自分で「じいじ」「ばあば」の響きを

脳内で吟味し、ご満悦な二人。


「ほれ、リン、も、もう一回言ってみてくれ」

「リン、コッチ見て、ばあばって言ってちょうだい」


 二人のリクエストにキョトンとしながらも、リンが

二人に笑顔を向ける。


「ゼクスがじいじ、マーサがばあば」


 マーサがリンを抱き上げ、頬ずりしながら言う。


「そうだよ、リンのばあばだよ。あんなイカツイ

じいじなんか、いらないけどね」


 ゼクスはゼクスで、マーサからリンを奪い取ろうとしながら喚く。


「なに言っとる!じいじのわしがおれば、ばあばなんか邪魔なだけじゃ。こっちによこさんか!」

 

 二人の奪い合いに挟まれ、ケタケタ笑うリン。


 さながら、祖父母と孫の戯れる光景を前に、

「リンちゃん……ありがと……」

 両巨頭の理不尽な威圧から解放されたメイド達は、

感謝の涙を流していた。

 

 


 

 



 

 



 


 

 


 日常回はこれで一旦終了です。


 次回から「誘拐」編を開始します。

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