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7.バックヤード:種明かし

 翌日の夜。

 マジックカフェバー『クレセントムーン』


 霞ヶ丘塔矢は持ち前の仏頂面をぶら下げながら、カウンター席でアルコールを口にしていた。傍から見ると不機嫌そうではあるが、彼がアルコールを口にするということは機嫌がいい証拠である。

 そのことを分かっている竜胆梨々花は、ウキウキしながら目の前でカードを広げて見せている。


「せーんぱいっ。今日は何を見せましょう? モンテ? モンテにします? 実はちょっと工夫して、最後に全部が当たりカードになるスリーカードモンテを考えたんですけど、どうです??」

「……最初に結果を言ってしまっては面白みが半減するだろう。僕は聞いてしまったのだから、それは他のお客さんにしてあげなさい」


 リラックスしているのか、自分でも口調が柔らかくなっていることを自覚する。塔矢自身ですらそうなのだから、その言葉を向けられた梨々花は「きゃーっ! 今日の先輩すっごい感じいいっ!(*ノェノ)」と大はしゃぎである。


 さて。

 例のイカサマポーカーから一夜明けて、ちょっとした祝勝会であった。

 イカサマカードを見られた梨木田たちは、その場にいる客たち全員が証人という形で、追及を免れることはできなくなった。


 そこで塔矢が要求したのは、相談に来た被害者女子生徒たちが返済した借金分と、塔矢自身の負け金の返還だった。

 それ以外の被害者たちについては、そもそも証拠もないので救済は難しかった。あくまで塔矢の目的は相談に来た女子生徒たちの代理であり、イカサマの現場を押さえた(という体)で要求できるのは、自身に関係する範囲が分相応だと判断したのだった。


「まーでも、イカサマの現場を常連に見られたんですから、あのボンボンたちが同じ場所でポーカーやるのはもう難しいですよね?」

「そうだと思いたいが、こればかりはコミュニティの問題だ。どうなるかはわからん」


 歐陽大学の学生コミュニティの間でのポーカー遊びはそれなりに有名だったらしいが、街中でナンパして連れてきた女子大生というのが相当数はいるというから、梨木田たちがやめない限りはまた同じような被害者は生まれる可能性はある。

 とはいえ、そこまでは知ったこっちゃない、というのが塔矢の本音である。


 塔矢はカクテルをあおりながら、昨日の時点で聞けなかったことを尋ねた。


「マジックの種を探ることほど無粋なことは無いのは承知しているが、さすがに何をどうやったかくらいは教えてもらいたいものだ。僕の目だけでは、全貌が掴めていないからな」

「えー、そんな野暮なこと聞きます? まあ、先輩も今回はステージに立ったようなものなので、教えるのは吝かじゃないですけど……。それで、何を知りたいんです?」

「そうだな。やはり一番知りたいのは、最後の身体検査だ。梨木田の胸元から出てきた両面のエース。あれは何なんだ?」


 よくよく聞いてみると、それは梨木田が使っていたイカサマと瓜二つだったそうだ。どうしてそんな急所を突いたようなトリックを相手に押し付けることができたのだろうか。

 塔矢のその疑問に、梨々花は大したことではないようにあっさりと言う。


「よくあるギミックカードですよ。ダブルフェイスっていうカードで、カードマジックでは定番なんです」


 莉々花は実際に、両面が表のカードを取り出して手渡してきた。


「相手のトリックが私の想像通り、手札に別のカードを重ねるっていうものなら、きっと両面エースを二枚持っているんじゃないかって思っていました」


 スートが違う両面エースを二枚持っていれば、♠・♣・♦・♥の四枚を自由に使えることになる。

 仮にAが場に一枚出ても、別のスートの面を使ってイカサマが可能なので、イカサマを使用できる場面が増えるというわけだ。


 最も、イカサマとしては確かに強力であると同時に、ギミックカードを発見されると一発でイカサマがバレる諸刃の剣でもある。


「仮に同じイカサマでなくても、こんなカードが服から出てきたら、疑いを晴らすのは難しいだろうな」

「ですです」

「しかし、このギミックカードをいつの間にジャケットに忍ばせたんだ? まるで気づかなかったぞ」

「先輩が負けた直後に、私が彼の後ろから覗き込むように近づいたじゃないですか。あの時に、椅子に掛けられていた上着に忍ばせたんです」

「……いつからそれを狙っていたんだ?」

「最初にVIPルームに入った時ですね」


 けろりとして莉々花は言う。


「ほら、店内めちゃくちゃ暑かったじゃないですか。それで上着を無造作に椅子に置いてあったんで、思ったんです。『あ、これはいけるな』って」

「思い付きから実行できるのは本当に奇術だな……」


 ナイトバーの空調が極端であることは事前に伝えた情報の中には無かったはずなので、あれは本当に店に入った後のアドリブだったわけだ。


 梨々花がバーのマスターとずっと話し込んでいた時も、空調を切ってもらうよう自然に誘導するためで、そこから店内が冷えて寒気を感じるようになるまで一時間ほど時間が必要だった。

 室温が下がった頃合いを見計らって、奔放なふりをしながら梨木田に近づいて彼の上着にカードを忍ばせる。あとは彼が自然とそれを羽織るのを待つだけだ。

 以上が、梨々花が仕掛けた罠の全貌だった。


「後は、私は先輩が買ってきたデックを持ち込んでいました。実は一戦目の時、私は自分の手札に梨木田の手札と同じカードを重ね合わせてたんですよ。なので、裏面を読み取っていた相手の目には、私のハンドは♦2と♦6に見えていたはずです」

「――ああ、通りであの反応なわけだ」


 あの時の最終的なボードは♠8・♦10・♠A・♥J・♣8だったはずだから、梨木田の目には、役の成立していないハイカードのくせに、迷わずコールでレイズに乗ってくる意味不明なプレイングに見えていたことだろう。


「その後はトーヤ先輩も知っている通りです。私が隠し持っていた四枚のカードを先輩に手渡して、二戦目の仕掛けをしてもらう。ここが私にとっては一番の難所でしたけど、成功すればリスク以上のリターンが期待できました」

「あれはキモが冷えたぞ。正直二度とやりたくない」


 一戦目の直後、梨々花が塔矢にカードを渡してきたことがあったが、あれは不要カードの処分ではなく、次戦に向けての仕掛けを渡してきていたのだ。


 渡された四枚のカードは♥A・♣Aのカードが二組だった。

 それはそのまま、梨々花と梨木田の最終戦の手札となる。

 トーヤはその四枚を、カットしたデックの上に乗せる必要があった。


 小分けしたデックを複数回カットすることで、入念に混ぜている様子を見せつけて、最後に手の中に隠した四枚のカードをデックの一番上に置く。

 結果だけを見れば、カットしたデックの上に別のカードを置いただけの話である。


 梨々花から言われた『ティルトのないアンビシャスカード』というヒント。

 マジック用語における『ティルト』とは、デックの真ん中にカードを差し込んだふりをして、上から二枚目にカードを差し込むことを言う。


 これを塔矢なりに解釈して、カットし終わった後に、手の中にパームした四枚のカードを上から乗せるという手段を取った。


「マジックはミスディレクション。やったと思った時にやっていなくて、やっていないと思っているときにやっている。あの時の先輩は上手でしたよ。カットが終わった後にカードを追加するなんて、だれも思っていなかったので」

「お褒めにあずかり光栄だ。しかし、失敗するとは思わなかったのか?」

「その場合は別案を用意してたんで大丈夫でした」

「別案?」

「だって、その時点ではまだ、私は《《デックを一つ隠し持っている》》んですよ? それを使えばいくらでもやりようはあります」


 こともなげにそう言いながら、梨々花は右手にデックを持って見せる。

 そのデックは、まさにあのポーカー勝負で使ったトリックデックである。


「そもそも最終戦の時も、私は梨木田を騙すために手札に別のカードを重ねていました。そうしないと、お互いのカードが全く同じってことを、手札公開の前に気づかれちゃいますから」

「……確かにその通りかもしれないが。だとすると、君はそのデックを処分するタイミングが無かったはずだ。君は最後の身体検査をどう切り抜けたんだ?」


 いくら相手が女子だからといって、敵は疑ってかかっているのだ。直接触れないまでも、ポケットやカバンなど、隠し持てそうな場所は入念に調べたはずだ。

 それでも無いと結論づけたということは、身体には隠し持っていなかったということになる。

 それなのに、なぜ身体検査の時は見つからず、そして今、手元にあるのか。


 本気で困惑している塔矢に、梨々花はニンマリと笑ってから、左手に握ったものを見せてくる。


「それでは御覧ください。摩訶不思議なその疑問。ここに種も仕掛けもございます」


 それは、デックの箱だった。

 梨々花は右手に握ったデックを箱の中に入れると、ゆっくりとカウンターテーブルの下に忍ばせる。そして、軽く押さえつけてから手を離した。


 ――箱は、テーブルの裏に貼り付いて落ちない。


「ポーカーテーブルって大きいんですよね。立っていたら、裏なんて中々見えないんです」


 莉々花はすっとぼけたように言った後、はにかみながら「えへへっ!」とこそばゆそうに笑った。

 なんともまあ、大胆なことをする娘だ。


 塔矢の一世一代のイカサマなんて歯牙にもかけない、大胆不敵で恐れ知らずなトリックだ。

 マジックの種なんてものは明かされてしまえばシンプルなものだが、気づかなければ魔法と変わらない。それを思い知らされるような、奇術の種だった。



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