14 修学旅行
『フランカ・レオン?! それって、氷の公女か?』
なんだか興奮した書き込みが、弟から戻ってきた。
『氷の公女? それ、なに?』
そう送ってから思い出した。
フラウ様って、まさか、あの有名な“悪役令嬢”の元ネタになったレオン家の公女様だったの?
帝国に住む人ならだれもが知っている物語だった。
光の乙女と王子の恋物語だ。とある有名作家が新たな脚色をして一時期はやっていた。平民に生まれた麗しい乙女がとある王子と恋に落ちる。そして、様々な苦難を乗り越えて結ばれる。昔からある典型的な恋物語だ。ただ、この作品は実際の事件を基にして脚色されていた。
星の皇妃候補として名前を挙げられていたレオン家の娘が、実は“まだら”であったという衝撃的な事件が起こったのは私がまだ初等学校に通っていた時だった。
うまく体を光らせることができないという貴族としては致命的な欠点を隠していたということで、レオン家はとりつぶしになった。そしてその後援をしていた家がいくつも没落するという上流貴族界を揺るがす大騒動だった。
幼いながらに私は身をすくめるようにしてその事件を耳にしていた。私も自分を光らせる能力がなかったからだ。なんちゃって貴族の私はいつか処刑されるのでは、そんなことを思いつめたこともある。
今、思うと心配する必要はなかった。我が家は田舎の名ばかり貴族で、親族の中には私のような能力のないものも何人かいたからだ。
光術の不得意な出来の悪い娘、それが私に対する評価だった。
『スキャンダラスな女性だったわよね。わがままで、高慢で、目下のものを人とも思わない扱いをした、のだったかしら? でもね、そんな風には見えなかったわよ。ここではとても人気者よ。みんな彼女のことを崇拝しているみたいだったわ』
氷の公女といわれていたから、もっと超然としている女かと思っていた。にこやかにみんなと触れ合っていたあの少女とあまりにも印象が違う。
『悪い人には見えなかったわ』
みんな、彼女に夢中だった。
彼女に殺到するあまりに、玉入れ競争が中止になったくらいだった。光は放っていないけれど、その存在自体に華がある。
『そりゃぁ、辺境の奴らにしてみたら、天から降ってきたように思えるだろうよ。腐っても大貴族なんだし。光ってるだけで、すごいって思うんだろ? え? 光っていなかった? 普通の人みたい? でも、本当にいるんだな。フランカ・レオン』
『いるのよ。私と同じように成長が止まっているのに、彼女、なんていうのかしら。気品があって、美しくて。私、絶対、彼女に勝てないわ』
『……姉さん、田舎の小貴族が大貴族に勝てるわけがないだろう』
『でもね、同じように小さいのよ。それなのに、あんなに人気があって、私は……』
『別にいいじゃないか。まさか、男を取り合うわけでもない、よな』
男……私の脳裏に浮かんだのは日に焼けたたくましい……
ううん。私は頭に浮かんだ映像を打ち消した。どうして私はあんな変態男のことを思い浮かべたのだろう。彼がフラウ様を信奉しているからといって、あんな、小さい子が好きな変態男のことを。
『ねぇ、まさか、姉さん……』
弟がいきなり画像を送ってきた。
『この男と付き合っているとか?』
え? それは私とアークとラーズ会長と三人で写っている画像だった。にこやかに私の肩を抱くアークと鬼のような顔をしているラーズ会長。こんな写真、送った覚えはないけれど。
『な、ないわよ、ないわ。どこでそんな画像を手に入れたのよ』
『姉さんが送ってきたじゃないか。ほかの写真とやらと一緒に』
『そ、そうだったかしら』
いろいろまとめて送った中に紛れていたのだろう。慌てて話を逸らす。
『今は大変なの。忙しいのよ。殿方と付き合っている時間はないわ』
『その割には、宴会とか、祭りとか楽しそうじゃないか』
弟の皮肉は無視するに限る。
『とにかく、もう切るわね。明日はまた実習で大変なのよ』
これは本当だった。これからしばらく、いろいろな行事が詰め込まれている。新しくできる学校への視察も兼ねた実習、そして戦勝記念日とそれに伴う様々な催し物の手伝い、そして来年度に向けての試験。
しかし、試験なんてどうやってやるつもりなのかしら。光板もないのに。
私はそのあと荷物を積めた。ユウ先生ご推薦の服と、そのあとに買い足した動きやすい服と、どちらにすればいいのかしら。悩んだ挙句、両方とも鞄に入れることにする。それから、ラーズ会長に用意してもらった旅用の服。これを着たほうがいいと思う。明日も車に乗っていくといっていた。それも、丸一日かかると。
次の日、集合した生徒たちは大はしゃぎをしていた。彼らの中にはこれが初めての旅行という生徒もいる。
修学旅行という言葉が飛び交っていた。学校教育の締めとして行われる小旅行のことをさすらしい。誰が考えたのかは知らないけれど、面白い言葉だ。
「皆さん。これからお世話になるラーズ商会の皆さんです」
見知った顔が並んでいる。もちろんラーズ会長も。
「あ、変態だ」「幼女好き」「女の子は気を付けないと……」
ひそひそとしたささやきが広がる。
彼の趣味はみんな知っていたのね。私はため息をつく。いい男性だと思っていたのに。あんなに親切で頼りになる男性は今までいなかったのに。
私は男の人を見る目がないみたい。
ため息をついていると、アジル先生に声をかけられた。
「どうかしましたか。エレッタ先生。浮かない様子ですが」
「いえ、ちょっと寝不足で」
用意に時間がかかったのですとか何とか、私は言い訳をする。
「体調には気を付けてくださいよ。すぐに医者が呼べる場所ではないので」
今回生徒たちを引率するのは、アジル先生と私の二人だけだった。私たち二人で子供たちを無事に連れ帰ることができるだろうか。そのことを考えたら、本当に気分が悪くなりそうだ。
「大丈夫ですよ。あそこは冒険者もいますから。医療設備もしっかりしています」
様子を見に来たラーズ会長が口をはさむ。
「エレッタ先生、顔色が悪いようだが、大丈夫ですか?」
「ええ。いろいろと心配することが多くて。子供たちのこととか」
「それなら、ご心配なく。俺達で見張っていますから」ラーズはうなずく。「親や親せきもいますから、彼らも無茶なんかしませんよ」
そうだろうか。こそこそと悪だくみをしている気配が漂っているのだけど。
こちらをちらちら見ながら輪になっているティカたちは絶対何か企んでいる。
私は女の子たちと車に乗り込んだ。
女の子たちはみんな、楽しそうにおしゃべりをしている。話の内容は、恋の話だ。
誰が付き合っているとか、別れたとか。この子たちの年齢にしては大人びた話だ。
私が彼女たちくらいの年頃だった時、こんな話をしていただろうか。
「……で、先生は?」
きらきらする目を向けられて、私は我に返る。
え? 私?
何かを期待する子供たちに私は背中を壁に押し付けた。授業中には見たこともない熱心さだ。
「私は……」
「先生、恋に破れてここに来たんでしょ」
「どんな人だったんですか? かっこいい人?」
「先生の好みの男性はどんな人?」
「やっぱり、内地のきらきらしている男ですか?」
「え、えっと……そ、そうね」
私は言葉に詰まる。話すことになんて、何もない。この子たちは何を期待しているのだろう。
「『辺境の風』にでてくるような、騎士とか」
「それとも、悪役のレオ様ですか」
有名なドラマに出てくる俳優の名前を挙げられて、私は不承不承返事をした。
「そ、そうね。騎士よりもレオのほうが好みかしら」
「それじゃぁ、こげ茶の髪に黒い瞳の男が好みなんですね」
あれは染めているのよ。そういううんちくをぐっと飲みこむ。
「黒い髪、いいよねぇ」
「そう? あたしは主人公のほうが好き。やっぱり、金髪に碧眼でしょ。光り輝く騎士のほうがかっこいい」
女の子たちは俳優談議で盛り上がる。
関心が私からそれて、私は力を抜いた。
私の好みってどんな男の人なのだろう。空想の中なら、金髪碧眼の騎士様一択なのだけれど、現実に恋愛するとなったなら……今まで考えたこともなかった。
婚約者は親同士が決めた相手だったし、好きな小説やドラマの主人公は架空の人物だ。
私は一から考えてみる。
外見は、気にしない。
きらきらしていても、光量が多いとは限らない。魔道具を使えばごまかすことなんて簡単なのだ。
貴族か平民かも気にしない。どちらでもクズはいる。
そう。
恋人にするのなら、頼れる人がいい。誠実で、私が小さいとか等級が低いとか気にしない人。
私の知り合いでそんな人がいたかしら。
思いつく人と言ったら……
ラーズ会長くらい……
私は頭の中から彼の姿を追い出した。
彼は私のことなんかなんとも思っていない。
あの人は、小さい女の子が好きなだけ。私の背が低いから、子供のような体型だから、親切にしてくれただけ。
憂鬱な気分がまたよみがえってくる。
車はいつしか森の中を走っていた。黒の森といわれる魔獣や黒の民が住む魔境、のはずだ。
意外にも道はきれいに整備されてほとんど車が揺れることはなかった。黒の町への道のほうがガタガタしていた。こんなに幅も広くなかったし。時々建築資材を積んだ車とすれ違った。
休憩所といわれて立ち寄った場所はかなりの規模の村だった。まるで、町のようにしっかりとした新しい建物が並んでいる。
「ずいぶん、にぎやかな場所ですね」
黒の森の中にこんなに栄えている場所があるとは思ってもいなかった。
「この前よりもまた村が大きくなっているな。まるで町のようだ」アジル先生が目を細める。
「ここは冒険者の駐屯地になっているからな」様子を見に来たラーズ会長が淡々と説明した。「遺物の取引はもうかると、多くの人がここにやってきている。だからどんどん新しい建物が増えているんだ。それはそうと、エレッタ先生、体調はどうですか? 具合が悪いと聞いていたのだが」
そんな風に聞かれると、私は何と答えていいのかわからなくなる。
「ええ。大丈夫ですわ。その、道もきれいで、ほとんど揺れることもなくて」
「それはよかった」
本当にほっとしたようにラーズ会長は息をついた。
まるで私のことをとても大切に思っているみたいに。少しだけ私の心臓が跳ねる。
「少し休憩をしてから、新しい学校に行きます。いかがですか。そこで少しお茶でも……」
「ありがとうございます。でも、子供たちが……」
私は車のほうを振り返って、ぎょっとした。あれほど騒いでいた女の子たちが口をつぐんで、私のほうを見ている。驚くほどの熱が伝わってきて、私は身を引いた。
「あ、こ、子供たちがいるので、ここで待ちます」
私はラーズ会長のほうに向きなおってそう告げた。背後で女の子たちが残念そうな声を上げる。
「そうですか。なら、飲み物を運ばせましょう」
ラーズ会長はさらりとそういってその場を離れた。
「先生、行かないの?」「行ってもよかったのに」「行くべきだったよ、ねぇ」
会長の姿が見えなくなると、再び女の子たちが騒ぎ始めた。
「そうですよ。子供たちは私が見ておきましたのに」
アジル先生まで同調する。
「でも、女の子たちですから……」
なんでみんな私を車から降ろしたいのだろう。ひょっとして、なにか秘密の相談をしたいのだろうか。男の子と違って危険な悪だくみはしないとは思うのだが、どうも気になる気配がする。
下働きの男性が道中の飲み物を車に持ってきてからすぐに、町を後にした。
「あら、冷たい」
変わった容器に入った飲み物はとてもよく冷えていた。見たこともない軽い金属でできた水筒で、魔道具も光術も使っているようにはみえない。
「これ、遺跡で発掘されたものですな」アジル先生は興味深そうに容器を弄り回した。
「光術で作ったわけでは、ないのですね」
どこにも光術の痕跡がないなんて、珍しい。
「魔道具といえば、魔道具なのでしょうが、魔力の痕跡がないとは……」
そんな私たちを運転手が笑った。
「そんなもの、この先の遺跡では山のように発掘されてるぜ。魔道具としての価値はないから、こうやって壊れていないものは俺たちが使っている」
こんな便利なもの、内地でも売ればいいのに。私は手に入れられるものなら、お土産として実家に送ろうと思った。




