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小さくって何が悪い  作者: オカメ香奈


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13 避難訓練

 そんなこんなで私は小さな子供たちと一緒に席についている。いつも私が担当している子供たちよりも小さい子供たちだ。

 下の学年を受け持つ先生たちが子供たちに紐を配っている。きれいな色とりどりの紐だ。手芸でもするのだろうか。私は柔らかい紐をつまんでみた。


「はい、それでは護符の作り方を教えますよぉ」

 騒がしい生徒に負けないほどの声量だった。


「作り方を知っている人!」

 元気よく手が上がる。周りの子供たちのほとんどが競うようにしてはねている。


「知らない人もいるみたいだから、先生が見本を見せますね。できる人は、コンテストに参加しましょう。コンテストのこと、知っていますか?」


 またまた、たくさんの手が上がる。


「まず、ひとつ、この部屋で作ってみましょう。それが終わったら、コンテストの会場に移ってくださいね」


「護符って何ですか?」

 私は手伝いをしているユイ先生に小声で聞いてみた。


「護符は、護符ね。魔人寄ってこない、おまじない」


「そんなものあるんですか?」

 私は驚く。そんなもの聞いたことがない。もし、あるとしたらそれは大発見なのではないか。


「少しは効果がある、かもしれないね。ただのおまじないね」


「……そんなもの、大真面目で子供に教えるんですか?」

 ユイ先生は肩をすくめた。


「気休めは必要ね。発症していない場合は効くらしいね。詳しいことは知らないけど」


「気休めって。あの……」


 護符の作り方の説明が始まっていた。


 太めの紐を組んで、結んで、一つの形を作り上げていく。色を組み合わせて、形を整えて……これは手芸というものではないだろうか。単純に見えて意外にむつかしい作業に私は戸惑う。これが避難訓練?

 そう考えている間に生徒たちは次々と護符を作り上げ、先生が難しいと説明しているもう少し複雑な形の護符にも取り組んでいた。


 どうやら、複雑な形の護符のほうがコンテストの点が高くなるらしい。


「あら、エレッタ先生、なかなかうまいですねぇ」

 生徒たちを誘導しているアジル先生が私の手元をのぞき込んだ。

 いやいや、こんなものを作って何になるのだろう。お土産物にするつもりなのだろうか。


「実はこれ、辺境土産としても売り出そうとしているみたいです」

 私の感想を聞いたアジル先生がいう。


「こんなもの、売れるんですか?」


「お土産としては適当だと思いますよ」

 そういえば、屋台でも似たような飾りを売っていたような気がする。


「もうすぐ行われる戦勝記念日でもみんなこれを作って飾りますよ。勝利の象徴みたいなもの、らしいです」

 へえ。なるほど。だから、みんな、作り方を知っていたわけだ。


 私は一つ作り上げて、二つ目にとりかかった。


 隣の子供が作っているのをちらりと見ると、ぐちゃぐちゃだった。私の作ったものも形がいいとはいえないけれど、そこまでひどくはない。

 ついつい口出ししそうになるのは、教師としての経験からだろうか。


 二つ目は一つ目よりもきれいにできた。見本通りとはいかないけれど、これなら少しは価値があるのではないだろうか。


 両親にお土産として送ろうかしら。新しい紐を手に取りながら、私は考える。母親はこういう手芸品が大好きだ。きっと珍しい飾りを喜ぶに違いない。


 気が付くと、たくさんの飾りを作っていた。こういう作業に熱中するのは久しぶりだ。

 これなら家族全員に飾りを送ることができる、と思う。


「はーい、皆さん、お待たせしました。そろそろ避難訓練を始めます」

 先生が再び前に立って、呼びかけた。


 子供たちがざわざわと騒ぎ始める。


「皆さん、やり方はわかっていますね」


 はーい。子供たちが口々に返事をする中で、知らないなんて言い出せない。


「外を見てください。今年の患者役はラーズ商会の皆さまです」


 子供たちが窓に走り寄る。私も後ろから覗いてみた。ラーズ会長以下、見知った顔が周りから覗く子供たちに手を振っている。


「患者を見つけたら?」

「通報する」

「結界が作動したら?」

「患者を探して、場所を大人に伝える」

「魔人を見かけたら?」

「護符をまいて逃げる」


 いったいどういう訓練なの? 患者とか、魔人役とか。


 何をしていいのかさっぱりわからない私と違って、子供たちはやる気満々。護符もどきをかき集めて部屋から出ていった。


 私も自分の作った作品を手に取って、彼らのあとについていく。


「ねぇ、みんなどこに行くの?」

 点でばらばらの方向に散らばっていく生徒たち。わたしはどこに行けばいいのだろう。


「うん? 適当。魔人が出そうなところに行くんだよ」

 尋ねた子供は不思議そうな顔をした。


「それで、どうするの?」


「患者役の人が追いかけてくるから、護符を巻きながら逃げて、大人に知らせるの。お姉ちゃん、そんなことも知らないの?」


「……知らなかったわ」

 認めよう。私は、この町では新参者だ。


「そうしたら、大人が結界を作動させるから、そのすきに患者を捕まえるの」

「大人に知らせるんだろ」

「えー、でも捕まえたほうが楽しいよぉ」

「通報したら、赤帽子が1点、黄色帽子が2点。魔人の兜は10点だよ」

 何人かの子供たちが教えてくれる。


「魔人兜は簡易結界じゃダメなんだよ。大きい結界に追い込んで、捕まえるんだ」

 どうやら、鬼ごっこみたいなものをするらしい。


「あ、きたあ」「逃げろぉ」

 話の途中で、急に子供たちが散り散りに駆けていく。


 やってきたのは、顔に絵の具を塗りたくったなじみのラーズ商会の従業員だった。


「あれ、エレッタ先生。ここで何を?」

 赤い帽子をかぶった男が逃げない私を見て目をぱちくりさせた。


「私も避難訓練に参加してみないかといわれましたの」


「それなら、逃げてくださいよ。患者が来たら、みんな逃げるのがお約束なんです」


「患者って? 魔人じゃないのですか?」

 ああと男はバツの悪い顔をした。


「先生はここにきて間もないから知らないんだ。魔人は、患者、魔人、大魔人と進化するんです」

 彼は目に入りそうな絵の具を服で拭いながら説明した。

「俺は、患者役、赤帽です。見かけたら、所定の位置にいる大人に通報する。そういう訓練なんですよ」


 男は懐からごそごそと地図を出してきた。


「見てください。ここと、ここ。この近くだと、ここですかね。あ」

 男は顔を上げた。鐘の音が響き渡る、と同時に体がふらりと揺れる感じがした。

「……わかりましたか? 結界が作動しました。これで、私は動けなくなります」


 男は赤い帽子をとって汗をぬぐった。


「通報したよ、通報」「紙をちょうだい」

 先ほどの子供たちが神官を連れて戻ってきた。


「ちょっと待ってね。はい、はい」

 神官は、患者役を確認してから子供たちに赤い紙をくばる。ついでに私にも。

 歓声を上げてどこかへ走っていった子供たちのあとに大人三人が残される。


「あら、あなた、まだ渡していなかった……ごめんなさい、エレッタ先生でしたわね」

 また、これだ。紛らわしくて、ごめんなさいね。私はいささか不機嫌になる。


「この紙はいったい何ですか?」


「これはですねぇ。たくさん集めると賞品がもらえるのです」慌てたように患者役の男が説明した。


「それで子供たちが必死で集めていたわけね」


「そうです。どうです? 先生、もう一枚……」


「「ダメですよ」」神官と私が同時にそれをとがめる。


「そ、そうですか」


「とにかく、患者さんはここにいてください。次のチームが来るまでここに待機」

 神官は私を連れ出す。


「これからどうするのですか?」

「彼ですか? 今から患者として運び出しますよ。ほら……」

 ああ。何人かの神官が担架を持ってきた。先ほどの男はおとなしく担架に乗せられて、どこかへ運び出される。


「なるほど、患者なんですね」

 本当に病人の扱いなのだ。でも、魔人が病人って?


「呪われたから、患者になるんです」神官が私の困惑した表情を読んだのか、説明してくれた。「魔人になる呪いですよ」


「あれ、本当だったのですか? でも、ラーズさんたちは、それは迷信だと……」


「ここの人たちは、あれは呪いではなくて、病気だといっています。魔力拒絶症とか、魔人病と呼んでいますけどね」


「病気?」

 私は危うく閉じたままの扉に激突するところだった。いつもは入り口に足を踏み入れれば開く扉が今日は動かない。

「あ、だから、結界が張られているので……」

 神官が扉を人力でこじ開けた。


「あ、暗い」

 私は思わずつぶやいてしまった。明かりが一つもともっていない廊下は暗く、開け放たれた扉から入る明かりだけでは足りていなかった。


「光がないと、こんなものですね」


 神官はなれているのだろうか、さっさと暗い廊下を歩いていく。

 私は置いて行かれるのが嫌だったので、ついていった。先に光のさす出口が見えていなかったら、それすらもできなかったかもしれない。


 光の扉の向こうは、騒乱が広がっていた。

 私が抜けたのは壁の上に作られた通路で、そこから下の道や広場が見えた。


 道では顔に染料を塗りたくった人たちが暴れている。そして、嬉しそうに悲鳴を上げながら、子供や若者が逃げ回っていた。


「あれは何ですか?」

「あれは魔人です」

「はぁ」


 どう見ても、大人の鬼ごっこにしか見えない。

 私と同じように高いところや窓からその様子を見物している人も多い。


「おい、真面目に追い込めよ」

 広場の奥で椅子に座って、腕組みをして指示を出しているのはラーズだった。ちょうど私のいる場所の斜め下あたりで、とても不機嫌そうに眉をひそめていた。


「何やってるんだ。そこ」

 魔人役の男がかわいい女の子を捕まえようとしているのを見て、怒鳴りつけている。


「いいじゃないですか。会長。この娘もまんざらじゃないし」

 振り返った娘の笑顔が見えた。


「よかねぇ。ここは、出会いの場じゃないんだぞ。これは訓練。まじめな訓練なんだ」

「またまた、お堅いことを」

「そうですよ。会長。ちょっとくらい……会長だって好みの子、いるでしょう?」

「ほら、ちっちゃくてかわいい子がたくさん」

 笑いが起こる。


「だから、もっと真剣にやれ。本物の魔人はなぁ」

「だから、真剣ですって。ほら、会長、あの子なんてかわいい……」


 いきなり、私のほうをさされて、みんなの顔がこちらを向いた。

 ラーズ会長と目が合う。


「あ、エレッタ先生……」会長は固まった。


 変態……小さい子供の好きな……ただの変態……私は頭の中で繰り返す。


 それでも。

 私は小さく手を振った。


 ラーズはしばらく反応をしなかったけれど、周りの人からつつかれて我に返ったように軽く片手をあげた。

 周りの人たちが慌てている。ここでは聞こえない音量で何かをせわしくささやいているようだ。


 その時笛が鳴った。これだけざわついている広場の中でよくとおる音だった。

 会長の視線が外れた。


「エレッタ先生、ここにいましたか」

 ユウ先生が私の隣に割り込んできた。どうやらここは一番の観戦場所だったようだ。いつの間にか周りは人でいっぱいになっている。


「ユウ先生、これから何があるのですか?」

 魔人役の人たちが集まってくる。


「魔人が大魔人になるのです」ユウ先生は大まじめで説明する。「なので、神殿騎士たちが来て、退治します」


「はぁ」

「町の人、みんな逃げました。だから……」

 うん? よくわからない。


「それじゃぁ、打ち合わせ通りに行くぞ」


 広場の反対側から現れたのは、神殿騎士の一団だった。手に手に武器を持って……なかった。

 魔人役の男たちが、それまでふざけていた態度を一転させて騎士と向かい合う。いつの間にか先ほどまで下の広場にいた人たちが周りに詰め掛けていた。


「何をするんです?」

 私はそばに来た人に尋ねた。


「これから玉割をするんだよ」

 男は下をさした。

「あの棒の先についた球をそれぞれ取り合って戦うんだ」

 下で男たちが一本の棒の周りに円陣を組んで、守るような配置についている。それは騎士団側も同じだ。


「互いに防御と攻撃に分かれて、あの球を取り合う」


「大丈夫なのかしら」

 私は心配になる。どう考えても、ラーズ商会の人たちと神殿騎士では戦力が釣り合わない。神殿騎士たちは一騎当千といわれる人たちだ。一人で一軍団相手に戦ったという伝説もある。いくら退役軍人といえ、騎士と戦うのは無謀なのでは。


「ラーズさん、心配ですか?」

 ユイ先生が不思議な笑いを浮かべた。


「いえ。いえ、ええ。心配だわ。だって相手は騎士様なのでしょう?騎士と一般人では勝負にはならない」わ……

 私の言葉は途切れた。


 目の前で、男たちが殴り合いをしていた。対等に……

 あら? 神殿騎士って恐ろしく強いと聞いていたのに。


 ラーズ商会の男たちが作る壁に阻まれて、もがいている騎士の姿に思わず口が開いてしまう。

 あらあらあら……


「がんばれ」「そこだ」「一発」

 周りがどちらを応援しているのか不明なヤジを送っている。


 本当に心配することなどなかった。しばらくして、私は思い出した。この場所で今、光術が使えないということを。


 なるほど。確かに肉体の力だけで勝負すれば、神殿騎士も辺境の民も差はないのだ。むしろ、光術に慣れている騎士たちのほうが不利なのかもしれない。


 ラーズ商会の攻め手が騎士たちの守る棒に襲い掛かっている。そして、こちらの棒にも騎士たちはとりつき、その場で殴ったり蹴ったり。


 何がどうなっているのか。興奮した観客も飛び入りで参加しているようで、競技にすらなっていないような……


「先生。見て」

 ユイ先生が私の服をつかんだ。

「フラウ様。ほら、見て」


「フラウ? え?」


 それって、ラーズ会長が崇拝しているとかいう女性の名前だったような。


 私のいるちょうど反対側の建物の上に少女が立っていた。周りを外見だけで強いとわかる護衛が固めていたので、かなり目立つ。この距離ではわかりにくいのだが、灰色の髪なのだろうか。銀髪というにはくすんだ色の髪のようだ。


「フラウ様。辺境の導き手。杖の守護者よ。かわいいのです」

 ユウ先生の声が上ずっている。お気に入りの歌手の話をするみたいに甲高い声だった。


 私は目を凝らして、その守護者とやらを観察する。じっくりと見なくてもわかる。フラウ様は美少女に違いない。遠めに見てもその小さな動き一つ一つが洗練されている。漂う雰囲気が全然違う。周りの反応から見ても、彼女に気づいた一部の反応からしても、美少女以外にあり得ない。


「ああ。生でフラウ様を見られるなんて……最近はめったに姿を見ることができないのです……」

 競技者たちも一斉に振り返って、彼女に手を振っている。中でも熱心に手を振っているのはラーズ会長だ。


 小さくて、かわいいのが、大好きな……変態……。


 何だろう。腹立たしさを通り越して、悲しくなってきた。

 どう考えても、フラウ様のほうが私よりもかわいい。あんな人を引き付けて熱狂させる才能は私にはない。


 同じように、小さいなりをしているというのに……

 私は、彼女に勝てない。

 

「エレッタ先生、どうしましたか?」

「あ、目にゴミが入ったみたい……」

 私はこっそりと涙をぬぐった。




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