12苦手分野
『ザーレ、私、かわいいかしら』
かろうじて光板がつながる窓際で私は弟と通信をしていた。
『かわいい? ……どうしたの? 姉さん。その言葉は大嫌いだったんじゃあ……』
弟から戸惑ったような返事が戻ってくる。
弟がそういうのも無理はない。私はかわいいという言葉が大嫌いだった。家族はそれを知っていたから、私にかわいいという言葉をかけることはなかった。
『かわいいのが好きな男性が好きな男性がいて、その人が私のことをかわいいといわなかったら、私はかわいくないということなのかと……』
そこまで文章にして私はそれを消した。
『客観的に見てどうかということよ。同年代ではなくて、同じような肉体年齢の子供と比較して私はかわいいのか、かわいくないのか』
我ながら、回りくどい聞き方だ。
『姉さんは、かわいい部類だと思うよ。並みよりは上だと思う。だれかになにかいわれたの?』
『そうじゃないけど。気になったの』私は言葉をごまかす。『こちらでは、内地よりもあまりそういうことを気にする人が少ないの。だから……』
『そこで?』疑っている感じがする。
『そりゃ、辺境だからじゃないか? もっと危ない奴がたくさんいるんだろ。一つ忠告しておくけど、姉さんをかわいいという人は信頼したらダメだよ。中身は大人だけど、外観が幼い女をかわいいというなんて、変態しかいないから』
変態……やはり、そうかしら。ラーズさんは変態なのかしら。
子供たちにラーズ会長は変態だといわれた時はショックだった。
彼はいい人だと信じていたのに。私が幼い外見をしているからあれこれしてくれたのかしら。彼はわたしを外見で判断していない。私をちゃんとした女性として扱ってくれていると思っていたのに。
しょせん、ラーズ会長も男。私を婚約破棄したあいつと同じよ。
悪魔のようなささやきが頭の中に沸いてきた。
ただ、胸が大きいのが好きか、小さいのが好きか。その違いでしかない。
私は怒ってもいいと思う。でも、今の私が感じているのは悲しみだ。
裏切られた? 確かにそう。でも、前のクズ男に感じたのとは全然違う感覚だ。
本当に、ラーズ会長は変態なのかしら。
だから、私は弟に念押しをする。
『本当にそう思う?』
『もちろん』
間を置かずに答えが戻ってきた。私の中のもやもやはますますひどくなる。
『ところで、姉さん。映像を送ってくれるといっていたよね。辺境の。母上が見たがっているんだ。本当に姉さんが無事でいるのかどうかを』
弟が話題を変えてくれて助かった。私はホッとしてその話題に乗る。
『それがね。映像がないのよ。ここでは光量が多い人でないと、光板も使えないのよ。私の等級ではとても使えないの』
『姉さんは、そっち方面は苦手だからね』
帝都の学校に行けるほどの光量がある弟は私の劣等感をえぐるような返事を書いてきた。
気にしない、気にしない。
『あ、でも、できるかもしれない。写真を撮ったの』
『しゃしん?』
『そう、紙に映像を焼き付けたものなの。こっちの人たちは光板を使えない人が多くて、だから』
しかし、紙をどうやって映像にあげよう? 私は四苦八苦してなんとか写真の画像を送る。
『これ? なんだ?』
『ごめんね、ちゃんときれいに映っているかしら』
『姉さん、これ、誰?』
弟が返した来たのはラーズ会長とアークと一緒に写った写真だった。
『これ、お世話になった人よ。新しい家の世話をしてくれたの』
私は家の内装がわかる写真も送った。
『ね、きれいでしょ』
『ひどいところだ。みんな、野蛮人ばかりじゃないか』
そうだったかしら。私は送った写真を見直した。確かに映っている人のほとんどは黒い民だ。
『そうでもないわよ。この人とか、内地出身の人よ』
もう一度別の写真を送る。
『母上には、見せないほうがいいかもしれない』弟は不機嫌なメッセージを送ってくる。『自分の娘がこんなところにいると知ったら、悲しむぞ』
『だから、そんなにひどいところじゃないって』
『光板もろくにつながらない場所の、どこがまともなところだよ』
弟は捨て台詞を残して、もう切るといって通信を切ってしまった。
そんな弟の態度に私は腹を立てた。わたしだった最初のころはろくに光術の使えない辺境の地に驚いた。紙を使って記録するなんて、何百年前に戻ったような気がした。
でも、慣れれば楽だ。私は光量が少なくて苦労してきた。だからかえって光術を使わなくても生活できる環境に開放感すら感じている。
ここにいれば、私はみんなと同じだ。貴族なのに、光術が使えないという引け目を感じることもない。
きっと光量の多いザーレはそんなことを感じたこともないのだろう。貴族にふさわしいだけの光量と等級をもって生まれたのだから。
次の日、私は眠い目をこすりながら学校に行った。いろいろな感情が湧いてきて、なかなか寝付けなかったのだ。
「昨夜はどうでした? 楽しい集まりだったみたいね」
珍しくユウ先生が朝から出勤していた。
「ほう、引っ越しのお祝いをしたのか。ほう」
アジル先生が訳知り顔でうなずく。
「奴らの習慣をわざわざまねなくても」
クリフ先生はあきれているようだ。
「ええ。なかなか面白い集まりでした。あんなに盛り上がるとは思っていませんでしたわ」
私は当たり障りなく答える。楽しかったのは本当だ。問題が起きたのはそのあとだから。
何事もなく、朝の集まりは終わると思っていた。でも。
「たいまじん訓練?」
聞きなれない言葉に私は首をかしげる。
「ええ。魔人からの避難訓練です」
校長先生は当たり前のようにいう。
「え? そんなもの、行っているのですか?」
対魔人の訓練……これまた嫌な記憶がよみがえってきた。
めったにないこととはいえ、内地にも魔人は現れることがある。そして、その時に備えてみんな光術を磨いている。魔人からの避難訓練は光術のお披露目の場であり、光術を得意とする人にとっては自分の力を試すことができるいい機会だった。
そう、光術が得意な人にとっては。
私には避難訓練は憂鬱だった。普段は貴族としてふるまっていたけれど、こういう時はいつも平民たちと一緒だった。誰も何も言わないけれど、同情と蔑みと。刺さるような視線にいつも小さくなっていた。
誰も光術を使うことがない辺境でまさかまたあんな思いをすることになるのだろうか。
「そうなんですよ。ただねぇ。ここでは、ちょっと内地とは違った訓練をします」
私の心の内を知らずに、校長先生が申し訳なさそうに頭をかいた。
「なにしろ、ここは光術が使いにくい。それに等級が低すぎて、訓練の道具も使うことができない。それで、本当に逃げるための避難訓練をします」
「ここの連中には無駄なんですけどね。なにしろ、避難用の武器すら発動できないのですから」
クリフ先生が鼻で笑う。
悪かったわね。発動できなくて。表には出さないけれど、私は自分がバカにされたように感じた。
「逃げるだけなんて、大丈夫なのですか? 魔人は、強いと聞いています。真の意味で戦えるのは、星の光士や神殿騎士の方々ですよね」
「だから、そのための訓練なのですよ」
「それに、そう、魔人は全部退治されたはずでは」
そう、きいている。星の皇子とその軍勢が辺境の地を荒らす魔人を一掃したと。だから、この地は安全になって、こんなに活気がある。のではなかったの?
「この地は呪われていますからな」クリフ先生は意地悪く笑う。「呪われた土地と呪われた民、呪われた民は魔人と化すのですよ」
「それは、おとぎ話でしょう?」
「それはどうだか」
いやな言い方だった。こんな会話はさっさと変えるに限る。
「それで、訓練というのは? 武器を使わずに逃げるだけなんて、可能なんですか?」
「ええ。魔人が現れたという前提のもとに、訓練区画ですべての魔力が切断されます。すべての機械が止まり、何もできなくなる」
私は頭の中で状態を再現してみた。
「……いつもの通りですよね」
ここでは光板を授業で使っていない。すべてが紙を使ってやり取りされていて、魔道具も普通の授業では使わない。
「……光術が使えないということは、扉も開かなくなる。空調も切れる。それでも、いつも通りかね」
アジル先生は様々な不具合を数え上げた。
「そこまで、使えなくなるのですか?」
「ああ。ほとんどの魔道具が使えなくなる。そういう、魔道具を使います」
反魔道具とでもいうものでしょうか? そうアジル先生は付け足す。
「大丈夫ですよ。新しい建物はすべて光術を使わなくても使えるようにここは設計してあるはずです。前にも何回か訓練をして、うまくいっています。みんな楽しみにしているくらいですよ」
避難訓練を? 楽しみにしている?
いったいどんなことをやるのだろう。
私の不安な気持ちが外に出てしまったのだろうか、慌てたように校長先生が付け足した。
「エレッタ先生は初めてですよね。今日は生徒たちと一緒に参加してみては、どうでしょう」




