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暇な余生を空想世界に濫費する老人、つまらなかったという感じにあくびをしながら出てゆく髭面の中年、まるで映画の世界の中に魂を置き忘れてきたような無気力な若者……私にはどれも生理的に受け付けられない顔が、時化の早朝の漁師たちのように、いそいそと引き揚げていく長いエンドロールの間、私は自分が夢の中から追い出されて、現実を受け入れなければならない……しかしそんなことは起きるはずがないと分かっていながら、まさに映画のように何か思いもよらないことが突然起きて、こんなどうしようもない自分をただならぬ興奮や混乱や非日常の坩堝へ投げ込んでくれやしないかと願うのは、私の持ち前の自己嫌悪と卑屈さゆえだろうか?
背もたれに未練がましく吸い付く重い腰を上げた。
私は常に劇場から私以外に誰も居なくなるまで待ってから退出する。残り物には福があるなどという何の根拠もない迷信に自らの運命を任せる辛抱者のそれのように、私は自分が居る空間からそれを共有する他人が先に居なくなることによって何らかの安心・精神的幸福を見出すのだった。