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横顔に冷水を浴びせられたかのように、私は思わずぎょっとした。
スマホを懐中電灯代わりにして、自分の座席を不当に占拠する私を照らしながら、うなされ声のように小さく落ち着きのない中高音が、私に囁く。微かな糾問の気配、見知らぬ者への猜疑がその裡で渦巻いているのが分かる。
「……ああ、そうでしたか? すみません」
私は俯き加減に何食わぬ顔で席を譲り……その隣に座るのも気が進まないので、この顔もよく見えない女性との間に一つ席を空けて、半券の番号とはまた別の座席に着いた。
こうなるともはや座席番号に真に役目などなく、それでももし何か意味が有るとすればそれは、私をある一種の羞恥心、罪悪感、恐怖感の混合生成物質として保管した、化学薬品棚の整頓番号のようなものだった。
「あの……ありがとうございます」