四日目
「早くここから出たい……ですか」
やっとアンナと二人っきりになれた今日、考えていたことを伝えた。獣人と人間のハーフのアンナにはフェリシティが言っていることが分かる。
「どうしてですか? ここはこんなにも厚待遇ですよ?」
アンナからしたら心底分からなかった。モンロン男爵家よりも給料が高く、うさぎのフェリシティを世話するだけだ。と言っても、ウィリアムが甲斐甲斐しく世話をし、アンナは手伝うだけだが。
(確かにここはすっごく居心地が良い……。だけど!)
「バレたくないから、と」
フェリシティは何度も頷いた。
そう、バレたくないのだ。特にあのノアとかいう男に。バレたら最後、奴隷、いや、殺されるかもしれない。
ぶるりと寒気がした。
「今日まで四日間、バレているようでしたか? 全くそうは思いません」
アンナは高給で楽しいこの仕事を辞めたくない。だからフェリシティの気持ちを変えようとしているのだろう。
「あ、誰かが来るようなのでこの話は終わりましょう」
釈然としないまま、この話は中断された。
パタパタと足音が聞こえると、扉が開かれた。入ってきたのは部屋の主でもあるウィリアムだ。
フェリシティはウィリアムのペットなので基本はウィリアムの部屋で過ごさせてもらっている。
「フェリシティ、今日は何をしようか」
ウィリアムは毎日、何もすることがないフェリシティと遊んでくれる。仕事があるはずだが、この四日間、休んだことはない。
時間をもて余しているフェリシティは出ていくことを考えるのを中断し、ウィリアムと楽しく遊ぶのだった。
(アンナは味方してくれない……。私一人じゃ地図も手に入れられないのに)
遊び疲れ、ウィリアムのベッドの上で少し遅い昼寝をしようと思いながら、この屋敷を出ていくということも考えていた。
確かにフェリシティ一人では何もできない。ただのうさぎで地図がほしいという言葉も伝わらないのだ。
(一人でがんばるしかないのね……)
とりあえずフェリシティはウィリアムが用意してくれたフェリシティのための物を見てみることにした。もしかしたらそこに地図があるかもしれない。僅かな可能性に懸けてみた。
やはりと言うべきか、そこに地図は置いていなかった。あるのは着けるのを躊躇う豪華なアクセサリー、そして今度旅行に行くために用意してくれた小さなリュックサックだ。
(まだ何を持っていくかは分かんないけど、もし持ってくならこれに入れていこう)
地図がなかったことに落胆したものの、フェリシティはウィリアムの部屋にモンロン男爵邸に帰るのに役立つものがあるかもしれないと思い始めた。
まだ時間はたっぷりある。フェリシティが昼寝をするためにアンナは部屋を出ている。ウィリアムはこの時間、書斎で仕事をしているはずだ。これは神様がフェリシティがモンロン男爵邸に帰るように仕向けていると思えて仕方なかった。
がさごそと部屋中を探した。ばれないようにあまり音を立てないで。
(あ! これ)
やはり神が味方しているのか、王都の地図が書かれている紙を見つけた。地図には今いる場所、王宮、各貴族が住んでいる場所、城下町やいろいろな道が書かれている。
(現在地がここね。きゃめろんはくしゃく……)
フェリシティはん? と思い、もう一度その名前を頭の中で言ってみる。
(きゃめろん伯爵……。キャメロン伯爵!?)
キャメロン伯爵は昨年、若い男性が新しく継承したようでモンロン男爵家でも話題になったのを覚えている。そのキャメロン伯爵と言えば、この王国の三大公爵の一人の孫だと聞く。
もし本当にウィリアムがそのキャメロン伯爵なら、ばれたら終わりかもしれない。フェリシティはもちろんのことだが、大好きな家族、使用人にも被害が出るだろう。三大公爵の一人なら、ちっぽけなフェリシティを潰すことくらい簡単なことだ。
(は、早く出ていかなきゃ……。本当にばれる前に。……今夜にでも)
“三大公爵の孫”という肩書きはフェリシティを恐れさせた。ノアばかりにバレたらダメだと思っていたが、本当にバレたらダメなのはウィリアムなのかもしれない。
その夜、フェリシティは何事もなかったように、これから何もないという風にいつも通りウィリアムの隣で寝た。すうすうと寝息が聞こえ、そこからまた五分数えた。
もう起きないだろうと思うと、そっとベッドから抜け出した。そして昼寝の前に用意した地図を入れた鞄を背負い、窓からこっそりと外に出た。
ウィリアムの部屋は一階にあったので、すんなりと外に出ることができた。
(早く出発しなきゃ!)
フェリシティはせっせっと走り始めた。
このときのフェリシティは考えもしなかった。もしこれが失敗すれば、獣人だとバレるかもしれないということに。また、失踪したフェリシティを獣人だと思ったウィリアムがモンロン男爵を疑う可能性もあるということに。
今、フェリシティは神が自分に味方してくれると思い、成功を確信していたのだった。




