三十六日目
「いい子で待っているんだよ」
今日、ウィリアムは視察に向かう。急遽決まった視察で、あれやこれやと準備をしている間に日付が変わってしまった。そのため、フェリシティはウィリアムと一緒に過ごすことができなかった。
(一週間くらい大丈夫。なんとかなるもん!)
たった一週間待てばいいのだ。今世の別れではないのだから。
どうやら時間が押しているらしく、すぐにウィリアムは出発してしまった。離れていく馬車がフェリシティの心を重くする。
(一週間くらい、大丈夫……)
フェリシティは自分に言い聞かせるように何度もそう心の中で呟いた。
「フェリシティ様、すごく落ち込んでますね」
アイラがフェリシティを見ながら言った。
「仕方ありません。ウィリアム様がいらっしゃりませんから」
それに対しアンナが答える。
使用人にすらフェリシティの気持ちは筒抜けだ。彼らにとってはご主人のことがすごく好きな動物だなというくらいにしか思っていないだろう。フェリシティが獣人だと知らないのだから。
だからアイラが微笑ましいものを見るようにフェリシティを見ている。
『大丈夫だって思ったけど……ウィリアム様がいないのは悲しい……』
一方でフェリシティの心の中はしくしくと泣いている。これほどウィリアムのことが好きだとは思いもしなかった。こんなに好きなのに好きではないと言っていた自分かある意味すごいとすら感じる。
『“好き”っていう気持ちは蕩けるような甘さだけだと思ってたのに……』
しかし、実際は心臓が鷲掴みされたような痛さや胸が引き裂かれたような痛みがある。また、好きな人が自分ではない女性と仲良くしているのを見て、喉が締め付けられたように息苦しくなる。
そして、この恋が叶わないことが分かっていれば苦しさは増すばかりだ。
ウィリアムは社交界で女性たちが話しかけられたくてうずうずするような顔立ちをしている一方で鍛え上げられた体躯がある。優しく聡明なウィリアムは次期公爵、それも三大公爵の一人になるのだ。そんな相手を身分が高い女性たちは放っておかないだろう。
現にウィリアムの幼なじみであるキャサリンは両家の両親がお互いを結婚相手として認めている。また、フェリシティがウィリアムと関わる前はウィリアムが婚約するのではという噂を聞いた。
そんな身分の高い女性に狙われているウィリアムとフェリシティは釣り合わない。そもそも男爵家の娘であるフェリシティが次期公爵の元に嫁ぐのは奇跡が起こらない限り、ゼロに近い。
身分だけではない。容姿も社交性も種族も、何一つウィリアムの隣にいるのには相応しくない。
ただ一つ、フェリシティが持っているのは愛だけだ。それも伝えられない。愛していても今の姿では伝えることは不可能であり、いつの日かフェリシティはウィリアムと離れなくてはいけない。
もし、ウィリアムとずっといる権利を手に入れてもうさぎとしてであり、ウィリアムが結婚し、そして彼の子どもを見なくてはいけない。
(そんなの……いや……!)
ウィリアムがいないとどうも悪いことばかり考えてしまう。そして、実感する。フェリシティが考えたことは大いに可能性のあることだということを。
ウィリアムを誰のものにもしないで繋ぎ止めておく方法をフェリシティは知らない。




