二十三日目
「ここが市場だよ。僕から離れちゃダメだからね」
ウィリアムの領地に滞在して二日目、フェリシティはウィリアムと一緒に昨日行きたいと思った市場に来ていた。
ウィリアムは貴族だとバレないように黒色のローブを纏い、旅人を装っている。フェリシティは人々の目に入れないようにローブの中で抱きしめられている。
フェリシティはローブの隙間から市場を眺めた。
人生で初めて、市場に来た。今までは先代から付き合いのある店がモンロン男爵邸まで来て、そこで商品を買っていた。そのため、市場に行く必要もなかった。また、幼いフェリシティが市場――城下町に行ってみたくても許可がおりなかった。
兄は将来、父の仕事――店を受け継ぐので、そのためにも市場に行っていた。幼い頃はそれが羨ましくて、なぜ自分は行けないのかと不貞腐れた。
大きくなるにつれてそのことを理解し、市場に行きたいとは言わなくなった。
だから、今日市場に訪れて本当に嬉しい。食べ物や食器、日常品に使うものがたくさん売られており、貴族社会では見ないようなものばかりだ。
貴族ならはしたないと言われる食べ歩きが至るところで行われているのは驚きだ。しかし、何も気にせず食べられるのはこの上なく美味しい。
それはうさぎになってから身を持って分かったことだ。
三週間ほどマナーを気にせず食べているが、人間に戻った時、マナーを教える講師に小言を言われるだろう。それくらいダメになっていることは分かっているが、中々止められない。
「どこか店に入ろうか」
ウィリアムはそう提案した。そして、近くの店に入った。
「いらっしゃいませ!」
「ここは動物も大丈夫だろうか」
ウィリアムがフェリシティをちらりと店員に見せると、その店員は困ったような顔をした。
「申し訳ありません。こちらは動物は持ち込み禁止です」
ウィリアムはそうかと呟くと、その店を出た。まだ次はある。全部が全部、動物禁止というわけではないだろう。
何軒も回ったものの、どこも動物禁止と言われてしまった。優しく断られたところもあったが、時には怒鳴られてしまった。その怒鳴り声に耳が良いフェリシティはビクッとしてしまった。
そのときにウィリアムが優しく耳を包み、その怒鳴り声が聞こえないようにしてくれたのは感謝しかない。
「困ったね……。どうしようか」
ウィリアムはベンチに座り、フェリシティを撫でながらそう言った。
折角市場に来たのに何もしないのはもったいない。しかし、うさぎであるフェリシティがいると、店に入ることすらできない。
自分だけどこかで待っておいた方が良いよね……とフェリシティが考えたとき、ウィリアムがこっそりと着いてくる平民の格好をした護衛騎士に目線を送った。
そうすると、すぐに護衛騎士の一人が近づき、他人のふりをしながらウィリアムの隣に座った。ウィリアムがその護衛騎士に何か言ったかと思うと、その護衛騎士は立ち上がり、どこかに行ってしまった。
「僕たちはここでゆっくり待っていようか」
お店に入れなくて困っていたのではないか。それにも関わらず、のんびりとしているのはなぜだろう。
フェリシティにはよく分からないが、ウィリアムの手が気持ちよくて、ゴロゴロと猫のように甘えてしまった。
人の姿では絶対にできない。しかし、今はうさぎだ。うさぎなら、大丈夫だ。
フェリシティは一人納得し、ウィリアムの膝にぽてっと乗り、ウィリアムの手に自身の頭を押し付けた。そうすると、ウィリアムは頭を撫でている手とは反対の手でフェリシティの首元を撫でた。
最高に気分が良く、少しうとうととし始めたとき、護衛騎士か戻ってきた。護衛騎士はそっと何かを渡すと、二人を邪魔しないように去っていった。
「はい、フェリシティ」
口元に何かを押し付けられた。つい、それを食べてしまった。
(甘い……)
口の中にじゅわーっと甘さが広がり、とても美味しい。何かは分からないが、一度食べただけでその美味しさの虜になる。
「もう一個いるかい? はい」
またウィリアムがフェリシティに食べさせようとする。次はそれが何なのかじっくり見てから食べようと思う。それは大好きなりんごのような見た目をしているが、皮が緑色をしている。
「これは梨と言うのだよ」
そういう名前なのかと思いながら、フェリシティはまたウィリアムに食べさせてもらった。やはり、とても美味しい。
梨が美味しいのはもちろんのことだが、ウィリアムに食べさせてもらっていることによって美味しさが増幅しているような気がした。
おまけ
〜家に帰った後の二人〜
もぐもぐもぐ。
(おいしい! りんごの次に梨が好き!)
「フェリシティ、何してるんだい」
フェリシティが隠れて梨を食べていると、運悪くウィリアムに見つかってしまった。
「皆にバレないようにしないとね」
フェリシティに甘いウィリアムはたくさんの梨をこっそりと持ってきてくれた。そして、仲良く梨を食べたのだった。




