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はじまりの日



 空に太陽が現れ始め、ある部屋に光が射した。


 その部屋は白色のレース素材の屋根付きベッドやサイドテーブルが置かれ、天井にはキラキラと光るシャンデリアが吊り下げられている。また、大きな窓があり、カーテンは風でふわりふわりと揺れていた。


 そして、ベッドの上にはアッシュグレーの髪をもつ女性が、寝息を立てながら眠っている。


 驚くべきことに、その女性には人にあるはずもない、うさぎの耳がある。


「ううん……」


 女性は太陽の光が眩しいのか、寝返りを打ち、顔を枕で隠した。彼女は枕を手で抱きながら、また寝返りを打った。


「……ふわぁ……」


 女性がうっすらとサファイアの目を開けた。


「もう……朝……?」


 女性は体を起こし、腕を前に伸ばした。眠気を飛ばそうとしたのだ。だが、それだけでは眠気が飛びそうにない。女性は起こした体をもう一度、ベッドに沈めた。


 そして、また夢の中に入っていく――。


「お嬢様、朝でございます」


 そう思ったとき、規則正しく扉を叩く音と、専属侍女である女性の声が聞こえた。


「お嬢様?」


「はーい……」


 お嬢様と呼ばれた女性はそう言ったものの、目は閉じてしまっている。


 全く起きる気配のない女性に痺れを切らしたのか、侍女は大きな声で女性を起こし始めた。


「お嬢様! そろそろ、起きてください! 今日は舞踏会がありますよ⁉」


〝舞踏会〟


 貴族たちによる煌びやかなパーティーだ。社交界デビューを果たしていない女性なら、誰しもが憧れる。


 だから、その女性は勢いよく体を起こした。その顔はもう眠そうにしていない。舞踏会を楽しみにしているような、そんな顔をしている。


「今日は舞踏会……! ずっと憧れていた舞踏会!」


 その女性はぴょんっとベッドから降り、急いで扉の方に向かった。ガチャリと隣の部屋に続く扉を開けると、きっちりと制服を着た侍女が驚いた顔をしていた。


「舞踏会ね! はやく夜にならないかしら」


「お嬢様! 耳が……!」


 ふさふさとしたアッシュグレーのうさぎの耳が女性の頭に生えている。女性は慌てて耳をしまった。


 彼女の名前はフェリシティ・ロンバーク。今日、社交界デビューを果たす、十六歳の女性だ。


 彼女は平凡という言葉がとても似合う。


 フェリシティが唯一平凡ではないところ――普通ではないところはうさぎ獣人であることだ。


 この事実は、己が生きていくために絶対に隠し通さなければいけない。それが獣人として生まれてしまった運命なのである。


 フェリシティが獣人であること、いや、モンロン男爵家が獣人一家であることを知るのは彼女の専属侍女であるアンナを含め、数えられるほどしかいない。彼らの全員が全員、獣人というわけではない。が、話してもいいと思えるほど信頼関係を築いている。


「舞踏会に行くためには早くから準備をしないといけませんよ」


 この女性――フェリシティの専属侍女であるアンナは獣人と人間のハーフである。


「今日の舞踏会ではたくさんの人間に会えるのね!」


 フェリシティは人間と恋をしたいと思っている。昔、一度だけ人間と獣人が恋に落ちる話を見たことがあるからだ。


 その本はすでに出版禁止になってしまっているが、フェリシティは人間と恋に落ちることに憧れを持ち続けている。だから、ワクワクやドキドキとした気持ちがフェリシティの中にずっとあった。





 そう思っていたのはフェリシティが兄にエスコートされながら入場し、両親と一緒にした挨拶が終わり、一人壁の花になる頃には消えていた。


 なぜなら、兄に似ていないフェリシティを見た人たちがクスクスと笑うからだ。


 フェリシティの兄は容姿端麗、頭脳明晰、剣術にも優れ、交遊関係も広い。男爵という身分の低さはあるものの、それを覆すほど将来有望と言われている。また、公にはされていないが、フェリシティの兄は獣人の中でも珍しい狼獣人なのだ。


 それに比べ、フェリシティは平凡な顔つきをしている。また、頭は悪くはないが良くもない。交遊関係が広いわけでもなく、何かに優れているわけでもない。そして、よくいると言われるうさぎ獣人なのだ。


 それでも、フェリシティが卑屈にならず成長できたのは、今まで兄と比べられることがなかったからだ。両親は分け隔てなく二人を愛している。講師の先生はそもそも違ったので、比べようもない。また、外に出ないフェリシティは噂を聞くこともなかった。


 だから、こうやって比べられ、陰口を言われることに悲しくなった。舞踏会はもっとキラキラして、楽しい場所だと幼きときからずっと思っていたからだ。





 気分を落としたフェリシティは、両親や兄に先に帰ることを勧められた。なので、馬車に乗り、帰路についた。


「もっと楽しい場所だと思っていたのに……」


 フェリシティは最後まで一人壁の花になっていた。喋る相手もおらず、ダンスを誘ってくれる殿方もいない。最初に兄と踊った後はずっとぽつんと一人だった。両親や兄はそれぞれの交遊のために各人と話しており、フェリシティが話しかけるわけにもいかなかった。だからといって、フェリシティの陰口を言う令嬢たちと話せるはずもなかった。


 もし今耳が出ていれば、その耳はぐったりと倒れているだろう。


 落ち込みながら馬車の揺れに体を任せ、ゆらゆらと揺れていると、突然うわあぁっという悲鳴が聞こえた。 


(な、何事⁉)


 フェリシティはカーテンをそっと開け、窓から外の様子を覗いた。すると、喉の奥からヒッと悲鳴が出た。そこには真っ赤な血が広がっていたのだ。

 フェリシティは馬車の扉から離れ、頭を抱え、震えながら縮こまった。


 少しすると、鍵のかかった馬車の扉を無理やり開けようとする、ガチャガチャという嫌な音が聞こえた。


 フェリシティは恐怖でうさぎの姿へと獣化してしまった。体が小さくなったことで、服がフェリシティの姿を隠した。


 それとほぼ同時に、激しい音とともに扉が開き、中に冷たい風が入ってきた。


「服しかない?」


 図太い男の声が聞こえた。その男は突然笑い出した。


「なーるほどなぁ。おい! 獣人だ! こりゃ高く売れるぞ‼」


 この男は盗賊だった。近頃、盗賊に襲われるという事件が多発していた。まさか自分の身にこのようなことが起こると思っておらず、フェリシティは動かない頭を必死に動かした。


「どこにいるんだぁ⁉」


 男はフェリシティが着ていたドレスの袖を掴んだ。そのとき、フェリシティは震える体を叱咤して走り出した。小さな体のおかげで、男たちの間をすり抜けることが出来た。そして、近くにあった森の中に逃げた。


 その後もずっと走り続けた。気が遠くなるまで、体力がなくなるまでずっと、ずっと――。





「気がついたかい」


 パチリと目を覚ますと、目の前にはドアップの男性の顔があった。フェリシティは驚き、後ずさる。


「君は僕の家の敷地にいたんだ。少し怪我もしていたみたいだから、治療はしておいたよ」


 月を思い出させるプラチナブロンドに深緑の目の男性はにこっと笑った。そして、ぽんとフェリシティの頭を撫でたかと思うと、もう片方の手でフェリシティの首もとを指した。


「君はモンロン男爵家のうさぎだろう? だから、昨夜すぐに知らせたんだ」


 フェリシティは何かあったようにと、モンロン男爵家の紋章が書かれたペンダントをしていた。まさかこんなところで役に立つとは。


(それよりもうさぎ? あ!)


 フェリシティはそこで、盗賊に襲われ、必死になって逃げたことを思い出した。そして、彼は救世主だと理解した。


「そしたら、どうか飼ってほしいと言われてね。名前はフェリシティと言うんだね。僕はウィリアム。よろしくね」


 フェリシティの母親はそういうところがある。フェリシティの母親も人間との恋に憧れており、フェリシティに期待しているのだ。


(私、今うさぎよね……? てことは……)


 そう、今フェリシティはうさぎなのだ。もちろん、ウィリアムはフェリシティが獣人だということを知るはずもない。


 これは、うさぎ獣人のフェリシティがうさぎとして、ウィリアムの家に住むことになったはじまりの日である。


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