飛来
新年の初仕事を終えて一旦自宅に戻ると、今日も日当たりの良いベランダでネロが自宅警備の真っ最中でした。
今日は雲一つない晴天で、朝は放射冷却で冷え込んでいましたが、今は風も穏やかなので暖かさを感じます。
すー……すー……っと心地良さそうに寝息を立てている姿を見ていると、こちらまで眠たくなってしまいます。
うん、お日様をたっぷりと吸った、あのフカフカなお腹にダイブしようと忍び足で近づいていったら……突然ガバっとネロが起き上がって空を見上げました。
普段は眠たそうに細めている目を見開いて空の彼方を凝視し、ぶわっと全身の毛を逆立てています。
「ど、どうしたの? ネロ」
「何かヤバいのが飛んでるにゃ……」
「えっ……?」
ネロの視線を追って空を見上げてみても、僕の目には何も映りません。
身体強化魔術を使って視力を強化してみても、どこに何が居るのか分かりません。
「ネロ、どんな奴なの?」
「羽根の生えた黒いトカゲにゃ」
『ケント様、ドラゴンかも……居ますな、ドラゴンですぞ』
影の空間から出て来たラインハルトも空を見上げて、遥か彼方を指差しました。
「えっ、どこ? えっ……あっ、あれか!」
ラインハルトが指差す先を必死で探し回ると、ようやくそれらしい姿を見つけられましたが、ドラゴンかなあ……程度にしか見えません。
「ドラ、ゴン……? 降りて来るなよ」
『ケント様、それはフラグという奴では?』
「駄目駄目、洒落にならないよ」
ラインハルト、ネロと一緒に見守っていると、ドラゴンは南に向かって飛んで行きました。
はぁぁ……っと大きく溜息をついて肩の力を抜いたのですが、ラインハルトもネロも、南の空を見詰めたままです。
『ケント様、あやつは南の大陸に降りて行きましたぞ』
「マジで?」
『これは、下手をすると極大発生に繋がるかもしれませんぞ』
「よし、クラウスさんに相談しよう。マルト、リーゼルトの所に行って、ディートヘルムを探して、南の大陸にドラゴンが飛来した可能性があるって伝えて」
「わふぅ、任せて、ご主人様」
ベランダから家の中へ入り、カミラに外出すると伝えました。
「ギルドのクラウスさんの執務室に行ってくる。遅くなるかもしれないから、先にお昼を済ませて良いからね」
「はい、行ってらっしゃいませ」
ドラゴンの件はカミラには伝えなかったのですが、上手くポーカーフェイスを貫けていたでしょうか。
まぁ、ギルドの執務室にはベアトリーチェが居るので、あとでそちらから情報が伝わってしまうでしょう。
影移動でギルドの廊下に出て、ドアをノックしようかと考えましたが、まどろっこしいので直接執務室に移動しました。
「ケントです、入ります」
「おぅ、仕事始めの挨拶ならば、良い酒を手土産に持って来いよ」
正月あれだけ飲んだのに、まだ飲み足りないのかと呆れてしまいますが、まぁ、これがクラウスさんの通常運転なんですよね。
「クラウスさん、南の大陸にドラゴンが飛来したかもしれません」
「ドラゴンだと! 色は?」
ドラゴンの話を切り出すと、クラウスさんは椅子から飛びあがるようにして立ち上がりました。
さっきまで休みボケで緩んでいた表情も、一瞬で引き締まっています。
「黒っぽく見えましたけど、色によって種類が違うんですか?」
「そうだ、赤は火竜、黒だと黒竜か風竜か……いずれにしてもヤバい奴に変わりはない」
「南の大陸から魔物が溢れる可能性はありますか?」
「勿論、十分に考えられる。ケント、城門に行って事情を話し、いつでも門を閉められるように準備するように伝えてくれ」
「分かりました」
「それと、門の外に出る奴には、魔物の大量発生が起こる可能性があると伝えるように言っておいてくれ」
「了解です、伝え終えたら戻ってきます」
「頼む!」
影に潜って城門に移動し、クラウスさんの伝言を伝えました。
念のため、マールブルグに向かう方の城門にも同じように伝えてギルドに戻りました。
「行ってきました、クラウスさん、街道の野営地はどうしますか?」
「常駐している守備隊員には、撤収の準備をするように伝えろ。今日、南の大陸にドラゴンが飛来して、その影響で魔物が押し出されるように移動を始めたとしても、こっちに余波が到達するまでには時間が掛かる。その間に避難を終わらせるんだ」
「分かりました、全ての野営地に伝えに行きますね」
「おう、頼んだぞ」
仮に魔物の大量発生が起こった場合、街道の野営地には頑丈な城門がありますが、守備を固める人員が不足しています。
以前に起こったゴブリンの極大発生のような事態になると、仲間の死体を足場にして城壁を乗り越えようとするかもしれません。
ゴブリンは、一頭だけなら駆け出しの冒険者でも対処できますが、群れで襲われればベテランの冒険者でも対処しきれなくなります。
街道の野営地に向かう前に、ネロ、レビン、トレノ、ゼータ、エータ、シータを招集しました。
「みんな、南の大陸にいって、ドラゴンの状況を探って来て」
「任せるにゃ!」
ネロたちが南の大陸に向かった直後、コボルト隊のスルトが現れました。
「ご主人様、森がザワザワしてる」
「どの辺り?」
「ずっと南の方……」
スルトが言うには、南に行くほど森にいる魔物たちに落ち着きが無くなっているそうです。
ドラゴンの余波が届く前に魔物が移動を始めると、影響は想定よりも早まるかもしれません。
急いで魔の森の野営地に向かい、ドラゴンの話を伝えて回りました。
内心、ちょっと焦っていたのですが、それを表情に出さないように気を付けて、なるべく早く魔の森を出るように、旅人たちに伝えて欲しいと話しました。
ヴォルザードに近い野営地から回り始め、魔の森の中央にある野営地で話を終えた時に、ネロたちが戻って来ました。
「ご主人様、やっぱり南の大陸に住み着くつもりみたいにゃ」
「今は、どんな状態なの?」
「一番高い山の周囲をグルグル飛び回っているにゃ」
「そこを根城にするつもりかな?」
「だと思うけど、その辺はグリフォンの縄張りみたいにゃ」
どうやらドラゴンが巣を作ろうと上空から見定めた場所にはグリフォンたちが暮らしていて、今はにらみ合いが起こっているようです。
「みんなは?」
「影の中に散らばって、見つからないように様子を見ているにゃ」
「うん、そのまま続けて」
「それと、ドラゴンは黒じゃなくて緑だったにゃ」
「分かった、みんなには、監視に徹するように伝えて」
「任せるにゃ」
ネロを再び送り出した後、リーゼンブルグ側の野営地にも状況を伝えに行きました。
『ケント様、緑のドラゴンというと、緑竜とか風竜と呼ばれる種類でしょうな』
「どんな性質があるの?」
『深い森に囲まれた場所を好み、人里近くには現れないと言われております』
「じゃあ、街が直接襲われる心配は少ないんだ」
『そうだと思われますが、ドラゴンの生態は分かっていない事の方が多いので、油断はされない方が宜しいですぞ』
「そうだね、戻ったら迎撃の方法も考えておこう」
リーゼンブルグに近い野営地にも事情説明を行った後、ラストックの駐屯地に出向き、グライスナー家の次男ヴィンセントさんに面談を申し込みました。
急な訪問にも関わらず、ヴィンセントさんは笑顔で出迎えてくれました。
「これはこれは魔王様、今日はいかがいたしましたか?」
「ご無沙汰してます、ヴィンセントさん。南の大陸にドラゴンが飛来しました」
「えっ、ドラゴンですか?」
「はい、今はグリフォンの縄張り近くをうろついているそうです」
「まさか、追い出されたグリフォンが飛来するとか……」
「その可能性もありますし、ドラゴンを恐れた魔物が逃げ出して来るかもしれません」
「ですが、南の大陸との間は、魔王様が切断なされて、魔物は通れないのですよね?」
「現状はそうですが、例えば崖が崩れたりしたら、再び陸続きになる可能性もあります。ヴォルザードは既に魔物の大量発生への備えを始めました」
「分かりました、ラストックでもすぐに準備を始めます」
「お願いします」
「お知らせいただき、ありがとうございます」
とりあえず、初動はこんなところでしょう。
一度ヴォルザードに戻って、その後は南の大陸に偵察に向かいましょうかね。





