やりきれない思い
※今回は古田達也目線の話になります。
新年二日目、俺は早くもシェアハウスから逃げ出した。
何と言うか、ラブなオーラに耐えきれなくなったのだ。
現在、シェアハウスで特定のパートナーを持たない男は、俺一人しかいない。
俺様とラスト・モテないの座を争った和樹でさえ、ヒメアを連れ込んでいるのだ。
革職人見習いと顧客の関係だ……なんて言っていたくせに、大晦日の年越しパーティーでは、いつの間にか抜け出して姿を消していた。
そのくせ、翌日昼の年賀の席には、ちゃっかりと揃って顔を出しやがった。
それも、明らかに関係が進んだという空気をプンプンと漂わせていやがった。
いったい何時の間に……この壁の薄いシェアハウスのどこで……と考えてみたら、和樹の部屋はジョーの部屋から聞こえる艶めかしい声の対策として、防音パネルを設置している。
外から和樹の部屋に音が侵入するのを防いでいるから、逆に和樹の部屋の物音も表に出て来ないのだ。
和樹に春が訪れたのは、めちゃくちゃ悔しいし妬ましいが、それを邪魔したら人間として本当に終わってしまうと思ったので、血涙を流しながら耐えた。
これまで、俺と和樹で積み重ねてきた黒歴史の数々の封印は解かずにおいてやったのだ。
元日の午後、和樹がヒメアと共に出掛けていったから、てっきり家まで送り届けるのかと思っていたら、ちゃっかり二人で帰って来やがった。
聞けばヒメアの両親に連泊する許可を取りに行ったらしい。
二人仲良く夕食を済ませたら、また和樹の部屋へと入っていった。
聞き耳を立てるなんて無粋なまねは……やった。
防音シートを貼りまくったって、完全に遮音できる訳ではないし、身体強化魔術も使えば壁の向こうの様子だって聞き取れる。
友人とその恋人の行為を盗み聞きし、それをオカズにするなんて最低な行為なんて……やった。
防音の部屋なのに、必死に抑えようとしているヒメアの声に、どちゃくそ興奮してしまった。
そして一夜が明け、抱えきれないほどの自己嫌悪に蹴り出されるようにして、シェアハウスから逃げ出したのだ。
別に自分の住処なんだから、逃げ隠れする必要なんか全く無いのだが、何とも居心地が悪すぎて、朝飯も食わずに財布だけ持って飛び出して来たのだ。
ぶっちゃけ、和樹の相手ヒメアは、かなりのポッチャリ体型で、俺の好みとはかけ離れている。
えり好みするつもりは無いが、付き合うなら、もうちょい美人で、もうちょいスタイルが良い女の子が良いから、別に羨ましくなんか……いいや、めちゃくちゃ羨ましい。
自分の部屋に、二晩連続で女の子を連れ込むなんて、羨ましくない訳が無い。
俺も彼女が欲しい……出来れば和樹の奴が羨むような美人でスタイルが良く、性格も可愛い彼女が。
シェアハウスを出て来たものの、ヴォルザードの街は静まり返っている。
日本みたいに初売りセールとかやらないし、年が明けて五日ほどは殆どの店が休みなのだ。
しかも、寒い……。
行く当ても無く倉庫街を抜け、何となくラストックへ向かう門へと歩いてきた。
途中、国分の家の門を覗くと、生真面目そうなリザードマンが門を守っていた。
てか、リザードマンって爬虫類じゃないの? 冬眠しないのか?
いつもなら、旅人相手の屋台が賑わっている場所も、お茶の屋台が暇そうにしているだけだった。
体を温めるためにミルクティーを一杯飲むと、またやる事が無くなってしまった。
なんとなく、城壁の上に登って、ブラブラと東に向かって歩く。
守備隊の施設や実戦訓練場が見えるが、当然のように人の気配は無い。
更に東へ歩きながら、森の様子を眺めていると、ゴブリンが一匹うろついているのが見えた。
寒空の下に一匹だけ、遠目から見てもやせ細っているのが分かる。
群れからはぐれたか、追い出されたのか、今の自分を見るようだ。
「こいつだったら、駆け出し連中でも楽勝で討伐できるだろうな」
実戦訓練場に供給されているゴブリンは、国分が厳選した活きの良い個体ばかりだ。
あれを討伐できるようになれば、まぁ普通のゴブリンに負けることは無いだろう。
「お前は、鍛え直して出直して来い」
痩せたゴブリンから視線を切って歩き出す。
あぁ、俺も人のことなんか言ってられないんだけどなぁ……。
城壁の上からヴォルザードの街を眺めていたら、教会の鐘楼が目に入った。
確か、教会の周りだけは正月でも賑やかだと聞いたのを思い出し、城壁を降りてそちらに足を向けた。
城壁をブラついているうちに日も高く昇り、気温も上がり始めた。
今日は風も無く、穏やかだ。
教会に着くと、確かに周囲の店が開いていたが、日本の初詣でみたいに出店は出ていない。
お囃子や琴の音色も聞こえてこないし、道行く人も挨拶を交わしている程度で静かなものだ。
俺は基本的に神様なんて信じていないけど、今日は神にも縋りたい気分だ。
この教会は創造神と呼ばれる女神信仰だと聞いているが、詳しい話は知らない。
キリスト教に似た作りの教会の中へと入り、信者を真似て祈りを捧げる。
祈る内容は可愛い彼女をください……その一点だけだ。
祈り終えて教会を出たら、ポンと肩を叩かれた。
「お兄さん、随分と真剣に祈っていたけど、信者さんなの?」
ニカっと笑いかけてきたのは、オッチャンに歓楽街近くの焼き肉屋を任されているコレットだった。
酔った勢いで男女の関係になったものの、彼氏面しないでくれと釘を刺された相手だ。
「いいや、別に信者じゃねぇよ」
「その割には、随分と真剣に祈ってたじゃん」
「まぁ、冒険者やってると、自分らは生き残ってるけど……みたいな事が結構あるからな」
「あぁ、そうなんだ……」
いや、嘘だ。
俺らは順調に実績を積み上げているし、特に親しい人を亡くした覚えもない。
体だけの関係、彼氏面しないでと言われた相手に、彼女が欲しくて祈ってましたなんて言えないだろう。
「やっぱ、冒険者は大変なんだね」
「まぁ、それを分かってやってんだけどな、感傷的になる時もあるのさ」
「そっか……」
これも嘘だ。
感傷的というよりも、幸せオーラを見せつけられて逃げ出してきただけだ。
「ねぇ、この後は何か用事があるの?」
「いや、別に……」
「じゃあ、うちに来て一杯やらない? 店は休みだから、たいした物は出せないけど……」
釘を刺した上に、まるで興味が無い様子で二度寝を始めた、前回の別れ際のコレットの姿が脳裏に浮かぶ。
その後、散らばっていた下着や服を拾い集めて着こみ、部屋を後にした時のみじめな気分も蘇ってきた。
あれをもう一度食らうのは……と、躊躇する気持ちと同時に、自分で処理するしかなかった欲望が頭をもたげてくる。
どちらが勝つかなんて、言うまでもないだろう。
「んじゃ、一杯だけ……」
焼き肉屋の二階にあるコレットの部屋へと上がり込み、酒を飲んだのは一杯だけで、その後は言葉も交わさず獣のように求めあった。
ガチムチマッチョなコレットの体は、俺の理想とは程遠い。
俺が欲望を注ぎ込むどころか、搾り尽くさんばかりに激しく挑みかかってくる行為も、俺の好みじゃない。
それでも、持て余した欲望を発散しようとしているのは、お互い様としか言いようがなかった。
昼前から夕方まで、ぶっ通しで行為に耽り、疲れ果てて眠ったコレットを置いて部屋を出た。
もう、釘を刺されるのはウンザリだから……。





