皇帝来訪(後編)
ヴォルザード、リフォロスの両家の間で、グレゴリエ義兄さん、アンジェお姉ちゃんの婚約に関する文書が取り交わされた後、場所を食堂に移して和やかな雰囲気で昼食となった。
ヴォルザード家の料理人と、我が家にセラフィマと一緒に来た料理人が力を合わせて、二つの国の名物料理が振る舞われた。
悔しいけれど、グレゴリエ義兄さんとアンジェお姉ちゃんって、美男美女の組み合わせで絵になるんだよねぇ……。
アウグスト義兄さんも真面目一辺倒から柔らかみが増して、良い感じになってきたんだけど、母親であるマリアンヌさん譲りのウサ耳で、ふふっとさせられちゃうんだよねぇ。
ブサメンじゃなくて、ウサメンなので、ちょっと可愛いって思っちゃうんですよ。
お行儀よく昼食を楽しんでいたのは途中までで、クラウスさんとコンスタンさんなんで、結局は酒盛りになっちゃうんですよねぇ。
「くぅ、こいつは効くなぁ、コンスタン」
「だろう? この果実を絞り、そこに注いで……かぁ、美味い!」
二人が飲んでいるのは、テキーラとかウォッカみたいな透明な蒸留酒です。
そこへ果汁を絞ったり、スパイスを舐めたりして、おちょこサイズの酒器でぐいっと一気飲みをする。
食道から胃に落ちていきながら、カーっと燃え上がったように熱くなり、吐息でも火が着きそうな強いお酒です。
「ほら、ケント、飲め!」
「いやいや、ペース早いですって!」
「なに言ってんだ、祝いの酒だぞ、アンジェが可愛くないのか?」
日本だったらアルハラで訴えられるレベルですけど、ヴォルザードでは止めてもらえないんですよね。
「くぅぅぅぅ……火が出る、火を吐きそうですよ」
「うははは、良い飲みっぷりだぞ、婿殿」
いやいや、笑い事じゃないですよ……って、なんでコンスタンさんは、もう酒瓶を構えてるんですか。
なんで僕が狙われてるんですかね。
広い食堂のテーブルは、いつの間にか席が入れ替わって、男性陣と女性陣に分かれています。
というか、婚約祝いの席なんだから、肝心な二人が別れてちゃ駄目なんじゃないですか。
グレゴリエ義兄さんは、アウグスト義兄さんと何やら国家運営を論じているみたいです。
「それは、ヴォルザードと較べればバルシャニアの方が広いが、結局やる事は変わらないぞ」
「いや、多民族の国をまとめていくのは簡単ではないだろう」
「確かに、体制に不満を抱いている部族もいるが、それとても一枚岩とは限らない。中から崩す方策は常に続けているぞ」
「それだ、そうした苦労はヴォルザード、ランズヘルトには無いものだ」
バルシャニア帝国は幾つもの民族が集まった国で、ヴォルザードは元々一つの国だったリーゼンブルグ王国から別れたランズヘルト共和国の七つの領地の一つだ。
治めている面積も違うし、住んでいる人の構成も違っている。
ヴォルザードには、バルシャニアのような民族対立は存在していない。
「民族同士の対立が無かったとしても、裏組織の縄張り争いだとか、商家の利権争いなんかは起こるだろう?」
「それは起こることもあるが、話の規模が違う」
「確かに規模は違うだろうが、やる事には大した違いなど無いぞ。そもそも、対立を引き起こしているのは人間だ。どんなに憎み合っていようが、いつまでも戦いを続けていられる訳じゃない。戦いだけでは生きていけないからな」
「それはそうかもしれないが、感情が納得しないだろう?」
「だから、理性が感情を上回る状況を作り、落としどころを示してやるのだ」
「なるほど……理性が感情を上回るか……」
グレゴリエ義兄さんの話を聞いて、アウグスト義兄さんは感心しきりといった様子だけど、大雑把な話しかしてないんだよねぇ。
バルシャニアにおいて、グレゴリエ義兄さんの役割って、ほぼほぼ軍事面だと聞いています。
戦いの現場で采配を振るう、次期皇帝として帝国の旗印的な役割を果たしているけれど、具体策を裏でまとめているのは第二皇子のヨシーエフ義兄さんだと聞いています。
グレゴリエ義兄さんは考え無しの馬鹿ではないけれど、細かい計算をして状況を整える……といった仕事には向いていないとも聞いています。
アウグスト義兄さんと、将来どっちが大変かと考えると、どっちもどっちだと思うんですよね。
グレゴリエ義兄さんは大国を率いる責任、アウグスト義兄さんは他国と境を接する領主としての責任を負う訳で、その責任は似て非なる物のような気がします。
親父二人が馬鹿話、息子二人は真面目な話と対照的なんですが、僕は別のことが気になっていて、どちらの話も今一つ頭に入って来ないんですよね。
それは、アンジェお姉ちゃんの横に出来ている順番待ちの列です。
アンジェお姉ちゃんは、マリアンヌ義母さん、リサヴェータ義母さんと話をしながら、右手でワシャワシャとコボルト隊を撫でています。
アンジェお姉ちゃんが座っている隣の椅子を二つ並べて、その上にへそ天状態で顔を蕩けさせています。
でもって、テーブルの下、撫でられているコボルトの横に、コボルト隊が行列を作って撫でてもらうのを待っています。
見ていると、五分ほどアンジェお姉ちゃんの撫でテクを堪能していると、次のコボルトがそろそろ時間だ、早く代われと突っついているようです。
いや、確かにコボルト隊にも年末年始は交代で休んで良いと言っておいたけど、行列作って待っているとは……。
うちのコボルト隊、本当に強いんですよ。
見た目は可愛いですけど、オーガとか瞬殺ですし、ロックオーガも単独で討伐出来ちゃうぐらい強いんです。
でも、アンジェお姉ちゃんに撫でられている時って、どこの駄犬だよ……って思っちゃうほど蕩けてるんですよ。
いや、コボルト隊は僕の眷属だけど、家族だって自由な時間はある訳で、アンジェお姉ちゃんに撫で撫でされた気持ちはすっごく良く分かるんだけど……何だろう、モヤモヤするんだよねぇ。
なんて思っていたら、いつの間にか出てきたマルトにポスポスと背中を叩かれて、さぁ撫でていいぞと腹を差し出されました。
うん、撫でるよ、撫でるんだけどね……何だろうなぁ、この気持ち。
横ではオッサン二人が、俺の若い頃は……とか、近頃の若い者は……とか管を巻き始めているし、息子二人は違法薬物の取り締まりがどうとか話しているし、何なのこの空間。
「この酒も飽きたな、ケント、ニホンの酒出せ」
「おぉ、ニホンの酒か、クラウスも好きなのか?」
「あれは風味が良いからな」
「何にでも合うしな」
「そうそう、ほら、ケント、はよ!」
「はいはい、分かりました」
影の空間から大吟醸の一升瓶を取り出すと、親父二人は、息子三人も巻き込んで酒盛りを再開しました。
いや、本当に何なの……婚約祝いじゃなかったの。
まぁ、まだ正月二日だし、お屠蘇気分でも良いんだろうけど……。
「うわっ、とっとっとっ……溢れますって!」
「ケント、溢れる前に飲むんだよ!」
「むちゃくちゃですよ、もう……飲むけどね」
カップに並々と注がれた日本酒を零さないように啜り、はーっと溜息を洩らしたら、ミルトにポスポスと背中を叩かれた。
はいはい、撫でますよ、撫でれば良いんですよねぇ……もう、グダグダだよ。





