皇帝来訪(中編)
バルシャニアの皇帝一家を乗せた馬車は、僕の自宅前を出発し、人通りも疎らなヴォルザードの街を進んで行きます。
馬車にはどこの家紋も付いておらず、警護する人の姿もありません。
まぁ、影の中には僕の眷属たちが守りを固めているので、一国の軍隊が襲って来ても大丈夫なぐらい安全なんですけどね。
という訳で、外から見る限りでは、この馬車にバルシャニア帝国の皇帝が乗っているなんて想像も出来ないと思います。
そもそも、今回のコンスタンさんたちのヴォルザード訪問は、公式な行事ではありません。
一部の人間には、僕の送還術のことは知られていますが、世間の殆どの人にとっては、送還術はまだ御伽噺レベルの魔術なのです。
遥か遠く離れたバルシャニアから、皇帝が一泊二日の日程で訪問するなんて、普通の人には信じられない事なのです。
なので、バルシャニア皇帝が正式にヴォルザードを訪れるとする場合、仰々しい行列を整えてバルシャニア国内を移動し、リーゼンブルグ王国を横断し、やっとヴォルザードに辿り着けるのです。
ただ、そうした旅程をこなすとなると、往復で一ヶ月以上も掛かってしまいます。
一国の皇帝が、一ヶ月以上も国を留守にする訳にはいかないんですよね。
だから今回は、僕の送還術を使って、非公式な訪問となった訳です。
今日の話し合いで、アンジェお姉ちゃんのバルシャニアへの輿入れが正式に決まるそうですが、輿入れの行列は陸路で華々しく行われるはずです。
輿入れを送還術で行わない理由は、リーゼンブルグ王国の国民に対して、ヴォルザードとバルシャニアが婚姻関係を結んだというアピールをするためです。
仮にリーゼンブルグがバルシャニアやヴォルザードに対して侵略を試みた場合には、挟撃される可能性があるのだと知らしめるためのアピールです。
僕が聞いている話では、バルシャニアとの対立が解消され、交易が盛んになったことで、リーゼンブルグは好景気に沸いているそうです。
戦争するよりも、仲良くした方が儲かると知り、多くのリーゼンブルグ国民は和平推進に肯定的のようですが、その一方で西部の人々の間には根深い反感があるとも聞いています。
そうした反バルシャニア的な考えは、一般市民だけでなくリーゼンブルグ貴族の間にも残っているらしいのです。
交易によって利益を与え、婚姻によって戦は不利益をもたらすと知らしめる。
それが、今回のバルシャニア帝国第一皇子グレゴリエさんと、ヴォルザード領主の長女アンジェリーナさんの婚姻の目的なのです。
もう一つ付け加えると、この婚姻によってリーゼンブルグとの関係を強化し、バルシャニア国内の問題に集中するという目論見もあるようです。
バルシャニアの場合、ボロフスカとか、ムンギアとか、反体制的な少数民族がいますから色々と大変なようです。
この婚姻がまとまっても、コンスタンさんはノンビリできる訳ではないようです。
そのコンスタンさんは、馬車の外の風景を興味深げに眺めています。
「ケントよ、ヴォルザードの新年は随分と静かなのだな」
「そうですね、年越しのパーティーは賑やかにしますけど、商店などは殆どが休みですし、賑わっているのは教会の周囲ぐらいですね」
日本の年末年始だと、年末セールとか初売りとかで賑やかですが、ヴォルザードでは殆どの商店や飲食店が休業となります。
親戚や友人の家を訪ねたり、家族で静かに過ごすというスタイルが一般的です。
「この辺りも、普段だと歩くのも大変なくらい人が出ているんですが、今日は店が開いていませんから静かなものです」
「なるほどな、グリャーエフでは賑やかに祝うのが一般的で、商店などは正月が過ぎてから休む方が多いのだが、こうした静かな新年も悪くないな」
バルシャニア皇帝の来訪は、ヴォルザードの市民には伝えられていないので、沿道に見物の人だかりも見当たりません。
「セラフィマが輿入れしてきた時は物凄い数の見物人で、沿道は身動きができないほどでしたよ」
「はははっ、そうであろう、そうであろう、セラフィマを迎えるのだから当然だ」
「アンジェお姉ちゃんの輿入れは、いつぐらいになるんですか?」
「今年の秋だな。春に婚約を発表し、秋に輿入れという形にしたい。夏の道中は大変だからな」
「そうですね、ダビーラ砂漠も越えないといけませんしね」
「うむ、その辺りの準備も万全にしたい」
リーゼンブルグ王国とバルシャニア帝国の間には、ダビーラ砂漠が広がっています。
この砂漠のおかげで、大規模な戦争にならずに済んできたのですが、その一方で交易のための障害となっているのも事実です。
リーゼンブルグの西部では、砂漠に飲み込まれてしまった農地や街を復興させる取り組みが進められていますし、バルシャニアの東部でも砂漠の緑化事業が進められています。
それでも、広大な砂漠が緑の大地に変わるには、相当な年月が必要でしょう。
アンジェお姉ちゃんの輿入れの一行は、このダビーラ砂漠を越えていかなければなりません。
まぁ、砂漠で示威行動をする必要も無いので、僕が送還術を使って一行を送ってしまっても構わないんですけどね。
馬車はヴォルザードの街並みを抜けて、領主の館へと到着いたしました。
玄関ホールでは、クラウスさん、マリアンヌさん、アウグストさん、アンジェお姉ちゃんが出迎えました。
「コンスタン、ようこそヴォルザードへ」
「世話になるぞ、クラウス」
僕の結婚披露パーティーで顔を合わせ、酒を酌み交わした仲なので、クラウスさん夫妻とコンスタンさん夫妻は顔見知りです。
この中で、初顔合わせになるのは、アウグストさんとグレゴリエさんの二人ですね。
「クラウス、これが嫡男のグレゴリエだ」
「グレゴリエです、よろしくお願いします」
「コンスタン、うちの嫡男のアウグストだ」
「アウグストです、お見知りおきを」
「さぁ、立ち話もなんだ、ゆっくりと座って話そう」
案内された応接間では、大きなソファーセットに、クラウス一家、コンスタン一家という感じに別れて座りました。
ちなみに僕は、人数合わせの関係でバルシャニア側に座りました。
ヴォルザード側が端から、マリアンヌさん、クラウスさん、アンジェお姉ちゃん、アウグストさん。
バルシャニア側が、リサヴェータさん、コンスタンさん、グレゴリエさん、僕という並びです。
「遠路はるばる、ようこそ……と言いたいところだが、ケントに送ってもらうと隣町に行くより楽なんだよな」
「はっはっはっ、まったくだ。ヴォルザードに来るのは二度目だが、リーゼンブルグを飛び越えてきたという実感はまるで無いな」
「いずれ、こちらからも行かせてもらうつもりだ」
「その時は、グリャーエフの美味い店に連れて行くぞ」
「そいつは楽しみだ。これからは、折を見て互いに行き来するようにしよう」
「そうだな、うちは外孫が生まれるから、顔を見に来ないといけないしな」
「タダオが爺になるのを嘆いていたが、コンスタンも直ぐだな」
「なぁに、クラウスもすぐだと思うぞ、なぁケント」
「うぇ、はい……たぶん……」
油断しているところに、突然振らないでほしいんですけど。
まぁ、やる事はやってますし、最近はベアトリーチェとカミラを優先していますから、遠からず吉報をお届けできると思いますよ。





