戴冠式(前編)
『ケント様、時間ですぞ』
「んあ……もぅ朝か、ありがとう……それと、明けましておめでとう」
元日の朝は、ラインハルトに揺り起こされて始まりました。
明け方近くまで、クラウスさん、唯生さん、アウグスト義兄さんと飲み明かしていたので、寝不足アンド二日酔い状態です。
「えっと、自己治癒……ふぅ、スッキリした」
自己治癒魔術を使うと、とりあえず二日酔い状態からは解放されました。
風呂場に移動して、朝風呂を浴びて身支度を整えました。
本日は、バリバリ余所行きの服装です。
クラウスさんたちは、起きられそうもないので、女性陣と新年の挨拶を交わし、朝食を済ませました。
「マリアンヌさん、美香さん、アマンダさん、それじゃあ、僕は出掛けてきますけど、ゆっくりしていってください。行こうか、カミラ」
「はい、旦那様」
僕とカミラが、正装して出掛ける先は、リーゼンブルグ王国の王都アルダロスです。
今日は、ディートヘルムの戴冠式が行われます。
カミラを送還する場所は、事前に打ち合わせ済みで、マルトたちが目印を務めてくれて、無事に移動を完了させられました。
「ようこそいらっしゃいました、魔王様、カミラ様、ご案内いたします」
王城の中庭から案内人に先導してもらい、控室へと移動しました。
控室のドアの前で、カミラが案内人に訊ねました。
「すまない、ディートヘルムに会えるか?」
「はい、大丈夫だと思います。先にご案内いたしますか?」
「よろしいですか、旦那様」
「構わないよ、僕も一緒に行くよ」
まだ戴冠式が始まるまでには、少し時間があるので、ディートヘルムに会っておくことにしました。
たぶん、今頃ガチガチに緊張していそうだし、いくらかでも解してやるつもりなのでしょう。
案内人に取り次いでもらい、ディートヘルムの控室に入りました。
「姉上、魔王様、お運びいただき、ありがとうございます」
ディートヘルムは、金糸銀糸の華やかな刺繍に彩られた戴冠式の衣装に着替えを終えていました。
ここに、緋色のマントを羽織って会場へと向かうようです。
「ディー、立派になったな」
「姉上……ありがとうございます、でも、まだまだです。今日が始まりだと思っています」
「そうか、そうだな。だが、このような日を迎えられるとは、魔王様に出会う前には考えられなかった」
「そうですね、魔王様にはいくら感謝しても足りません」
僕がこちらの世界に召喚される前、ディートヘルムには三人の兄がいて、しかも毒を盛られて体調も思わしくなかったので、王位継承権が回ってくるとは思えなかったのでしょう。
「僕が居なくても、あの三人はいずれ自滅していたと思うよ。まぁ、国が亡くなっていたかもしれないけどね」
ディートヘルムの兄たちは、第一王子派と第二王子派に分かれ、派閥争いを繰り返していました。
国を二分する派閥争いを利用して、アーブル・カルヴァインが国家転覆を計画していたので、僕が居なかったら、バルシャニアに取り込まれていたかもしれません。
「本当に、この王城でアーブルと対決した時のことを思い出すと、今でも背筋が凍りそうになります。魔王様がいなければ、私も、この国も、アーブルの魔の手に落ちていたかもしれません」
実際、アーブル・カルヴァインの目論みは、あと少しという所まで進んでいて、宰相や騎士団長すら取り込まれていました。
「そのアーブルも、ようやく成仏したし、バルシャニアとの国交も正常化したし、ディートヘルムの前途は明るいよ」
「はい、新しい鉱山も本格的に稼働を始める予定ですし、魔王様には穴ウサギの件でもお世話になりました。いくら感謝しても足りません」
「まぁ、僕はディートヘルムのお義兄ちゃんだからね。頼りきりでは困るけど、困った時には手伝うよ」
カミラの弟であるディートヘルムは、僕にとっても大切な弟ですから、手を貸すなんて当たり前ですよね。
「失礼いたします、グライスナー侯爵がお見えになりました」
「入っていただきなさい」
ディートヘルムの指示で控室のドアが開かれると、そこにはゼファロス・グライスナー侯爵の姿がありました。
「これはこれは、魔王様、カミラ様、ご無沙汰しております」
久しぶりにカミラと対面し、グライスナー侯爵は相好を崩しました。
「久しいですね、健勝ですか?」
「はい、ラストックの水害では、魔王様に多大な支援をしていただきました。心より、感謝申し上げます」
「いいえ、災害に遭った人々を助けるのは当然のことです。その後の目覚ましい復興は、民衆の力を引き出したグライスナー家の皆様の手腕のおかげでしょう」
「カミラ様に、そう言っていただけるなら、愚息たちも少しは成長したのでしょう」
ゼファロスさんは、ディートヘルムの後見に力を注ぎつつ、グライスナー家の家督を譲り渡す準備を始めています。
グライスナー領全体の運営は長男のウォルターに任せ、ラストックの復興、運営は次男のヴィンセントに任せているそうです。
まだ隠居するには早いんじゃないですかと言ってみたのですが、新しい王の時代に、いつまでも古い人間がしがみ付いているのは良くないと思っているそうです。
これからのリーゼンブルグ王国は、ディートヘルムを中心として若い世代で盛り立てていってほしいというのがゼファロスの希望のようです。
「ディートヘルム様、お支度は整っておりますか?」
「うむ、問題ないぞ」
「式次第の確認をなさいますか?」
「心配するな、ゼファロス。ずっと緊張し続けてきたから、緊張することに疲れてしまった。今はもう開き直っておるぞ。私が間違えたら、上手く合わせるように言っておいてくれ」
「ははぁ、かしこまりました」
ゼファロスさんと話すディートヘルムは、良い感じに力が抜けているように見えます。
以前のディートヘルムならば、ガチガチに緊張して身動きもままならなかったでしょう。
「カミラ、少しは頼もしくなったんじゃない?」
「どうでしょう、まだまだ心配です」
そう言いながら、カミラも穏やかな微笑みを浮かべています。
この世界に召喚されて、本当に色々なことがありましたが、この姉弟を助けられて良かったと思っています。
「あとは、妃選びかな?」
「そうですね、せっかくリーゼンブルグの血が引き継がれたのですから、ディーの息子が王家を引き継いでいけるように、妃選びは重要ですね」
戴冠式が始まるまで、僕らのために用意された控え室に戻る道すがら、その辺りのことをゼファロスさんに訊ねてみました。
「ゼファロスさん、ディートヘルムの婚約者選びはどうなっているのですか?」
「リーゼンブルグの貴族の間でも、ディートヘルム様は、その……王位を継承されると思われていなかったので、有力家の子女に丁度よい年頃の娘がおりませんで……少々難航しております」
リーゼンブルグでは、第一王子派と第二王子派に分かれて、国を二分する派閥争いが行われていました。
その際に、自派閥の結束を固めるために、政略結婚が繰り返されていたそうです。
当時のディートヘルムは、毒を盛られて病弱だと思われていたのと、一応第一王子派ではあったものの、積極的に関わっていなかったので蚊帳の外になっていたようです。
同じ年頃の令嬢は、殆どが婚約を済ませてしまっていて、吊り合う令嬢がいないようです。
「ディートヘルム殿下も健康になられましたし、早く良い相手を探さねばと思っております」
「結婚相手選びは王妃選びでもあるから難しいでしょうが、良い相手を探してあげてください」
さて、式が始まるまでカミラに膝枕でもしてもらって、控室でちょっと仮眠させてもらっちゃおうかなぁ。





