兄様の妹愛は、今日も私を悩ませる。
―半年後。
「で、お前はその時にも颯弥の軌道修正に失敗したと? 」
全ての顛末を聞き終わった青年が、あやめに呆れたようにそう言った。
裸電球がぶら下げられた、広さは無いが書院造りの畳の部屋の中、火鉢の中の炭が赤々と燃えている。
その前で胡坐をかきながら、新聞に目を通しながらあやめの言葉を聴いていた、端正の容貌をした着流し姿の青年は、何とも言えぬ表情であやめを見た。
戸に嵌め込まれた硝子ごしには、縁側に面した庭に植えられ、葉の間に色鮮やかな紅い実をつけた、南天の細い木と、日没と共に空から落ち始めたしんしんと降り続いている雪が見える。
雪が作り出す趣のある庭の風景に見とれ、雨戸の一部を閉めずに、ふたりは先程から部屋の中から、外の雪景色を眺めていた。
今夜は特に強い寒気が流れ込んできているようで、まだ春の便りは遠い。
降り続く雪に目を向けたまま、不意に青年が、あやめに言った。
「あのな……今の話を聞いていて思ったが、お前、先に気が付けよ」
「えっ、何がですか? 」
「颯弥の妹愛は筋金入りだろうが。あれは最初から直るとか直らないとかの、次元の問題じゃないだろ。お前は言われたことを素直に受け取り過ぎなんだよ。あいつの言う、無理やりな理屈をそのまま信じやがって! いいか、覚えておけ! お前は簡単に相手の言葉を信じ過ぎだ! 」
「……それはそうかもしれませんけど。でも私にとってはたった一人のかけがえのない兄なんですよ?! 身内である以上は、なるべくなら更生して正しい道を歩んでほしいと願うのは、ごく当たり前のことではないですか! ……成果は一向に出ていませんけど」
「そこまで散々追い回されていて、よくその言葉が言えるな。ある意味感心するが……俺からすれば、お前のその情の深さは、既に危ない域に達しているようにしか見えんが」
「……」
「それはそうと、お前、俺の部屋によく来るな。そんなに俺の近くがいいのか? 別に俺は構わんが。特に今夜は冷えるから、何なら夜明けまでこのままここにいても……」
語尾を濁しながら、青年が眼を逸らしつつそう言い掛けたのを、あやめが顔を真っ赤にして遮った。
「なっ、変な決めつけはやめて下さい! ここに居れば、兄様が絶対近付いてこようとしないから、ただそれだけの理由ですよ! 」
「……だろうな」
青年が目の前の少女に気付かれぬよう、ため息混じりに肩を落とす。
「……? 」
「桜が咲いたら、今度は俺がお前を連れていくか」
不意に青年が独りでに呟いた。
「……? 偕人さん、何か言いました、今? 」
「……いや、何も。気にするな」
冷めた目で返しながら、青年がまた雪が降りしきる庭に目をやった。
暗がりの中、庭に植えられた寒緋桜の蕾が膨らみかけていた。
―まるで、今のふたりの間にまだ来ぬ遠い春を待つように。
青年は花の姿に、自分達の姿を重ね合わせながら、先程と同じに少女に気取らせぬよう、一向に届かぬ自分の中の想いに、再び緩いため息を吐きだした。