青信号にはご注意を。
以前、フォレストノベルに掲載した作品です。年上の彼の急な転勤に彼女はどうするのかーー。
「……ごめん」
ハンドルを握る隣の彼は、唐突にそう言葉を溢した。その言葉の意味は、考えなくても分かるもので、私は苦笑するしかない。
「謝らなくていいよ」
「…でも」
「あのねえ、仕事なんだからしょうがないでしょ?」
窓の外を見ながらのんびりと言うと、彼は沈黙を返した。外はもう薄暗く、時の流れの早さを感じる。でも、だって、ほんとにしょうがないよ。
――恋人である彼の転勤。それがこの妙な空気の原因。
「……相変わらず聞き分けが良すぎるね」
静かに止まった振動と共に発せられた言葉。つられるように、隣を見れば赤信号を見つめる寂しげな顔があった。まるで、何かを諦めるような。なんで、そんな顔するかな……。
「私、そんなに聞き分けいい?」
「良すぎるよ。いつもしょうがないって言って僕を許す」
「仕事なんだから許すも何もないでしょ?」
「……君らしいね」
小さく息を吐き、彼は再びアクセルを踏んだ。音楽も、ラジオも、何の音もない車内の空気は重い。でも私は、至って冷静でいつもと変わらなかった。だって、付き合うことになった時から決めてたから。
「……僕達」
「私、遠距離だけは絶対無理」
気まずそうに切り出された言葉を遮って、素早くはっきりと告げた。息を吸った音が聞こえたあとに、小さな、うん、という声に私はすぐさま言葉を紡ぐ。
「会いにきてもらうとか、会いに行くとか、面倒くさい」
「そう、言うと思ってた……」
「うん。だから」
――再び現れた赤信号。静かなブレーキ音。そう、決めてた。だから、だからね。
「そっちにある大学行くことした」
「は?」
空気が大きく変わった。
「……え、今なんて」
「ぷは……っ!なんて顔してんの?間抜け面―」
真ん丸と目を開き、こっちを向くアホ面に思わず噴き出す。珍しいくらいに、動揺してる。でも、これくらいしてやらないと。聞き分けがいい?だって?残念ながら、私はそんなにいい子ちゃんじゃないんだよ。この際、このお人好しなアホ彼氏くんに分からせてやろう。
「転勤で別れるなんて選択肢は私にはないよ。そんな生半可な気持ちで付き合ってるわけじゃないし、私の気持ちを無視されたら困る。仕事なんだから仕方ない。だから私が追っかけるだけ。元々、まだ志望大とかないし、無理して合わせてるとか思わないでね。私が大学考えようとしてるときにうまく重なっただけ。分かった?私はどこまでもついていく女なんだからね。それが嫌なら今すぐにでも、どーぞ振って下さいな」
ツンと人差し指で彼の額を突き、一気に言い切った。もちろん、最後にはとびっきりの笑顔もつけて。不純だと思われるかもしれない。でも、いい。決めてたんだから。
「……あ、青信号」
「え……っ、あ!」
後ろの車にクラクションを鳴らされ、慌てて車を発進させる姿に、ただただ笑う。
「もう、安全運転してよねー」
のんびりと、いつもと変わらない口調でそう言えば、彼はやっと笑って。
「君がとなりにいる限り安全運転しかできないよ」
それは、いつもと変わらない優しい声。だから私は、離れられない。
「僕は幸せ者だね」
いつだって
いつまでもそばにいて
そばにいてあげる
私は
「私の方が幸せ者ですー」
――あなたの隣にいたいから。
fin
読んでいただきありがとうございました。誰が隣にいても安全運転しましょうーねー。