24 護衛の始まり
ゲスールが連行されたため、シロノ達は教会に情報を流す手段を失った。
「あいつ、なかなかの逃げっぷりだったが、持久力はないのか? 鎧を着込んだ騎士に追いつかれるとは思えなかったが」
「リブも見てたの?」
「見てたというか、私に悪戯しようとする変態に間違われていた」
「リブさんをですか? それはまた、命知らずな……」
「どうしよう……ミラルダは教会に知り合いとかいない?」
「いえ、生憎教会には子供の頃に行ったきりなので。仲間だった僧侶なら伝手はあるかもしれないのですが、既にどこにいるか分かりませんし」
シロノとリブの頭に「いいっすよ!」と笑うテッタの顔が思い浮かんだ。
3人はゲスール達の拠点に向かう。
途中、ミラルダが疑問を口にする。
「リブさんが詰め所に行って、ゲスールさんの身の潔白を証明した方が確実なんじゃないですか?」
「いや、本当に変態かもしれん。奴の趣味を仲間から聞き出してからでも遅くはないだろう」
リブはきゅっとシロノの手を握った。
ゲスール達の拠点に着くと、庭先でテッタが洗濯物を干していた。
シロノが声をかけると、テッタは洗濯籠を抱えながらやってくる。
「おはようございますっす。どうしたんすか? 兄貴達ならいないっすよ」
「シイフもいないの?」
「そっす。猫の餌やりとか、犬の餌やりとかっす。そっちのお兄さんは、もしかして『一撃』さんすか?」
「ああ、俺の名前はミラルダ。シロノさんに挑み」
「ミラルダ、今その話はいいから」
「あ、はい」
「テッタ、教会に知り合いとかいない? 魔法を教えてくれそうな人を探してるんだけど。できたら魔力が低いボクでも使えるのがいいな」
「どれくらい低いんすか? 人並みすか?」
「へっぽこ」
テッタは眉を寄せる。
「ちょっと待っててほしいっす」と言って、家の中に走っていった。
しばらくして、1冊の本を持って戻ってくる。
開いたページには、手の平くらいの大きさの魔法陣が書かれていた。
「これに手を乗せながら『風よ吹け』って唱えてほしいっす」
「分かった。『風よ吹け』」
「……もう一度お願いするっす」
テッタはシロノの前に手をかざしたり、髪の毛を抜いて揺れる様子を見たりした。
何度か繰り返した後、テッタはシロノの魔力はかなり低いと言った。
「申し訳ないっすけど、教会で習える魔法は人並み以上は必要になるっす。ダクネ神父なら知ってるかもしれないっすが、たぶん下らないから覚えるだけ無駄っす」
「ダクネ? 何者だそいつは」
「しょうもない魔法ばかり使う、変わった神父っす。人の良い爺さんに見えるっすが、騙されちゃ駄目っす」
あっしも何回実験台にされたことか、とテッタは嘆く。
「悪いがそのダクネとかいう神父に、シロノでも使える魔法がないか聞いてみてくれないか? 覚える価値がないかどうかは、こちらで判断したい」
「あまり気が進まないっすが……シロノさんにはオークで大分儲けさせてもらったんで、聞いてみるっす」
「ありがとう。テッタ」
「いえいえ。ちょっと行ってくるっす」
テッタはどこかへ走り去った。
「ゲスールに頼む手間が省けたな」
「うん。だけど、ゲスールの趣味を聞きそびれちゃったね」
「まぁ、別にいいだろう。ミラルダ、実際には何もしてないんだ。牢屋にぶちこまれたとしても、すぐ出てくるんだろう?」
「……そうですね。酔って暴れた仲間は1晩で出てきました」
「なら問題はない。今回は運が悪かったと思って諦めてもらおう」
シロノ達はギルドにやって来た。
テーブル席に3人組、モノクルの男性の前に2人並んでいる。
筋肉達磨ことマシブもローブを着た茶髪の女性を相手にしている。
マシブはシロノ達に気づくと、手を振ってきた。
「おお! 丁度いいところに来たな!」
「おはよう、マシブさん。どうしたの?」
「おう! この言語学者の姉ちゃんを迷宮まで護衛してやってくれねえか? 僧侶もできるから、怪我してもこれ以上借金は増えねえぜ!」
「シロノさん、やりましょう」
「別にいいけど、安そうならミラルダ1人でやる? ちょっと行って帰ってくるだけでしょ?」
女性が振り返った。
30代で化粧のやや濃い美人だ。
女性はカードのような物を渡してきた。
言語学者アヌアと書いてある。
「アヌアよ。実は寝坊しちゃって、調査隊に置いてかれちゃったのよね。たぶんまだ迷宮に入ったばかりだと思うんだけど、彼らの所まで送ってほしいのよ」
「迷宮は建物系だってのは分かってる! 入り口に案内もあったみてえだから、迷うことはないはずだ!」
「報酬はいくらですか?」
「1人につき5万ジーだ! 馬もこっちで用意する。早ければ昼過ぎには帰ってこれるはずだぜ!」
「マシブ。その馬に私とシロノは相乗りできるか?」
「余裕だぜ!」
「よし、引受けよう」
馬はギルドの前に繋がれていた。
ミラルダとアヌアはそれぞれ1頭ずつ、シロノとリブは一緒に1頭の馬に乗る。
見よう見まねで鞍に跨るシロノ。
リブはひょいと軽く跳躍して、シロノの後ろに跨った。
後ろからぎゅっと抱きしめたかと思うと、すぐに降りてしまう。
今度は前に乗り、シロノの腕を自分の体に回した。
「後ろもいいが、前の方がいいな」
「リブ、これじゃ手綱が持てないよ」
「私が持とう。アヌア、先頭を走って案内してくれ。おい馬! 前の奴を追え!」
前を走るアヌア。
シロノ達が乗った馬は、素直に後を追うように走り出した。
ちょっとミラルダには理解できなかった。
「マシブさん。あの馬、人の言葉が分かるんですか?」
「いや、前にいる雌馬の尻を追っかけてるだけだ」
「ああ……なるほど……」
ミラルダは馬の腹を蹴った。




