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エピローグ

 超越者たちは、幕引きの裏側で語る。


「それで、少しは気が済んだかなぁ? 御剣東子?」

「うるさい黙れ、堕落仙人――――いや、柏木かしわぎ 美月みつき

「なははは、その名で呼ぶなよ、捨てた名前だ」

「…………マクガフィンは、あいつは、ある意味、お前を待っていたんじゃないか?」

「違う、違うよ。諦めてしまった者など、彼女は求めていない。求めていなのは、どうしようもない過去の残影さ。けれど、そうだねぇ…………彼の英雄が彼女の傍に居て、看取ってくれたのは、まぁ、嬉しかったかなぁ……」

「…………そうか、ならいい」

「なはははん。湿っぽくなっちまったねぇ、アタシたちらしくもなぁい。明るく未来の話でもしようぜぇ、旧友……ってなわけで、これからどーすんの?」

「どうもしない。今まで通り、世界管理者として動くだけだ。世界管理者として、妹を殺したのだから、せめて、私が死ぬまでそうでありたい」

「…………かたっくるしい、呪いみたいな生き方だー、ほんと。私は、いつも通りだらだらしながらニートしているだけさ。働くのなんてまっぴらごめんだよ」

「そうか」

「そうだとも」


 物語が終わっても、超越者たちは変わらない――変われない。

 何かを超越してしまったが故に、既に存在のあり方を決定してしまったからこそ、超越者たちは変わらず生きていく。

 それが、幸いなのかどうかも、分からずに。



●●●



「うぉおおおおおおう!? ちょっと待て、ヘレン! 男に、男に性転換出来ないって、どういうことだっ!?」

「おちつ、落ち着いてぇ! ケンちゃん!」


 原初神を討ってから数週間後、賢悟はかつてない危機に襲われていた。そう、つまりは男性化についての話である。


「出来ないとは、出来ないとは言ってなぁーい!」

「いやでも、さっきお前が――」

「今すぐには出来ないと言ったのだよん、もぉ!」


 場所はヘレンの地下研究室。

 やっとこさ、最終決戦で負った傷も癒えて、各所への土下座を済んで、ようやく自由に動けるようになった賢悟。そんな彼が真っ先に向かったのは、ヘレンの研究室だったである。もちろん、要件は自身の性転換についてだ。


「いい? 今、ケンちゃんの魂は肉体と強く、強く、結びついているの。何故なら、何度も、何度も、ケンちゃんが瀕死の状態からの復帰を繰り返したからね。君の強靭な精神が何度も、肉体を凌駕して、魂に傷を与えるぐらいまで戦ったから、回復したらその分、結びつきが強くなるのは当然なのだぁーね!」

「うごごご、そんなまさか……今までの激闘が仇になるとは……」

「というか、今生きていられることに感謝するといいよぉ! 具体的には私に超感謝すればいいと思うんだけどなぁ!?」

「ああ、それに関してはマジで感謝してるわ」


 ふふん、と薄い胸を張るヘレンへ、賢悟は素直に礼を言った。

 最終決戦の後、死の淵を全力ダッシュしていた賢悟を引きもどしてくれたのは、紛れも無くヘレンによる医療技術である。科学と魔術が組み合わさった医療技術は、ヘレンという天才が気合いを入れたこともあり、凄まじい効果を発揮して、賢悟を生還させたのだった。

 そのこともあり、賢悟はヘレンには中々頭が上がらない立場だったりする。もっとも、仲間内で頭の上がらない奴はまだ居るのだが。


「うひゃひゃ、どーいたしまして! そんなわけで! 性転換するなら、これから一年ぐらいかけてじっくり準備しなきゃ、駄目だぁーよ!」

「…………一年、後一年か……現時点でも精神の女性化が進んで結構やばいんだが?」

「そこら辺はエロ本でもたくさん読んで、頑張ってください」

「うごごご……」


 真剣にへこむ賢悟。

 どうやら、決戦を戦い抜いたモチベーションの中に、この戦いが終わったら性転換するんだ、というフラグめいた希望があったらしい。それが今、無残にも砕かれてしまったのだ。


「なんとか、なんとか時間が短くならないか?」

「んー、ぶっちゃけテンション任せの天才肌なので、私も出来る範囲で頑張るとしか。あ、でも、私のテンションとモチベ―ジョンが上がる方法は分かるよん?」

「…………えっと、つまり?」

「おへそを舐めさせてください」

「…………」

「定期的におへそをぺろぺろ出来たら、私超がんばれます。多分、最低、半年は時間が時間が短縮可能です、はい」


 真顔で告げるヘレンに、若干引きつつも、賢悟は黙考する。

 変態的行為に対して、ヘレンに対する恩と、自身の利益を天秤にかけて……すると、当然の如くヘレンの方に傾くので、ため息を吐くしか出来ない。


「分かった、だけどそれは夜限定だな。昼間っからそれは勘弁してくれ」

「あいあい! ふぅー! 超やる気出て来たよぉ! あ、ぺろぺろはしないから、おへそに頬ずりしてもいーかな!?」

「…………好きにしてくれ」


 ジャージの上着をたくし上げて、自らの素肌を、形の良いへそを晒す賢悟。すると、ヘレンは目を輝かせながら、顔面を賢悟の腹部に沈ませた。躊躇いの無い、変態行為だった。


「うへへへへぇ」


 すりすりと、頬を賢悟のへそに擦り付けるヘレン。群青色の髪が乱れるのにも構わず、ヘレンはただ、とろんとした目つきでそれを続ける。


「あはぁ……幸せってきっと、こういうことなんだろうねぇ……」

「お前が幸せなら、俺は何も言わんよ」

「うふふふぅ、私、頑張るから……ケンちゃんが美少女と見間違えるほどに綺麗な男性に成れるように頑張るからねぇ」

「待とう、そこは良く話し合おうじゃないか」


 その後、賢悟の必死の説得もむなしく、賢悟は性転換しても外見美少女からは逃れられないことになったらしい。心情的な部分もあるが、技術的な部分で、外見を弄ると魂が崩壊しかけるので難しいのだとか。

 ともあれ、賢悟と変態的な研究者との縁は、これからも続いていく。



●●●



 賢悟が地下から学園の一階へ戻ると、何やら戦闘音が響いていた。どうやら、その戦闘は音の反響から、中庭で行われているらしい。


「……あー、またあいつらか?」


 大体の予想を付けて賢悟が中庭に向かうと、そこには予想通りの光景があった。


「――ちぃ! 少しは強くなったと思ったんだがよ、やっぱり化物かよ、七英雄は」

「フハハハハ! 私に勝つなど、二百年ほど早いのダヨ! ギィーナ!」


 そこにはもはや学園内ではお馴染みとなった、ギィーナとハルヨによる模擬戦の光景があった。どうやら、賢悟が復帰するまでに少しでも強くなろうと、ギィーナがハルヨに頼み込んだのが始まりのようだった。


「あ、賢悟だ! やっほーい、元気ぃ?」

「どうも、賢悟君。すっかり、傷も治ったようで、何よりだよ」


 その傍らには、模擬戦をのんびりと観戦していたルイスと太郎の二人が。 

 二人は良くギィーナと共に居ることが多いので、模擬戦の審判やら、観客になる機会が多いらしい。学園でもトップクラスの戦闘が目の前で繰り広げられているのに、特に気にした様子も無いのはそのためだ。


「うーっす、お前らも元気で何より。あ、ルイスは後で放課後、俺の部屋に来るようにな……そういえば、約束忘れてた」

「あ、うん…………じゃあ、精一杯おめかしして行くね!」

「いや、普通で良い」


 髪がすっかり伸びて、おさげが作れるようになったルイスの姿は、完全に女性その物だった。きっちり女子制服に、ニーッソクス。もちろん化粧もばっちり決めている。どこからどう見ても、その姿は女子だった。

 加えて、賢悟の言葉に顔を赤らめて内またになる仕草など、まさに恋する乙女の様である。


「……え? 何、二人とも。僕の知らない間で、まさかそういう関係に!?」


 そんな二人の様子を見て驚いたのが、太郎だ。

 太郎はずっと賢悟やルイスとは離れて、皇国の戦後処理に走り回っていたので、色々事情を詳しく知れていないのである。

 なので、そんな太郎に対して賢悟は誤解が無いように、と説明を始めた。


「違う。生きて帰ってきたら、キスをしてやる約束をしていただけだ」

「完全にそういう関係じゃん!?」

「あっれー?」


 だが、説明しようがそもそも、事実そのものがグレーなので、意味が無い。疑惑が深まるだけである。


「いやいや、違うよ、太郎。私はほら、そういう感情じゃなくてね? その性的要求を満たすために、エロいキスが欲しくて」

「最低だ! 最低だ、この女装野郎ぉ!?」

「まぁ、そういうわけだ。気にするなよ、太郎」

「気にするよ!? 友達が一人、友達の色香に打ちのめされているのだもの! というか、ルイスはそれでいいの!? 抗っていたのに!」

「……エロスには勝てなかったよ、男子だもの」

「このエロ助ぇ!」


 ぎゃあぎゃあと男子連中が騒いでいる内に、模擬戦の決着はついたようだった。

 ギィーナは無残にも頭から中庭の地面にめり込み、大して、ハルヨは多少チャイナ服が乱れているものの、無傷である。


「ハハハハ、多少は強くなったネ、ギィーナ。流石はあの魔王を倒しただけのことはあるヨ」

「…………ぷはっ! ぜぇ、ぜぇ、それでもアンタにはまるで敵わねぇけどな!」

「心の強さと、実際の強さはまた別物なのダヨ」


 勝ち誇るハルヨに、歯噛みして悔しがるギィーナ。

 どうやら、二人の実力の彼我はまだまだ埋まることは無いようだった。だが、それを当然と思わず、悔しがれるギィーナの負けん気を、賢悟は気に入っているのだ。


「よぉ、ギィーナ。久しぶり、んでもって、元気そうだな、なによりだ」


 一息ついたのを見計らって、賢悟はギィーナへ呼びかける。


「はんっ、テメェが言えた言葉かよ、クソが。大体、完治したってーのに、何だまた私闘禁止をレベッカの奴からくらってんだよ?」

「しゃーねぇだろうが。決戦前に、ちょっとシイと死闘やらかしたのがばれて、すっげぇ説教されたんだぞ? 私闘禁止の他にも、まだ罰則くらってんだぞ、俺? 俺だって、戦えるのなら、戦いたいわ」

「だったらそれまで、腑抜けるんじゃねーぞ? 俺は絶対、テメェよりも強くなっているからな」

「ははは、上等だ、トカゲ野郎。絶対、殴り倒して丸焼きにしてやる」

「女が俺に勝てるはずねーだろ?」

「さっき、ハルヨさんに負けた癖に」

「あれは女性にカウントしな――――」


 言葉の途中で、ハルヨが放った魔力弾に命中し、空高く吹き飛ばされるギィーナ。戦士としては一流かもしれないが、男としてはまだまだデリカシーが足りていない。


「ヤレヤレ、一皮剥けたと思ったのですガ、まだ未熟」


 軽々とギィーナを吹き飛ばしたハルヨは、肩を竦めて一息。

 そして、賢悟を見ると、佇まいを直し、微笑んで告げた。


「ともあれ、おかえり」

「ああ、ただいま」


 賢悟と馬鹿で愉快な仲間たちとの日常は続いていく。



●●●



 賑やかな日中も終わり、時刻は夕暮れ時。


「…………なぁ、レベッカ」

「にゃに? ケンゴ」

「俺は、何時までこの服で居ればいいんだろうか?」

「反省するまでにゃ。海よりも深く」


 賢悟はレベッカからの罰則により、メイド服姿で夕食の準備を手伝っていた。どうやら、賢悟の私闘への罰は、しばらくメイドとして身の回りの事を手伝う、と言うことらしい。


 レベッカとしては、他に雇っているハウスメイドの邪魔になるようだったら少し灸を据えて、後は違う罰則にしようと思っていたのだが、思いのほか賢悟はメイドとして働けていた。普段からリリーが傍にいることと、ハルヨの店で働いていた経験から中々筋の良いメイドになっているらしい。メイド長から、地味にメイドの秘伝の技を幾つか伝授されているぐらいだ。


「分かった、反省する。私闘は……出来る限り、こう、な? 落ち着くようにするから」

「まだ怪しいにゃ。しばらくはそのまんまにゃあ。ということで、さっさとご飯の準備をするにゃー」

「はいはい、分かりましたよ、お嬢様」

「そこはお姉ちゃんだにゃ!」

「なんでだよ?」


 賢悟がメイドとして働けば働くほど、レベッカが妹扱いして来る弊害である。

 何にせよ、賢悟が自分勝手な理由で決戦前に私闘ならぬ死闘をしていたので、その罰は甘んじて受けているようだった。


「あははは、お姉さんも大変だね?」

「鈴音。お前まで、そんな事を…………」


 そんな賢悟のメイド姿を見て、おかしそうに鈴音は微笑む。

 鈴音は決戦が終わってから正式に、賢悟の妹という扱いになった。正確に言えば、賢悟も鈴音もレベッカの権力によって、アヴァロン家の養子という扱いになっているのである。きちんと戸籍も獲得してあり、今後、生活していく上で問題は何もない。


 生活費も、賢悟がエリの魔術研究を引き継いで稼いでいく予定のようだ。アヴァロン家は生活費も当然の如く出そうとしたらしいが、そこだけは賢悟が譲らなかったのだとか。


「冗談だよ、お兄さん。ま、お仕事頑張ったら、後で私の猫耳触らせてあげるから」


 今ではすっかり、鈴音は短パンTシャツという少年染みた格好から、綺麗なドレスを纏った美しい少女へ変貌した。故に、時々妖しい仕草で賢悟に耳打ちしたりしてるのだが、その内容は主に猫耳を触らせてあげるとか、そういう内容だ。


「マジで? やったぜ、もふもふだ」

「にししし、待っているから、頑張ってね、お兄さん」

「おうともよ」


 にこやかに鈴音へ頷いて、賢悟はメイド業務へ張り切って挑む。

 なお、賢悟が猫人族にとって猫耳を触るということは、へそを舐められるのと同じような意味を持つと知るのは、まだ先の出来事である。

 奇妙奇天烈ながらも、楽しい賢悟の日常は続いてく。



●●●



 夜も深まり、誰しも寝静まった頃、賢悟は一人で部屋のベランダに居た。


「…………」


 無言のまま、下弦の月を眺めて、ほぅと吐息を漏らす。

 遠く、遠く、もはや帰っても意味の無い故郷を想って。


「夜風は体に毒ですよ、賢悟様」


 すると、いつの間にか賢悟の傍らには銀髪のメイドが。静かな笑みを湛えて、賢悟の隣に寄り添うように佇んでいた。


「大丈夫だ、俺は夜風如きに負けねぇ」

「そういう問題ではありませんよ」

「はは、知ってるよ…………つーか、どうしてまぁ、こういう時に来るのが決まってお前なんだか」


 苦笑して、賢悟は奇妙な安堵を得る。

 どういう理屈かは不明であるが、賢悟がふと寂しい想いになると、何故か何時もリリーが傍らに居るのだった。そして、賢悟は最近、それが嫌じゃない。


「もちろん、愛の力で御座います」

「言うと思った」

「ええ、私もそう言われると思っていました」


 賢悟とリリーは揃って苦笑した。

 最初は最悪に近い出会いであったというのに、よくもまぁ、ここまでお互いを許せた物だと笑って、笑って。



「賢悟様、貴方を愛しています――――ずっと、お傍に居てよろしいでしょうか?」

「勝手にしろよ、俺もそうする」



 賢悟はぶっきらぼうに、けれど優しくリリーの肩を抱き寄せた。

 リリーは、賢悟へ寄りかかるようにもたれかかって、静かに瞼を閉じる。その温もりを、鼓動を、吐息を、何時までも感じて居たいから。


 賢悟と、愛しい人の日常は続いていく。

 彼の終幕はまだ降りない。

 けれど、これより先は彼自身の物語だ。

 だからこそ、彼の幸福を祝いながら、神殺しの物語の幕を引こう。その向こう側では、彼が勝ち取った日常が続いていくと知りながら。

 この時を、他愛ない物語の終点としよう。


 ――――では、全ての物語の終幕に、福音があらんことを。



            Happy End!!


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