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第28話 意地と本気

 なぜ、こうなってしまったのだろう?

 ガエシアは激闘の最中、何度も己自身に問いかける。


「あひゃひゃ! 攻撃パターン解析ぃ! エイジスが補助するから、前衛の皆さぁん! どんどん攻めちゃって!」

「はっ! 余計な真似を――って強がれる状況じゃねーな、これは! くそ! 素直に感謝する!」

「よし、我々も総攻撃だ! 学生に後れを取るなよ!」

『応っ!!』


 矮小で脆弱だったはずの人類が、今、魔王であるガエシアを追い詰めている。

 莫大な魔力と、超速度による再生。加えて、ある程度の自立行動が出来る分身の創造。この三つの能力だけでも、ガエシアは規格外の存在であるはずだ。

 けれど、莫大な魔力を所有していたとしても、中位以上の魔術の発動を阻害されれば、あまり意味は無い。超速度による再生も、決して不滅という訳では無い。過剰な戦力によって押し切られれば、滅せられる。分身をいくら創造したところで、ギィーナと衛兵たちによる連撃によって瞬く間に撃破されてしまう。


 そして、僅かずつではあるが、ガエシアは押されていた。

 もはや慢心を捨て、全力を尽くして戦っていると言うのに、未だ人間たちを殲滅できず、互角……否、劣勢になりつつあるのだ。


「馬鹿な! 馬鹿な!」

「どうして我が、こんな!」

「蹂躙するはずだったのに!」


 発声器官を持たない本体の代わりに、端末たちが苦悩の声を上げる。

 ガエシアにとっては本来、こんなものは王国と戦う前の前哨戦。ただの余興に過ぎないはずだった。弱い人間を嬲って、あっさりと仕事を終わらせて、悠々と凱旋する。そんな栄光に満ちた未来を思い描いていた。

 しかし、それがどうだろう?

 王国の精鋭たちと戦うどころが、ただの学生たちと衛兵数人に良いようにしてやられている。

 屈辱だった。

 今にも悶死してしまいそうなほどの、恥を受けていた。

 己で、己を殺してやりたいほどの不手際だった。


「…………いえ、ここまで来たら、もう認めますわ」


 だからこそ、ガエシアの精神性は、此処に至って成長を遂げる。

 生涯初めてと呼んでも差し支えない屈辱と、目の前に迫る敗北。その二つに追い詰められたガエシアは、ついに観念したのである。


「人間、お前たちは強い。このままだと、我が負けることになるだろう」


 急に動きを止めた端末の言葉に、パーティメンバーたちは訝しげに様子を伺う。

 このまま『隙ありぃ!』と攻めるのも一つの手だったのだが、どうにも、ガエシアからただならぬ決意を感じたのが、様子見に徹した理由だった。


「賢い判断をすれば、我は此処で引くべきなのでしょうね。恥を学び、慢心を捨て去って、次回の襲撃の糧とする。なるほど、あの道化の予定ならば、そうだったのかもしれないわ」


 ガエシアは観念した。

 己の傲慢と無知を認め、恥じた。

 そして、一つの決断を下したのだった。


「けれども、我とて魔王の一角。そう、こんな無様を晒した挙句、その誇りまでは捨て去ることは不可能なの。だから、そうね…………『本気』を出すことにしたわ」


 ガエシアの言葉が終わるやいなや、レベッカの直感が最大警報を鳴らす。


「まずいわ! 総員、全力で攻撃しなさい! あいつが何かを為す前に!」


 レベッカの言葉を受けて、パーティメンバーと衛兵は躊躇わず総攻撃を開始した。だが、ガエシアは彼らの攻撃に対して、一切の抵抗をせずに無防備だった。

 魔術も、刃も、全てその身に受けて、本体への攻撃も、魔力障壁で防御することすらなく通す。自殺願望の如き、生を諦めたかと思われる行動。

 それでも、レベッカの脳内に鳴り響く警報は止まない。

 あの魔王は何かとんでもないことをしでかそうとしている。直感が告げる最悪に対して、少しでも抗おうと攻撃を続けるのだが、


「死に花咲かせて――――彩りなさい、我が種子たちよ」


 それよりもガエシアの覚悟が起こした結果の方が早かった。

 ばふんっ、という気の抜けた空気の音。それは、本体であるガエシアの球根が粒子状に分解されて、舞い散る音である。


「流転よ、風を起こせ!」

「あひゃひゃ! 結界ばーん!」


 警戒を重ねていたレベッカとヘレンの反射的な行動。それは、風によって舞い散る粒子を弾き、結界によって仲間の安全圏を確保する防御策だった。

 それにより、仲間たちにはガエシアがまき散らした粒子は一つたりとも触れることはなかったのだが、もちろん、ガエシアの目的はそれでは無い。

 粒子がまき散らされて、数秒ほど経った後、周囲にぼこりと幾千もの芽が生えて来たのである。地面、路面、あるいは街灯の金属面。あらゆる物質を問わず、万物の根源であるマナを変換し、発芽したようだ。

 そしてそれは、瞬く間に成長してく。


「あれは不味いわ!」

「あー、そだねぇ、ガチやばだねぇ」


 いち早く状況を理解したのは、レベッカとヘレンの二人。

 魔術の知識に秀でた二人は、ガエシアが放った最後の術式を瞬時に理解し、その脅威を読み取った。

 ガエシアの本気。

 それは、己の本質――即ち、花……『植物を司る魔王』としての本領を発揮することだ。そのためには、余計な自我など必要ない。存在を統合する本体など要らない。必要なのは、生存競争において、他を圧倒する繁殖能力のみ。

 大蛇が這うがように、茎が脈動する。

 芽が次々と、場所を問わずに生え、根を伸ばし、大地を浸食する。

 やがて、色とりどりの花が咲けば、再び種子を巻き、さらなる繁殖を行う。

 植物としての基本行動、莫大な魔力が尽き果てるまで行うだけの術式。されど、それだけに特化しているが故に、繁殖力は莫大だ。このまま浸食範囲が増大すれば、一時間も待たずに王都全てを花々が覆うだろう。


「何としてもこの場で食い止めるのよ! でなければ――もう、武力をもって解決するのは不可能になるわ」


 レベッカが覚悟を決めた表情で紅蓮を生み出す。

 この場において、植物に対する殲滅力が特化しているのは、紅蓮の劫火を操るレベッカのみ。ヘレンの結界能力も、一時的に花の繁殖を区切れるが、やがてそれすらも浸食してしまう。故に、レベッカの判断が王都の未来を決定すると言ってもいい。


「私の最大火力で全てを焼き尽くす! だから、詠唱が終わるまでにこの結界内から、花たちを逃がさないようにして!」


 レベッカは猫耳をぴんと立てて、メンバーに号令を下す。

 己の最大火力で結界内全ての種子を焼き尽くす。そのためには、詠唱の間、僅かな時間だけでも莫大な繁殖能力を止めなければならなかった。

 そして、その役割は前衛に――ギィーナへと託されたのである。



●●●



 魔王シイと戦った後、ギィーナに残ったのは後悔にもならない敗北感だった。

 ああしていれば、もっとこうしていれば。そんな仮定を描くことすら無意味なほどの、圧倒的な敗北。純然たる実力差。今のギィーナでは、いや、今からどれだけ訓練を重ねれば追いつくのか、それすらも分からない力の果て。

 例えるのなら、ゴールの見えない荒野を、これからずっと歩き続けなければならないような、絶望感がギィーナの胸の中にわだかまったのである。

 その絶望と無力感に押しつぶされなかったのは、ひとえにライバルである賢悟に対する反抗心のおかげだった。


 素の実力では、ギィーナと遜色ない程度ではある。だが、ギィーナは賢悟に対して、妙な底知れなさを感じていた。肉体が変わったことで、制限を受けていることは知っていたが、それとは別に、何か自分よりも遠く、『荒野の果て』を掴んでいるような風格。そしてそれは、ルイスの支援魔術によって強化された姿で、賢悟は証明した。

 自分が足下にすら及ばなかった相手に、互角以上の戦いを繰り広げた賢悟。

 自分では到底制御できなかった力の奔流を乗りこなし、見事に死線を潜り抜けた英雄のような女――中身は男。

 負けられるものか。

 賢悟の武勇伝を聞いた後、ギィーナの全細胞がそう叫んでいるような気がした。

 普通であったのなら、あいつは特別だから、異常だから仕方ない、と割り切っているような所業を為した存在。けれど、ギィーナは自分自身で思っていたよりも、どうやら負けず嫌いだったようで。

 だからこそ、この窮地の場面において、このような選択をしたのである。


「ルイス。俺に対して全力で支援魔術を掛けろ。賢悟にした時と同じ、いやそれ以上でも構わん。俺の身体能力を最大まで上げてくれ」


 ギィーナは衛兵と共に、溢れかえる緑の浸食を槍で払っていた。

 しかし、どれだけ素早く、力強く槍を扱おうが、緑は多少破れたり千切れたりした程度では、浸食を止めない。下手をすれば、ギィーナたちの体に発芽し、魔力を奪うだろう。

 故に、ギィーナは一つの賭けに出たのである。

 己の体が壊れることを覚悟で、ルイスの支援魔術による身体強化を込みにした奥義で、眼前を総べて塵へと還す。一旦、その浸食が全てリセットされるほどまで。


「ギィーナ君! でも、私の支援魔術を、今までだって一度も……」

「うるせぇ。今までが駄目なのがどうした? 過去なんて関係ねぇ。今、俺がそれを成功させれば、全部チャラになるんだよ」


 少なくとも、とギィーナは言葉を繋げて、苦々しく吐き捨てる。


「あの馬鹿女なら、絶対そうするぜ」

「…………この、負けず嫌い」

「何とでも言え」


 ギィーナの覚悟の込められた視線に、ルイスは観念するように息を吐いた。


「流転は活力を作る――――風よ! 抗う者の背を押せ!」


 魔道杖による詠唱破棄。

 加えて、予め精緻に組み上げていた術式は、ルイスの魔力を貪欲に吸い取り、かつてないほどの身体強化をギィーナへ施す。


「行ってきなよ、馬鹿。君の力を示して来い!」

「応っ!!」


 体中に漲り、はち切れそうな活力。

 ギィーナはそれを必死に制御し、一瞬たりとも集中を途絶えさせない。むしろ、時間を立つにつれて、深く、深く瞑想の如く集中を高めていく。


「俺が消し飛ばす! その後に、最大火力を打ちこめぇ!」


 返事は求めない。

 ただ、生涯最高の技を為すために、ギィーナは槍を振るうだけだ。


「――ぁ!」


 僅かに力んだだけでも、腕の肉が避け、血しぶきが舞う。

 されど、それは未熟の証拠だと受け入れ、ギィーナは挙動を止めない。目指す領域は、ただの刺突で千の刃を生み出す境地。

 エルメキドン流槍術の奥義の一つにして、賢悟が拳で行った絶技。

 それを今ここで、成し遂げる。


「あぁああああああああああっ!!」


 喉が張り裂けんばかりの咆哮。

 技には不要なそれだが、叫ばなければ意識が飛びそうなのだ。それほどまでに、ギィーナの全身は、激痛に塗れている。しかし、激痛に塗れようと、叫ぼうとも、成し遂げられれば真実だ。

 ギィーナが放ったその刺突は、確かに千に別れた。

 たった一度の行動の情報を溢れさせ、周辺世界に誤認識を起こすことによって生じるバグ技。それは確かに放たれて、沸き立つ緑の大地を穿つ。

 たった一撃でも、大きく大地を抉り取ることが可能な一撃。それが、千に別れて襲い掛かるのだ。それはもはや、刺突による『破壊の壁』に近い。


「エルメキドン流槍術、奥義――――千刃葬送」


 己の意地によって完成した奥義を、ギィーナは血が滲んだ声で告げる。

 ギィーナの奥義によって、膨大な緑の浸食は一時的に全て吹き飛ばされ――


「魔人の右手よ!」


 既に詠唱を完了したレベッカが、己の最大火力を放つ。


「愚者を喰らえ!」


 神世から召喚、形成された《灼熱魔人の右手》が結界内の種子を全て焼き尽くす。それは、味方すらも焼き尽くしてしまいそうな大火力だが、幸いなことにヘレンによる空間制御によって問題をクリア。

 よって、紅蓮の劫火は敵対者のみを滅ぼし、焼き尽くす。

 いかに魔王の全力の術式と言えど、神世に存在する魔人の劫火を受ければ、問答無用に焼き尽くされ、破壊される。


「はっ、わりぃな、魔王様よ。どうやら、俺たち人間の意地の方が上だったらしい」


 大の字に倒れ、夜空を仰ぐギィーナの呟き。

 それこそが、花の魔王ガエシア・エゼン・ムーンを討ち取った何よりの証拠だった。

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[一言] 魔王が一人脱落( ˘ω˘ )
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