第26話 強き者たち
魔王。
魔物を総べる王。
呪いを受けて生まれた魔物の中でも、特に強い個体を示す名称である。
種族ごとに強さの質は違ってくるが、それでも、魔王は魔物とは一線を画する存在だ。例え、上級の魔物であったとしても、魔王と比べると塵芥に過ぎない。それほどまでに、魔王と魔物の間には深い隔絶がある。
現代社会において、魔物が駆除されるべき害獣であるのならば、魔王は災害である。
いくら文明が発達したとしても、自然より来たる災害はどうしようもない。そう、魔王とはそのどうしようもないような規模の破壊を振りまくような存在なのだ。
「流転は炎を起こす。火鼠よ、僅かな火種を食い荒らし、大地を焼け」
「流転は雷を呼ぶ。雷獣よ、太鼓の轟きと共に、天より来たりて空を割れ」
「流転は氷結を誘う。氷精よ、いと冷たき息吹を持って、緑を枯らせ」
炎が地面を這うように迸る。
紫電が空を割って招来する。
氷雪が舞い、生ける者たちの体温を奪う。
三つの異なる属性の魔術。
それをガエシアはほぼ同時に放っていた。いや、正確にはガエシア『たち』という表記になるのだろうが。
ガエシアは本体である球根から根を伸ばし、さらにそこから無数の人型端末を生み出し続けている。その上、一つ一つの端末であっても強固な魔力障壁を所有し、中位程度の戦闘魔術を使いこなす。
単体でありながら、群体を有する王。
シイが個人の武勇を誇る王だとすれば、ガエシアは無限に近い供給を持って群体を生成する王だ。生み出す一つ一つに無双の戦闘能力は無いが、弱くない。むしろ、強敵の部類の入るそれが、無数に生産され続けるのだ。
敵対者たちに絶望を植え付けるのには、充分な能力だろう。
「しゃらくせぇ!」
されど、この敵対者たちは並では無い。
一度魔王と戦った経験があるギィーナは、ガエシアの能力を見ても驚かず、むしろ奮起するように槍を振るう。ギィーナの振るう槍の一閃は、魔力障壁の壁を易々と突き破り、瞬く間に端末を潰してく。
「エルメキドン流槍術――鎧通し」
槍へと伝わせる力を鋭く極限にまで研ぎ澄ませることにより、その鋭を持って敵対者の防御を貫く技法。愛用の槍でなければ、未だ成功率は低い技法ではあるが、ギィーナはこの土壇場で完全に習得していた。どうやら、死地に近い戦場での経験がギィーナを戦士として成長させているようである。
もっとも、
「パイルバンカー! イグニション!!」
「闇よ! 深淵より来たれ!」
「霧切舞ぃ!!」
ギィーナの倍以上、衛兵たちはガエシアの端末を討伐しているようだったが。
やはり、ギィーナが戦士として優れていてもまだ学生の領域を出ておらず、本職のプロに比べたら一段劣っている。
ギィーナは己の実力不足に歯噛みしながらも、集中を散らさず、端末を葬り続ける。そうするしか、衛兵たちとの彼我を少しでも埋める手段が無かったからだ。
「いっくぞぉー! 私の新魔術ぅ!!」
ルイスは発動媒体である魔導杖へ魔力を注ぎ込み、無詠唱で妨害魔術を発動。力任せに発動した魔術は、《鉛風》だ。戦闘用魔術では低位の妨害魔術である。
強大な魔術障壁は低位の魔術であれば、無効化してしまうのだが、ルイスのそれは違う。強大な魔力で発動されたそれは、強引に障壁を突破。ガエシアの端末たちへ、重力を孕んだ風を纏わせ、行動を阻害、鈍らせる。
「行くわよ、ヘレン!」
「あいさいさぁ! エイジス、捕縛モード!」
ヘレンが操る鉛色の魔装は、幾本の柱となって魔王の端末を囲む。
柱によって囲んだ区域は、ヘレンの空間制御により固定された。当然、端末は指一本も動かせずに硬直し、今にも放たれそうだった無数の魔術はマナを固定されて意味を失う。
「流転は炎を起こす!」
間髪入れず、そこにレベッカの魔術が放たれて、端末たちは灰に還った。いかに強力な魔力障壁があろうとも、マナの動きを固定化させられている場では無意味である。
「人間風情が――」
「――どこまでもぉお!!」
己の端末たちが次々と潰されていく不快感に、ガエシアの端末たちが一斉に吠えた。
発声器官の無い本体も、心なしが怒りに震えているようにすら見える。それも当然だ。己よりも遥に低位の生命体、そう侮っていた者たちに全力を強いられ、なおも苦戦しているのだから。
「こうなったら、もう関係ないわ。確保対象が居ようが、全てまとめて吹き飛ばして――」
「させるかよぉ!!」
衛兵たちの援護によって、ガエシアの本体へ距離を詰めたギィーナ。
怒声と共に振るった一閃は、その日一番の鋭さを持って本体を貫く。
「が、ぐ、がぁあああああああああああっ!!」
悲鳴と怒声が入り混じった叫びが、端末たちの口から吐き出され、夜闇を震わせる。
「どうして、どうして、どうして!? 何故、我がこんな人間どもなんかに!」
「はっ、んなもん、決まっているだろうが」
無数の根が槍の如くギィーナを貫こうとするが、それより先にレベッカの魔術が根を焼き払う。ルイスが動きを鈍らせる。ヘレンが鈍った敵を封殺する。
そして、衛兵たちが切り払った道を行き、ギィーナは槍を振るう。
「俺たちの方が、お前よりも強いからだ」
奔る槍の軌跡は、どこまでも真っ直ぐに敵を貫く。
それは彼の気性を示すかのように、一切ぶれることも、曲がることも無くガエシアの本体のど真ん中を貫いた。
「人間舐めんなよ、魔王風情が」
吐き捨てるように、誇るようにギィーナは啖呵を切る。
ギィーナにとって二度目の魔王との戦いは、ただ一人、無謀な戦いを挑む物ではなく、仲間と共に勝利を掴み取るための物だった。
●●●
二度目の王都襲撃。
それは一度目とは異なり、人が静まり返った夜に行われた。
襲撃者はガエシアによって『種子』を植え付けられ、行動を支配された王都の住人。兵士や警察機関の人間はガードが固く、『種子』を植え付けることはできなかったが、マクガフィンの協力もあり、数だけは揃えることが出来たようだ。
『種子』によって支配された人間は脳のリミッターが外れ、普段以上に身体能力が強化されるのだが、単純な命令以外は受け付けない。加えて、魔術など脳を複雑に扱う命令も受け付けない。ただ、数に任せて襲うだけのお粗末な作戦だ。
それでも、マクガフィンが展開する霧の『権能』。
大規模に展開し、耐性の無い人間へ幻術を掛けることが可能なそれを用いることにより、それなりに成功率は高まるはずだった。
そう、それが一度目の襲撃で行われた作戦であるのならば。
「阿呆が。我が国に二度も同じ手法が通じると思ったのか?」
何者かが侮蔑と共に吐き捨てた言葉。
それを証明するかのように、王都を覆っていた霧は瞬く間に払われた。
ほんの刹那。
何者かが侮蔑と共に行った『何か』により、霧の『権能』は切り払われ、作戦の隠密性は完全に破られる。
「霧の結界は晴れたぞ! 各自、割り当てられた区域へ急げ!」
『了解っ!』
警戒態勢にあった王国の兵士たち、警察機関の者は迅速かつ効率的に王都の各地を散らばる。
「対象を発見! 寄生タイプの魔物の操作を受けている!」
「リミッターを解除させることにより、身体能力が上げられている、注意を」
「攻撃は単純だ。魔術は使ってこない。焦らず、対処せよ」
「規制された対象は雷撃に弱い。雷撃で気絶させ、捕縛を」
霧の妨害が無くなった今、兵士たちは無線で逐次情報をやり取りし、瞬く間に襲撃者たちを捕縛していく。
多種多様なアプローチにより、兵士たちは支配された人間を効果的に行動不能に陥らせる手法を獲得。それを僅か数分で全体で共有。支配された住民たちは、兵士たちの迅速な行動によって、軽傷以下の被害で捕縛、保護されたのだった。
「こちらの担当区画は全て対象を確保した」
「こちらも同じく」
「朝飯前と言う奴だ、こちらも終了」
兵士たちの奮闘により、あっさりとガエシアが仕掛けた襲撃は収まった。
前回の襲撃と異なり、死者は存在しない。多少の怪我人は存在するが、それもほとんど軽傷である。
それも当然だ。
何せ、一度襲撃を受けて警戒していた中での再襲撃。しかも、手法が全く同じで、襲撃者たる存在は脆弱。これでは襲撃する意味も無い。わざわざ対処してください、と大声で叫びながら奇襲をしているような物だった。
「……妙だな」
故に、兵士たちの内の何人かはその違和感の端を掴んでいた。
仮にも前回、王都に未曽有の大規模テロを決行した首謀者が絡んでいる襲撃である。それが例え二度目だからと言って、いや、二度目だからこそ、こんなにお粗末な物であるはずが無いだろう、と。
その推測は半分あたりで、半分は正解だった。
この襲撃は魔王ガエシアがマクガフィンにごり押しした物で、計画性が皆無だ。だから、マクガフィンは始めから失敗することを前提で襲撃を支援していた。マクガフィンにとって、襲撃が失敗するリスクよりも、ガエシアに一度痛い目を見てもらい、懸命な行動を心掛けてもらうリターンの方が大きかったからである。
しかし、ここでマクガフィンでも予期せぬ事態が起こる。
それがマホロによる賢悟の拉致。
加えて、予め潜入していた影の魔王との位置関係。
ナナシの大目標である賢悟の魂を獲得する、絶好のチャンスが訪れたのだった。
おまけに、渋々行った王都に対する襲撃が囮となって、影の魔王がその固有魔術を使用したとしても、警備がすぐに駆けつけることは無い。
千載一遇とは、まさにこのことだろう。
「……各員、警戒を行るな。どうも、嫌な予感がする」
「了解、奇襲に警戒しつつ巡回を継続する」
「まったく、今夜は寝られないようだな」
王国の兵士たちの落ち度はない。
むしろ、二度目の襲撃を最善の結果で凌いでいる。
それでもなお、彼らは運命に弾かれ、世界の命運を左右できない。
どれほどの強者であれど、運命に弾かれた者は、舞台に上がる事すら不可能なのだ。
「嫌な、夜だ」
月の無い夜。
暗雲が立ち込めた空は、まるで不吉な未来を予言しているかのようで。
王都の夜明けは、まだ遠い。




