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リアリスフィア ~竜は孤高の花を望む~  作者: AQ(三田たたみ)


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80/111

七十九、試練

 アリスが教えてくれた、何でも願いが叶うという未来樹の実。

 それは僕が『神様の実』と呼んでいた、グミみたいな紅い実のことだった。

 ……正直、アレのことは単なる最高級ポーションだと思っていた。それは僕の認識が甘かったと言わざるを得ない。

 まさかそこまでヤバい代物――この世界における神話級スーパーレアアイテムだったとは!

 ……いや、よくよく思い返してみると、違和感はあったんだ。

 あの実が見計らったように僕の足元へポタッと落ちてきたり、ちょうど死にかけた瞬間にポケットからコロンと出てきたり。

 実際アレを食べたときだってすごかった。ヒットポイント全快ってだけじゃなく、チート翻訳機能なんてオマケ付きだったし。

 ライトノベルで学んだセオリーによると、異世界において『言葉』はかなり重要な要素ファクターだ。現地の人とナチュラルに意思疎通できるかどうかで、生き延びられる確率がだいぶ変わってくる。

 もちろん言葉が通じない状態から手探りで覚えていくってパターンは無きにしも非ずだけど、そうとう苦労するし、異端として迫害されかねない。

 異端視される辛さは、今の僕にも充分すぎるほど良く分かる。周りに人がたくさんいるのにぼっち状態だなんて、さすがにキツすぎる。

 だから、それほどの力を授けてくれたってことは、めちゃめちゃありがたい話なのに……。

 なんだか嫌な予感がする……。

 僕の視線はじりじりと下がり、己の手首へ。袖口からチラリと覗く、醜くひきつった傷跡を見つめながら考える。

 思えばこの一年、僕はさまざまな“奇跡”に出会ってきた。

 ソロプレーヤーになって最初の『冒険』のときもそうだった。深紅の目をした巨大ネズミに食われかけたあの夜は、本気で死を覚悟した。でも間一髪のところで朝日に救われた。

 一匹目の邪龍と戦ったときも、死にかけた瞬間アリスが助けてくれた。

 そういうご都合主義な展開を、僕はいつも「ラッキーだな」と思うだけでさらっとスルーしてきたけれど……。

「もしかしたら、全部、奇跡じゃなかった……?」

「ユウ?」

「ああ、そうだ。僕はあのとき――」

 あの実を食べたとき、確かに僕は願ったんだ――『死にたくない』と。

 その願いを、未来樹は叶えてくれた。

 僕が何度も死を回避してきたのは、偶然じゃなく必然。僕はずっとこの世界の神様に護られていたんだ……。

 ぞわり、と全身に怖気が走る。

 何か得体の知れないモノが、僕の背中にぺったりとへばりついている気がする。それは本物の女神様で、アリスを護る精霊たちみたいに僕がうっかり死なないように見張っているのかも。

 本来なら「女神チートキター!」と叫ぶべきところかもしれないけれど、今の僕には無理だった。

 この願いの“代償”に気づいてしまったから……。

「どうしたの、ユウ? 顔色が悪いわ」

 震える僕の手をギュッと握り、心配そうに眉根を寄せながら僕を見つめるアリス。ポーカーフェイスをかろうじて維持しつつ、僕は尋ねる。

「あのさ、例えばの話だけど……もし未来樹の実を食べながら『死にたくない』って願ったら、どうなると思う?」

「そりゃあ、死ななくなるんじゃないかしら」

「それって、どれくらい?」

「女神様がこの世にいらっしゃる限り、永遠に」

「せ、千年くらいじゃなくて……?」

「永遠に」

「……」

「……」

 ――ヤバいです女神様!

 このままじゃ僕、アリスより全然長生きしちゃうんですけど――!


 ◆


 夕暮れのオレンジに染まる街を、僕は全速力で駆け抜けた。

 最初の目的地は北ギルド。お宝である魔石山のてっぺんに君臨し、あたかも魔王のごとく高笑いするギルマス氏をつかまえて「しばらく留守にします!」と伝言し、再びダッシュ。

 北門へ向かう街道は、半日の間ですっかり情報が広まったのか、盛大なお祭り状態になっていた。道の左右にずらりと並ぶ美味しそうな屋台には目もくれず、僕は楽しげな人波をすり抜け、多数の荷車で賑わう北門をぶっちぎり、死の霧手前の『採石場』へ。

 予想したとおり、そこは北の兵士たちで芋洗い状態。

 身を包む軽鎧を脱ぎ捨て、草の陰に隠れた小さな魔石も取りこぼすまいと、腰をかがめて一心不乱に拾い続けている。

 この“奇跡”が起きてから半日以上経つというのに、彼らに疲労の色は少ない。それ以上に興奮が勝っているようだ。

 そして最奥地に突き進むと、テカテカした笑顔で陣頭指揮をとる隊長と、その傍らに座り込んで歌なのか念仏なのか分からない何かを呟き続けるマルコさんを発見。

 周囲の兵士さんたちに「黒くてすばしっこい魔物……?」とざわつかれるのも気にせず、僕は二人の元へ飛び込んだ。

「隊長! マルコさん!」

「おお、坊主! いいところに来たなッ! ちょうど今から最後のかきいれどきで、猫の手も借りたいところで」

「スミマセン、それどころじゃないんです、猫の手ならシュレディンガーを使ってください! っていうかマルコさん!」

 魔石混じりの砂地の上でちんまりと三角座りしていたマルコさんが、僕の呼びかけからワンテンポ遅れて、ゆるりと顔を持ち上げた。

 いつもならキラキラ輝いている栗毛はマットな色あいになり、すっきりとした瞳もかなり濁っている。まさに死んだ魚の目だ。

「はじけーてーみらいー……ああ、ユウさん、また何か“お願い”でもあるんですか? さすがに今日は打ち止めですよ。私のライフはすでにゼロです……」

「うん、お疲れさま。よく頑張ったね。今日はゆっくり休んでください」

 ニコッ。

 最上級の笑顔を作った僕は、砂埃でザリザリになってしまったマルコさんの髪を撫でる。アリスがしてくれたみたいに、僕の手のひらからも癒しのパワーが出るようにと念じながら。

 なぜか僕のことを、邪悪な魔王を見るような目で眺めていたマルコさんも、そのナデナデ攻撃には勝てなかったらしい。喉を撫でられた猫みたいに、気持ち良さそうに目を細める。

 そうして大事な身体を充分に労わった後、僕はマルコさんの耳元に唇を寄せて、ポソッと。

「だから、“お願い”は明日以降でいいよ」

「はぁ……そんなことだろうと思いましたよ。ユウさんが私に優しいときは、だいたい裏があるんですよね……」

「別に今度のお願いはたいしたことじゃないよ。また邪竜が出たら退治して欲しいってだけ」

「そ、それは……まあ私としても、ユウさんにご協力したいのはやまやまなのですが……」

「ううん、僕はいないから」

「……は?」

「僕ちょっと行かなきゃいけないとこがあってさ。なるべく早く戻ろうと思うけど、のんびり歩いて一年かかった場所だし、全力ダッシュでも何日かかるか検討つかないんだよね。だから、次回はマルコさん一人でよろしく!」

 ニコッ!

 神々しいまでの笑顔を作ってみせたものの、残念ながらマルコさんの目には留まらず。糸が切れた人形のようにガックリとうなだれてしまい、もはや顔を上げる気力もなさそうだ。

 そんなマルコさんの肩をポンと叩いて、僕は叱咤激励を。

「大丈夫、マルコさんならやれるよ。なんせマルコさんには強力な精霊が憑いてるし、なにより死ぬほど悪運強いしさ。それに、いざとなったらアリスが助けてくれるって。まあ女の子にはあまり危ないことして欲しくないから、なるべく一人で頑張って欲しいんだけどね」

「……ああ、ようやく私にも理解できました。男神様とはそもそもそういう存在なのです。無償の愛で人を護ってくださる女神とは違い、人に厳しい試練を与える神。私はそんな方へ忠誠を誓ってしまったのですから、この程度の無理難題でくじけている場合ではありませんね……それに、もしも私が力尽き倒れたときにはきっと優しい女神のごとき女性が寄り添ってくれることでしょう……」

 膝の間に顔を埋めてぶつぶつ呟くマルコさんを残し、僕はすっくと立ち上がった。

 そして「シュレディンガーを呼べ!」と叫ぶ隊長の後ろ姿に「行ってきます」と告げた後、透明化の魔術を発動。

 百パーセント気配を消し去り、東にそびえ立つ霧の壁へと飛び込む。霧の中にはまだ大量の魔物がうようよしているけれど、全て無視して突っ走る。

 少しだけ後ろ髪を引かれる気がするのは、悪い予感とかそういうんじゃない。単なる感傷であり、僕の性格が甘いってだけだ。

 ……確かにこの展開は、マルコさんにとって厳しい試練クエストなのかもしれない。

 ただ、僕が最初の三匹を倒したのはあくまでイレギュラー。本来なら精霊術師だけで対処するべき案件だと思う。アリスだってその覚悟はできてるって言ってたし。

 それに――これから僕が挑戦するクエストの方が、邪竜退治の何倍も重要だ。

 今から僕は、もう一度あの場所に行く。

 そして未来樹に、二つ目の願いを告げる。

 僕自身の命と同じくらい強い願いを――大事な人たちが暮らすこの世界を救いたいって気持ちを、全身全霊で伝えるんだ!


 ……そのついでに「そこまで長生きしなくていいです」ってお願いを上書きするのも忘れずに。

※大変お待たせいたしました。まだ不定期ですが更新再開します。

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