六十九、精力
娼館の正面玄関へたどり着くまでの僅かな時間で、クロさんの仕事内容はだいたい分かった。
クロさんは『何でも屋』という名目で、街の内外をうろうろしつつ情報収集している。
特に『性欲』のない女性――絶対男になびかないとか、男性恐怖症っぽい女性の噂を聴けばどこへでも飛んで行く。ときには奴隷商を使ってでも探し出す。
そして、口説く。
クロさんの口説きテクニックには“夜の民”の叡智が詰まっているため、ほぼ百パーセントの女性が落ちる、らしい。
しかし落ちてしまった女性は、残念ながら『精霊術師候補』ではない……。
そこで、釣った魚は速やかにキャッチアンドリリース。クロさんへの恋心を忘れてくれるよう、夢中になれる仕事や趣味を見つけてあげたり、他の男性を紹介したりとアフターケアをする。
中には「どうしてもクロさんのそばにいたい!」と押しかけてくるパターンもあるのだが、そんな相手には「娼館で働くなら客として会いに行ってやってもいい」と……。
……。
……。
「……なんか怖いです。ガチで闇のニオイがします。クロさんは僕が出会った中でダントツの悪人です」
「なんでだよ。こっちは何も悪いことなんてしてないし、むしろ女たちだって幸せになってるんだぞ?」
心外だとばかりに鼻を鳴らすクロさんを、僕は半開きの白けた目で見つめる。
人畜無害っぽい外見にすっかり騙されかけていた。王子のことを影から支える寡黙な裏方というイメージだったのに、もはや『腹に一物を隠したナンバーツーのホスト』にしか見えない。
というか、さっきクロさんは「クロいからクロと呼ばれるようになった」と言っていた。あれは髪の毛のことじゃなく、腹黒って意味だったのかも……?
「えっと、とにかく百歩譲って口説くところまではいいとしても、娼婦にさせるのはやりすぎじゃないですか? この街じゃ女性の仕事はいくらでもあるのに」
「娼婦っつっても俺の紹介先はまともなところだ。どれほど金を積まれても、気に入らない客の相手はしなくていい。それにたいていの女はすぐに恋人ができて店を辞めていく。俺に熱をあげるのは、ある意味俺自身を見ていない証拠だ。単なる依存でしかないんだよ」
「はぁ、なるほど……そういうものですか」
「つーか、よく考えてみろよ。そもそも人間は何のために生きているのか――子孫を残し、種族を繁栄させるためだろう? 父親に虐待されたとか、行きずりの男に犯されかけたとか、生半可な心の傷を引きずって男を拒絶してたら、いつまでたっても子作りができない。『性欲』を失うってのは女にとって一番不幸なことだ。俺はその病を治してやってる……いや、自力で立ち直るきっかけを与えているに過ぎない」
「そう言われると、確かに……」
「もちろん、本当に救いようがないほど病んでるヤツはいるだろうが、それこそ放っといても精霊が助けてくれる。そうじゃないヤツは、人間が助けてやるしかないんだよ。とことん話を聴いてやって、身も心も気持ち良くしてやって、過去を忘れさせてやればいい」
キリッ、と言い切ったクロさん。
その凛とした眼差しに、ちょっとドキッとしてしまう。
王子とかマルコさんみたいに派手な顔立ちじゃないし、隊長とかギルマス氏みたいにワイルドでもないんだけど、今まで出会った誰よりもカッコ良く見える。外見が普通っぽいからこそ、内面の強さが際立つというか。
なるほど、女性はこういうギャップに弱いのかも……と心の中でメモメモしつつ、僕は本題へ。
「でも、傷ついた女の人を救うんじゃなくて、『精霊術師』を見つけることがクロさんの目的だとしたら、そのやり方は逆にまどろっこしくないですか? 冒険者ギルドがやってるみたいに、単純に“魔力”を調べる方が早いんじゃ」
「キミも分かってるとは思うが、あのやり方は穴だらけだ。魔力の有無を調べるというより、器から溢れ出た魔力を拾ってるだけだからな」
「うーん、そっかぁ……それじゃ、すごく魔力の強い人の前に連れて行って、怖いと感じるかどうかをチェックする、というのは?」
ギルマス氏のいやらしい笑顔を思い浮かべつつ質問すると、クロさんの眉がピクンと動いた。どうやらこのプランはアンテナに引っかかったようだ。
顎に手を当てるポーズで、クロさんはぶつぶつと語り出す。
「確かに精霊は人間の魔力に敏感だ。しかし魔力とは物質に宿るものであり“空気中には放出されない”……たとえその相手と肌が触れ合ったところで、魔力の強弱を感じることはないはず、だが……その口ぶりだと例外があるようだな。そこまでの強者となれば、思い当たる人物がいないことはないが」
「ええ……もし精霊を無意識に使役させられるほど魔力ダダ漏れの人がいるとしたら、どう思います?」
実際二人の精霊術師がそろってその人物を「怖い」と言っている、という具体的な情報は控えておいた。別に嘘をついたわけじゃないし、鼓動が跳ね上がることもなく冷静に問いかける。
するとクロさんは、一瞬呆けた顔をしたものの、すぐさま眉の間に深い縦ジワを作って。
「いや、やはりありえない。さっきから言っているように、魔力とは生命力であり、性欲とも直結する。つまり魔力が強いということは“精力”が強いってことだ。もしそんなヤツがいたとしたら……空気中に魔力を放出するほどの猛者がいるとしたら、ソイツは手を握るだけで相手を妊娠させられるほどの性豪だろう」
……。
……。
……そうか、ギルマス氏の精力は人外レベルだったのか。
とりあえず、うちの可愛いノエルを絶対近づけないようにしよう、と僕は心に誓った。




