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リアリスフィア ~竜は孤高の花を望む~  作者: AQ(三田たたみ)


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六十七、花道

「えっと、今さら言われなくても分かってるとは思いますが……僕一応“男”なんですけど……」

「もちろん分かってるよ。でもキミは若くて可愛らしい顔立ちをしているし、こうして色粉をはたいて唇に紅を注せば……ほら、目を開けてごらん?」

 幌をぴっちり閉じて結界を張った、馬車の荷台。

 その片隅にランタンを置き、「一分だけ時間をくれ」と言って僕の顔面をいじくりまわしていたクロさんが、満面の笑みを浮かべながら姿見を指差した。

 そこに映っていたのは、ほんのりと頬を染めて恥じらう一人の乙女。

 胸元までをふわりと覆う豊かな栗毛と、意志の強そうな眉、闇夜のごとき漆黒の瞳、ぷるんとした艶やかな唇……。

 もしこのカツラが黒髪ストレートなら、日本人形と見紛うような美少女だ。でも栗色の髪というのも、オシャレに目覚めたばかりの女の子って感じで悪くない。

 食い入るように鏡を見つめる僕の胸は、なぜかトクンと高鳴り――

「いやいや、ちょっと待ってください! 確かに僕はお尋ね者かもしれないけど、さすがに女装はないでしょう!」

 ヤバイ、これはまさにアイデンティティの危機!

 陽花に借りたラノベにも、いわゆるTSモノ――異世界に転生したら性別チェンジする話があったけど、僕はそっちに全然興味ないし!

「うんうん、最初は皆そう言うんだよ。でもすぐに慣れるって。それにキミの正体を隠すなら、この方法が一番確実だろ?」

「そーかもしれないけど、こんなの無茶です! むしろ悪目立ちしますって!」

「大丈夫、客観的に見てもちゃんと女の子に見えるよ。俺の“一分間化粧魔術ワンミニッツ・メイクマジック”は完璧だからな」

「今は薄暗いからごまかされてるだけです! 外へ出たら絶対男だってバレるし! そしたら僕ただのヘンタイじゃないですか!」

 涙ながらに訴えるも、プロデューサーであるクロさんは右から左。僕はしょうがなく現実と向き合い、鏡の中の“少女”の粗探しを開始する。

 男らしい細マッチョな体格は、だぼっとしたローブにより完全に隠されている。そもそも身長もこの世界じゃチビな部類だし、パッと見は旅人の少女にしか見えないというか、見れば見るほど心がグラついてしまう。

 悔しいけれど認めざるを得ない。これが『かわいいは作れる』ってヤツなのか……。

「いやいや、やっぱり変ですよ! ほら、こんなデカい足の女はいませんから!」

 ローブの裾からはみ出たスニーカーをビシッと指差して叫ぶと、余裕の笑みを浮かべていたクロさんの眉がピクンと動いた。

 再び僕の正面に立つと、片手を顎に当て、あたかも彫刻の仕上げをするアーチストのような眼で僕の全身を見回して。

「俺としたことが迂闊だった……確かにその足元は美しくないな。いくら『悪徳商人に騙されて売られてきた初心で世間知らずな村娘』という設定だとしても、淑女の身だしなみとしちゃ及第点以下だ」

「ほらほら、そうでしょうッ?」

「しかし今から服を買いに行く余裕は無い……そのローブの丈がもう少し長ければ足元を隠せるんだが。もしくは、丈の長いロングスカートがあれば……」

「残念ながら、そんなモノはどこにも――」

 ……。

 ……。

 ……ある。

 という結論は一切声に出さなかったというのに、目の前の超人ニンジャには通じなかった。

 足元の荷袋をチラッと気にした刹那、クロさんの細い瞳がギラリと光った。そして瞬きする間にそれを奪われる。

「ちょ、僕の荷物ッ!」

「おや? この袋の中には布状のモノが入っているようだな。コイツはいったい何なのかな?」

「勝手に開けちゃダメです! プライバシーの侵害!」

 大事な荷袋を取り戻そうと突発バトルを仕掛けるも、相手は手練れの忍者。狭い密室だというのに指先を掠ることさえできない。

 わずか十秒で敗北を悟った僕は、冷静に計算した。

 中に詰まった『リンゴ飴』だけは見られるわけにはいかない。クロさんは仲間として認められる相手だと思うけれど、このタイミングでカミングアウトするのはさすがに早すぎる。

「はぁ……分かりました、降参します。だから荷物を返してください」

 すべては物見の塔へ飛んできたアリスのせい……いや、つまらない嘘をついた僕のせいか……。

 追い詰められた僕は、荷袋の中にしまってあった純白の布地――先日ブティックで買った純白のロングスカートを取り出した。

 すると、勝者の笑みを浮かべていたはずのクロさんが、心底理解できないといった顔でこくんと小首を傾げて。

「コイツはまさに俺が求めていた理想のアイテムだが……しかし、キミはなぜこんなものを持ってるんだ?」

 クロさんの素朴な疑問に、僕はがっくりと肩を落としながら告げた。

 ――女性のスカートには魔力を増幅させる効果があるんです、と。


 ◆


 馬車を降りる僕の手をそっと握り、完璧な紳士としてエスコートするクロさん。

 僕は恥ずかしさのあまり顔を上げることができず、整然と並ぶ石畳を見つめながらしずしずと付いていく。

 そんな姿は周囲に大きな誤解を与えているようで――

「おい、見ろよ! また“女衒ぜげん”のクロが新しい女を連れてきたぞ!」

「なんだよ、まだおぼこい娘じゃねぇか……」

「ヤツは宗旨替えでもしたのかね。出るとこ出た大人の女にしか手ぇ出さなかったはずだろ?」

「ああ、最近『女は奪うもんじゃなく育てるもんだ』なんて偉そうなこと言ってたなぁ」

「そういやこないだも、やたら乳臭せぇガキを連れてきて……」

「でもこの娘はなかなか可愛い面してんな。オレの好みだ」

 と、誰かの呟いた一言で、僕の熱はますます上昇。

 彼らも僕の頬の赤みが化粧のせいじゃないと気付いたらしく、「初心な娘だ」とか「可愛い」とか「絶対指名する」とか好き勝手に言い始める。

 敏感な両耳は、一言一句漏らさずその会話をキャッチしてしまう。羞恥心のあまり気を失いそうになるのを必死で耐える。

 馬車道から続く曲がりくねった細道は、この界隈では“花道”と呼ばれているらしい。

 踏みしめた石畳の両脇には、色とりどりの可憐なバラが咲き誇っている。そのバラは「決して踏み越えてはならない」ラインのようで、男たちは沿道にずらりと並んで見送るだけだ。

 しかし、むせ返るような濃厚な香りも、邪な欲望に塗れた男たちの視線をマスキングしてくれるわけではなく。

「お嬢ちゃん、絶対オレが買ってやっからなー」

「バァカ、Dランクのお前ごときが相手にされるわけねぇだろ」

「てめぇこそ、剣の腕に比べてあっちのテクは――」

 下品な猥談の合間に響く、野太い笑い声。

 できることなら今すぐゴブリンダッシュしたいけれど、理性の力でグッと耐える。

 現在南エリアは完全に神殿の支配下にある。さほど長くないこの小道にすら、例のビラが貼られているのだ。

 よもや彼らも、目の前をしずしずと歩くおぼこい村娘が、莫大な懸賞金のかかった大罪人『お菓子小僧』とは思うまい……フフフ……フフ……。

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