五十八、未来
ノエルの気持ちを慮って、精霊術師の“秘密”に関するトークは一時凍結。
隊長とギルマス氏が戻ってきた後、再開されたカオスミーティングは、マルコさんが予想していた通りの展開になった。
「――ところでおめぇさん、まさか神殿のスパイじゃねぇだろうな、ああん?」
ソファの対面からグイッと身を乗り出し、ギラリと瞳を光らせるギルマス氏。相手が神様レベルのイケメンだろうが貴重な精霊術師だろうが、まったくもって容赦なし。
当然マルコさんは、蛇に睨まれたカエル状態。
神殿サイドにおいて『北の悪魔』と恐れられる人物からのプレッシャーは、魔石狩りチームの若造ごときの比ではなかったらしい。
結局夕方までかけて、マルコさんは知りうる全ての情報を吐かされた。
「……フン、まあいいだろう。これでお前さんも“北ギルド”のメンバーとして認めてやる。ありがたく思えよ」
ポンと優しく肩を叩かれ、Fランクの証である魔鉱石ネックレスを渡されたマルコさんは、どこか恍惚とした面持ちで「ありがとうございますご主人様」と答えていた。ギルマス氏の調教力ぱねぇ……。
と、高みの見物をしていた僕の方へ、ギルマス氏はズイッと詰め寄って。
「さて、次はお前さんの番だぞ、坊主。前から言ってるから分かってんだろうが、俺に隠し事は許さねぇぞ?」
「いや、でも僕には『魔術技師ギルド』の守秘義務が……」
「残念ながら、今お前さんがいるこの場所は北ギルドだ。そして北ギルドのルールはこの俺だ」
「お、お姉さん助けて……」
「ギルドマスター、ノエルちゃんを怖がらせない程度にお願いしますね」
「うう、隊長助けて……」
「スマン、無理ぽ」
ということで。
飴と鞭を使ってビシバシ調教されまくった僕は、隠そうと思っていたことの七割ほどの情報を吐かされた。主に神殿への侵入経路やら、謎のベールに包まれた『上神殿』のことを。
残りの三割――アリスに関する個人情報だけは黙秘権発動。
特に、アリスが若くて可愛くてたぶんギルマス氏のストライクゾーンど真ん中だってことだけは絶対口を割らなかった。どんなにしつこくねちこく訊かれても。
そして最後のテーマは、僕とマルコさんが偶然耳にしてしまった、胸糞悪いあの話――南ギルドの件。
女性にはあまり聞かせたくない内容だったため、ノエルとお姉さんには先に退室してもらった。ノエルも疲れてうとうとしていたからちょうどいい。
「……ということらしいです。まあ所詮は下っ端の言うことですし、信ぴょう性がどのくらいあるかは分かりませんが」
僕は幌馬車の屋根の上で盗み聞きした内容を、かいつまんで伝えた。
魔石狩りチーム管理人のマルコさんも、かなり困惑した面持ちで「ギルドの攻略は管轄外なので、私もこれ以上のことは分かりません」と補足する。
ギルマス氏と隊長は、そろって腕組みをしたまま黙りこんでしまった。
僕は窓の外をチラッと気にする。
夕暮れの空は、鮮やかなオレンジから少し寂しげな薄墨色へと移り変わっていく。
完全に日が暮れるまでに『死の霧』へ行かなきゃいけないし、あまりのんびりしている余裕はなさそうだ。
「あの……本当に南ギルドが神殿サイドに取り込まれたとしたら、この先いったいどうなるんでしょう?」
僕の疑問に答えてくれたのは、ギルマス氏じゃなく隊長だった。
隊長は波がかった前髪をぐしゃっと掻きあげながら、苛立たしげに吐き捨てる。
「大量の魔石が神殿へ流れる……つまり城壁の結界は確実に緩む。神殿エリアだけが強固な壁で護られることになる」
「――なあ、北の隊長さんよ。こっちの余分な魔石を南へ回せば、ある程度は持つんじゃねぇか?」
ギルマス氏の提案にも、隊長は首を横に振って。
「いや、こっちにも余裕はあまりない。この街の城壁はもうボロボロなんだ。南から供給される魔石が止まれば、たぶん一月は持たない」
「いっそのこと、南門を封鎖しちまったらどうだ?」
「そんなことになれば――いや、そんな噂が立った時点で、真っ先に商人たちが逃げ出すだろうな。この街に食料が入らなくなるとしたら、結局同じことだ」
隊長とギルマス氏、二人を取り巻く空気がひどく重たいものに変わる。
悲壮感に満ちたその横顔を交互に見つめながら、僕は戸惑いを隠せずに問いかけた。
「すみません、なんか僕そこまで深刻な問題だと思わなくて……でも、そんな状況になったら神殿の人たちだって困るんじゃないですか?」
自ずと浮かんでくるのは、活気に満ちた南の繁華街。あの場所には白装束の女神教信徒もたくさんいた。
彼らだってこの街の人々の幸せを願っているはず……。
という僕の中途半端な『性善説』は、神殿という組織を熟知するマルコさんによってあっさり否定された。
「ユウさんは神殿の地下牢を見たんですよね。あれと同じですよ……神殿にとって信徒以外は、家畜と同じ存在なんです」
短くとも強烈な台詞に、軽く吐き気が込み上げる。
神殿は腐ってる、ということは分かっていたつもりだったけど……やっぱり僕は分かっていなかった。
ノエルへの仕打ちを見て、地下牢に繋がれたお姉さんの姿を見て、実際神官長とやらの悪だくみも耳にしていたというのに。
「それじゃ、この街の住民が全員“信徒”になればいいんですよ。あの腕輪をつければ、誰でも受け入れてくれるんでしょう?」
皮肉気な提案をした僕に、マルコさんから悲しげな視線が向けられる。「私の扱いを見れば、どうなるかはお分かりになるはずです」と……。
つまり、神殿はこの街を守る気なんてさらさらない。
たぶんヤツらは僕が来るよりもずっと前から――『死の霧』が迫ってきたときから、選ばれた者だけを守ろうと決めていたんだ。
ほんの一握りの、優秀な信者だけを。
「だったら、全員でこの街を捨てて逃げればいい。王都でも、南の海洋都市でも……」
「残念ながら、俺らは逃げられねぇんだよ、坊主」
「この街の住人は、他国で迫害を受けて逃れてきた者ばかりだ。もう二度と『遷都』はできない」
ギルマス氏と隊長の二人に諭され、僕は強く唇を噛み締めた。
そして、自分の中のスイッチを切り替える。より現実的な方向へ。
――もしこの街に魔物が入りこんだら……城壁が崩されて、あちこちから魔物がなだれ込んできたら、どうなる?
僕は巨大な象をも倒すという蟻の大群をイメージした。邪竜が一匹、空から飛んでくるのとはまったく別の脅威だ。
兵士と冒険者で一匹ずつ地道に駆除したところで、ヤツらは夜になれば再生する。じり貧になるのは確実。
「でも、城壁が崩れてこの街に魔物が溢れたら、神殿エリアだって無傷じゃ済まない……いや、そうじゃない……?」
頭の中に広がる未来の映像――魔物たちに蹂躙されるこの街の姿は、ぷつんと途絶えた。
……そうだ、神殿だけは大丈夫なんだ。
なぜならあの場所には、最強の精霊術師がいるから。




