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リアリスフィア ~竜は孤高の花を望む~  作者: AQ(三田たたみ)


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百一、計略

「――それで、具体的にはどうするんですか?」

「……坊にはまだ、この話をするつもりじゃなかったんだが」

 クーデターという爆弾にすぐさま食いついた僕と、食いつかれるとは微塵も思っていなかった王子。

 僕らの視線は一瞬激しく交差する。

 たぶん僕は、獰猛な『捕食者』の顔をしていたんだろう。額に冷や汗を浮かべた王子は、それでも僕から目を逸らさずにキッパリと語った。

「これ以上の話はクロがいるときにしたい。近々この面子でもう一度集まろう。そのときには俺の計画をすべて伝える」

「分かりました。僕も北のメンバーにある程度根回ししておきます」

「よろしく頼む。それで次回の日程はどうする?」

「僕の方はいつでもかまいませんが、王都へ行くことを考えるとなるべく早い方がいいと思います。後宮を潰すついでに大神殿の様子も見ておきたいし、大巫女様が居ない今がむしろチャンスかも……」

「――おい」

「へ?」

「お前、今なんて言った……?」

 地を這うような低い掠れ声により、攻守は逆転。

 一気に鋭さを増した王子の視線を浴びて、僕は戸惑いつつ答える。

「なるべく早く後宮へ行きたいって」

「その後だ!」

「ついでに大神殿も見たいな、と」

「その後!」

「大巫女様が居ないうちに……」

「どういうことだ? なぜ大神殿に“守護者”がいないと分かる?」

「えっと、たまたま『風の噂』をキャッチしたんですけど――」

 僕はアリスとの関係を濁したまま、大事なポイントだけを伝えた。大巫女様がこの街へ向けて出発し、約一ヶ月後に到着するだろうことを。

「その話の信ぴょう性はッ?」

 いきり立った王子が、僕の胸ぐらに掴みかかる。ニアさんと水龍も今度ばかりは邪魔をせず、不安げに僕を見つめる。

 というより、ニアさんは感覚的に全てを理解したようで。

「落ち着いてください、殿下。ユウ様のおっしゃることは本当ですわ。先ほどこの館を揺るがせた強風は、確かに大巫女様の“風”でしたし、その後も小さな風がこの街へ向かって流れてきているようです」

「クソッ、なぜ今なんだ!」

「王子、どうしたんですか? 大巫女様がここへ来ることに何か問題が?」

 そのとき、僕が案じたのはアリスの身だ。

 王子は『最後の試練』について何か知っているんじゃないか?

 やはり大巫女様はアリスに無茶な修行をさせるつもりでは……?

 なんてことをコンマ一秒で考えて激しく動揺するくらい、僕はアリスのことが好きだった。守りたい人がどれほど増えてもアリスだけは特別だった。

 しかし、頭を抱えてへたり込んだ王子は、僕の不安をあっさりと蹴散らしてしまう。より最悪な方向へ。

「……大神殿の巫女たちが危ない。強力な守護者がいなくなった大神殿など呆気なく落とされる。気が狂った王族の食い物にされるぞ」

「ッ、まさか、だって彼女たちは血を分けた娘で、しかも貴重な精霊術師でしょう?」

「ヤツらの魂はすでに腐り切っている。奴隷や孤児だけでは飽き足らず、信仰の異なる移民にまで手を出し始めたくらいだ。ヤツらはもはや人間じゃない、後宮へ堕ちる女が増えれば増えるほど喜ぶケダモノだと思った方がいい。『より強い精霊術師を産みだすため』という大義名分があれば、血の繋がりなど関係なく、“女神の愛娘”でさえも――」

 不吉な言霊を解き放つことなく、王子は強く唇を噛みしめた。

 僕は浮かびかけた光景――美しい箱庭がぐちゃぐちゃに汚されるシーンを強制的にシャットアウトする。

 代わりに考えたのは、具体的な計画だ。

「教えてください王子。大巫女様の抜けた穴を埋める戦力は? 大神殿はどの程度耐えられますか?」

「たとえ相手が国王や皇太子であろうとも、後宮の内情を知らない神官たちは抵抗するだろう。そして巫女たちの持つ神気もヤツらの穢れを払う。そこで萎える程度の欲望ならばいいが……そうだな、猶予は一月ってところか」

「その根拠は?」

「ヤツらが恐れるのは大神殿の守護者だ。聖都オリエンスという“僻地”へ彼女が到着したという確かな情報が流れたとき、欲望は恐れを上回るだろう」

 矢継ぎ早な僕の質問に、適切な回答をくれる王子。会話をする間に落ち着きを取り戻したのか、紅潮していた頬が色を失っていく。

 しかし、王子が冷静であるほど、一月という時間の重みが増していく。

「それじゃ、一月後までに大神殿の巫女を全員避難させることは可能ですか?」

「……分からない。王都で俺の名はほとんど通じない。移動手段には民間の馬車を使うしかないが、大量に動かせば足がつく。保護対象を数名に絞るならば可能だが」

「では、人数の問題は後回しにしましょう。巫女たちの避難先と誘導方法は?」

「他の街の神殿に交渉するくらいなら、この館へ連れて来るほうが手っ取り早い。誘導役は男では無理だ。神官には下神殿を守らせて時間を稼がせ、実際に外へ連れ出すのは女……大量の神気を浴びることを考えれば、魔力を持たない娘が望ましい。しかし王都にそんな人材は」

「――わたくしが参ります」

 凛とした声に振り向けば、そこには微笑を浮かべて佇むニアさんがいた。

 微かに震える身体を支えるのは巨大な水龍。王都で刻み付けられた忌まわしい記憶に立ち向かうことを決めた彼女へ、より一層厚い信頼を寄せる。

 そんなニアさんの精一杯の笑顔を、僕は壊した。

「悪いけど、今のニアさんはダメだ。大神殿の巫女には近づけられない」

「ユウ様、なぜッ」

「さっきまで話してたことを思い出して。今のニアさんは強い。つまり弱い巫女の精霊を奪うかもしれない」

「あ……そんな……」

「断定的な言い方をしてゴメン。まだ時間はあるし何か方法がないか探してみよう。例えば大巫女様は、弱い巫女たちと一緒にいても精霊を奪わずにいられるんだ。ニアさんにもそれができるかもしれない、よね?」

「……はい、分かりました」

 力なく落とされた言葉には「たぶん無理でしょうが」という落胆が滲んでいる。その理由も僕には見当がついた。

 無限の器――その言葉にヒントがある。

 大巫女様は無限の器になれなかった人物だ。無限に精霊を受け入れることはできない、有限の器だと自分自身にジャッジを下した。

 つまり大巫女様は、自分の限界まで精霊を受け入れている。だからこれ以上奪うことはない。

 本物の精霊術師になったばかりのニアさんがその境地にたどり着くまでには、どれほどの時間がかかるのか……それこそ僕には計り知れない。

 というか、それ以前の問題が一つ。

「巫女たちの避難場所がこの館になるとすれば、ニアさんはここを出なきゃならないってことか……王子、どこか別の“隠れ家”はありますか?」

「無い。せいぜいクロに護衛させて他の街へ逃がすくらいか」

「では今すぐクロさんを呼んで相談しましょう」

「アイツを呼び出すより、こっちから娼館へ出向く方が早いな」

「娼館……って、ニアさんも?」

「ああ。どうせ“魔力”に慣れさせなきゃならないんだ。軟弱な引きこもりにはちょうどいい修行になるだろう」

 辛辣な言葉にぐうの音も出ないニアさんをよそに、王子はテキパキと作業を進めていく。

 一階のロビーで密談が終わるのを待ち構えていたローズさんと老騎士に、地下室に転がる『お宝収集』を押し付け、カモフラージュ加工がされた外装のボロい馬車を用意。そして部下の騎士たちと軽く打ち合わせ。

 ニアさんはびくびくしながら太陽の下に出てくる。すっかり従順になった水龍が、軟弱な引きこもりの主を後方から応援する。

 その間、僕は馬車にさらなる細工を施す。

 まずはスニーカーレベルまで強度をアップ。ニアさんを荷台の中に放り込んだ後は、じわじわと結界魔術を発動。

 ニアさんが『魔力恐怖症』の発作を起こすことを心配していたけれど、どうやら僕の魔術自体は怖くないらしい。むしろ僕が背負った荷袋にビビりまくりで、四角形の空間の一番遠い場所に縮こまってしまう。

「甘えるな、慣れろ」

 という厳しい指示とともに乗り込んできた王子が、ニアさんを僕の隣に押しやり、御者係をしてくれる騎士さんに出発の合図を出す。

 館の周囲に張り巡らされた地下通路の一本を使って南地区の端の雑木林へ抜ければ、クロさんのいる娼館までは目と鼻の先。馬車に揺られていた時間は十分弱。

 柔らかな絨毯敷きの荷台の中、僕らは先ほどのミーティングを振り返りつつ、クロさんに何を話すかをまとめていく。

「……そういえば、さっき聞きそびれたんだが、坊は『巫女の誘導』に何か案があるのか?」

「はい。たぶんノエルなら大丈夫じゃないか、と思ってます」

 はす向かいに腰かけた王子からの質問に、僕はしっかりと頷いた。

 ノエルとマルコさんは、大神殿とはまったく関係ない場所で生まれた、言わば突然変異みたいな精霊術師だ。大神殿の巫女とは根本的に生態が違う上に、魂再生リサイクルチート魔術もかかっている。

 まずはノエルをニアさんに近づけて、精霊を奪い奪われるという『感覚』が湧き上がるかどうかを検証する。

 もしノエルが無理だったら、マルコさんに頼む。

 マルコさんなら僕の“期待”を絶対に裏切らないって確信があるけれど、残念ながら今のマルコさんは僕が好き勝手に動かしていい立場じゃない。

 この街の稼ぎ頭であり、住民の精神的な支えでもある貴重な人物に、ここを離れさせるのは厳しい。

 となると……。

「実は、良い人材が一人いるんですよね」

 彼女のことを思い浮かべた僕は、自然と口元を綻ばせた。

 この街には、僕を救うために女神が遣わした“救世主”がいる。

 精霊が見えるくらい純粋で、たぶん僕が思うよりずっと賢くて……美味しいお菓子で釣られてくれる、とびきり可愛い救世主が。

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