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銀翼の騎士、または天使

どこまでも続く青い空はその翼を持つ者に自由を与えてくれる、機体は身体となりその翼でどこまでも遠くまで飛翔する。それを夢見ていた。


「計器を見なさい!エルダ機とどんどん離れていってるわよ!ウェイポイント2通過時点で34秒遅れてるわ!」


珍しく鬼教官と化し、上品さなどとは無縁のところにいるロレインは複座のF-15の後部座席に座っていた。


彼女の前に座るのはヘンリー特任中尉だ。


そう、今現在、王家2人の機種習熟訓練が行われているのである。


「りょ、了解。相対速度を上げます。」


「エルダ機を目視しなさい!距離を常に意識!ぶつかるような距離になった時点で私が操縦桿を握ります。」


「了解…」


ヘンリーはなんとか先頭を行くエルダ機と適切な距離を保ち追いかけはじめた。まるでアヒルの子が母についていくように。


その頃、前方のエルダ機では。


「予定時刻より−2秒、悪くない。次のウェイポイントは分かってるな?」


「はい、2マイル先で右に旋回、旋回終了は開始より20秒の時点。」


「計器を確認しながら動くんだ、支援AIに今回は頼るな。」


(この子、飲み込みが速い。空を飛ぶセンスがある。もし王族ではなく一般人ならすぐに軍務について欲しいくらいだ。)


ヘンリーとは対照的にエルダは機体を自在に扱っていた、卓越した空間把握能力、優れた頭脳、肉体はパイロット向きとはいえないがそれを言ったらロレインもモデル体型だ何も言えない。


「ターンレディ、ナウ。」


機体は完璧な軌道を描いて旋回していく、彼女はこの空の一員への道を大きく歩んだのだった。


訓練飛行終了後


「ど、どうでしたでしょうか?」


「旋回、時間管理、速度配分、燃料への配慮。及第点のものが多い、そのまま続けるように。しかし、飛行に際しては計器の確認を身に染みつかせること、以上。今後はAIの運用も訓練していく、しっかり休むように。」


「分かりました!ありがとうございます、ハルトマン少佐!」


エルダ王女は普通の女の子のように喜んだ、彼女にとっては試験の一つ一つの突破が嬉しいのだ、その点はやはり普通の女の子だった。


なお、隣は


「さて、話を聞いてどうだった?空間認識能力は悪くないわ、でもそれ以外が壊滅的ね。普通なら貴方は荷物をまとめて去ってもらうところだけれどそうもいかない、死ぬ気で上がってもらうわよ。」


鬼教官ロレインがヘンリー特任中尉を完全に手の上で転がしていた。


その時部屋のテレビでニュース速報が流れた


「第5番国連保護区サイクスに派遣されたテトラ共和国、ガーナボルテ共和国を中心とする国連治安維持部隊がサイクス内で戦闘を開始したとの報告が入りました!」


(サイクスに派遣された国連軍が?)


サイクスに駐留していたエルファリア、ノースウェル、フレグテリアの3カ国は現在撤退しており、代わりの復興と治安維持を目的としてサイクス隣国のテトラ共和国とガーナボルテ共和国が治安維持任務に志願し、国連軍として派遣されていた。


「両国はこの件に関して沈黙を貫いており速やかな事実確認が急がれます。」


(バルフォア大陸東部は発展途上国がそのほとんどを占めている、戦争も絶えない地域だが、国連を敵に回すつもりなのか、あの2カ国は?)


「今!速報が入りました!国連軍総司令部は2カ国に対して直ちの武装解除と上層部の出頭を命じました!2カ国の動きに注目が集まります!」


その時電話が鳴った


「はい、特殊戦術航空群アシュフォード中尉です。総司令?ハルトマン少佐に?わかりました繋げます。ケイ!シュリットラー元帥からよ。」


目の前の電話を取る


「ハルトマンです、いかがいたしましたか?」


「これは統合参謀本部において決定されたことである、よく聞け。ハルトマン少佐に出撃命令を下す。目的は国連保護区サイクスの偵察だ。」


「しかし特殊戦術航空群は未だ作戦可能な状態ではありませんが?」


「これは君個人への命令だ、すまないがアシュフォード中尉やスカーレット中佐といった精鋭をウィングマンにつけることも許されない、君一機を戦域に届けるしかできないのだ。すぐに上がれ、残りは空で伝える。」


電話が切れた、幸いパイロットスーツはまだ着ているしもう少し縛ればいい。


「命令が出た、ロレイン、スカーレット中佐に事後報告を。統合参謀本部からの単独偵察任務だよ。」


「単独?エレメントを含む編成ではなくて?」


「単独、一機だ。君にも手伝ってもらいたいができないらしい、すぐに出る。あとは頼んだ。」


ヘルメットを取りに向かう。


「ハルトマン少佐!ご、ご無事のお帰りをお待ちしております!」


エルダ王女に手で応えてから格納庫に向かう。


「緊急離陸です!機体を出します!偵察ポッドの装着にどれくらいかかりますか?」


整備班長のジャスティン・ドレーク中尉に聞く


「先ほど司令部より通達が来ていました、機体はすでに万全の状態です!ただ、試験を予定していた新型の小型爆弾GBU-111が10発搭載されたままです、そのため空対空兵装はAAM-12が4発とAAM-10が4発です。」


「承知しました、感謝いたしますドレーク中尉。」


タラップを登りコックピットに乗り込みエンジンをかける。


機体を確認した後急いで滑走路へ向かう、事態は基地にも伝わっていて全航空機の離発着が停止されている。


「コントロールタワーよりナイトへ、離陸を許可する、離陸後針路をこちらの指示に従えば空中給油機が展開しておりそこで燃料を補充できる。」


「了解、ハルトマン機離陸します。」


双発のF200ターボファンエンジンが唸りを上げ、機体を空へと持ち上げた。


「時計を確認します、時間を。」


「14:23まで残り5、4、3、2、1、マーク。」


時計が正確な時間を刻んでいることを確認して針路に機首を向ける。


「確認よし、針路45°に取ります。」


5分後 エルドリッチ臨時基地


ロレインやヘンリー、エルダやスカーレットらはニュースを見ていた、現地入りした記者がサイクスでの戦闘の様子を命がけで撮影していた。


「抵抗しているのは現地の住民かしら?」


「おそらくは、それを口実にさらなる戦闘を。」


「あの…バルフォア大陸東部の国々は未だ資金援助や経済成長支援を受けている途上国が多いと学びましたが、そんな国に戦争をする力があるのですか?」


エルダは聞いた


「エルダ王女、テルリアも途上国でしたが軍事に振り切ったことで我が国と戦争しました、戦争の方法はいくらでもあるのです。」


諭すようにスカーレット中佐は言う。


「そういえばハルトマン少佐は?姿が見えないけれど?」


ロレインは訝しげに見た


「スカーレット中佐?ハルトマン少佐ならつい先程統合参謀本部からの緊急命令で出撃していきましたよ?シュリットラー元帥からの直命令です。」


「む?そんな話私には来ていないわ。ちょっと待ってて確認してくる。」


ロレインは胸がざわつくのを感じた、ケイが何か大変なことに巻き込まれてしまったかもしれないと。


その頃

「そろそろ見えてくるはずなんだがな…、給油機がレーダーに映らないな。まさかのステルス給油機か?そんなもの存在するのかは知らないが。」


独り言を呟きながら日が暮れてきた空を見る、給油機との合流ポイントはここのはずだ。


その時目の前に黒い点が飛んでいた、ようやく見つけた。空中給油機だ。


(レーダーに…やっと映った、この距離で?ステルスの空中給油機なんて初めて聞いた。秘匿兵器のなんかかな?)


「こちらエルドリッチ基地所属セラフィム隊のKnight 、空中給油を要請する。」


すぐに返答がきた

「速度を合わせて本機の下方に遷移せよ、空中給油を行う。」


「感謝する。」


空中給油機の下方に回りこみ速度を合わせる。


空中給油機から燃料給油用のブームが伸びてきて機体の給油口から燃料を入れてくる。


「見たことない機体だが、飛行開発実験団か何かか?空中給油機をステルス化なんて面白いコンセプトだな。」


「まぁな、我々も我々で任務で飛ばしているだけだ。」


(無愛想な管制官だ、いつもの連中はもう少しコミュ力があるのにな。)


空中給油が終わり機体を空中給油機の横につける、全く見たことのない機体だがラウンデルは我が国のものだった。マーキングはあまり多くはない。


去り際、こっそり写真を撮影した。


「空中給油に感謝する、グッドラック。」


機体を旋回させて針路をサイクスへ向ける。長い旅路だ。


15:00

統合参謀本部オペレーションルーム

「なに?出撃命令?何を言っている?私はそんなもの出していないぞ。ハルトマンに特別命令を下すのはそう簡単なものじゃない。なに?もう飛んだだと?」


シュリットラー総司令官は電話越しに怪訝な表情をしていた、ケイに出撃命令など出していない。一体どういうことか?


「しかしこちらは参謀本部との直通回線できたのです、外部からの侵入はありえませんし録音音声からも元帥閣下であられることは確かなのです。」


セラフィム戦術航空群司令官 ダニエル・トーマス大佐がそう報告をあげる。


「もう一度確認し直せ、ありえん。私は命令を出していない、ハルトマン少佐を呼び戻せ。その任務はリスクしか無い。」


シュリットラーは悩んだ、何がどうなっているのか。と


「陸海空の参謀長を呼べ、情報局のキーマン局長もだ!」


何故だか胸がざわついた。


その頃、大西洋上


(それにしても何故F-15で偵察なんか…、F35の方がよっぽど安全だろうし俺の仕事も楽になったのにな。)


ケイの機体は知らぬ間に細工されていた、整備士によるものではない、彼の機体の無線機は何者かのコントロール下にあったのだ。


()

国連保護区サイクス、地下工事トンネル


ぷるぷると震えながら子供達が群れ、瀕死の人間は少し先で放置されている。老人は老い先短いものがさらに短く、若い男は武器を持っているか身体のどこかを失っているか。


ここはサイクスの地下を通る新たなトンネルを作っていた残骸である、少し前の攻撃で"まともな"国連軍がいなくなってから工事はストップしていた。


暗がりの中をまだ艶を残しているしなやかな長い銀髪を靡かせた、碧眼の女性が歩いていく。


「あ、お姉ちゃんが帰ってきた!」


先程まで恐怖に苛まれていた子供達もお姉ちゃんと呼ぶその女性を見ると目を輝かせて駆け寄る。


「怪我はない?体調は?」


「ジャックがさっきから身体が熱いって…」


1人うなだれている少年に女性は近づき額に手を当てる、確かにかなり発熱している。


「さっき薬を少し見つけてきた、少しは楽になるかも。マスクを着けてあげて、みんなに移ったら薬が足りない。」


マスクを着けさせて、子供達に少し砕けたビスケットと水の入ったペットボトルを渡した。


彼女の名前はイリーナ・オルロワ。


コミーテルにほど近い国の生まれだがコミーテルの侵攻で国を失い、国連保護区に流れ着いた。


美しく整った凛々しい顔立ちにキッチリしながらもどこか儚さを感じる碧眼の瞳、この戦場にあっても艶をまだ残す銀色の長髪をポニーテールでまとめている22歳の女性。


「イリーナ!奴らトンネルの入り口を徘徊してる、何とかしないとここに入られちまう。」


銃を持った若い男がそう言って近づいてくる。


彼はサイモン・アルベルタ。南サレザー大陸にある国からの元難民だ。


「分かった、入り口を爆破して塞いでしまおう。入り口は他にもたくさんある。」


「分かった。」


彼らは己らをサイクス防衛隊と名乗りゲリラ戦闘を繰り返しながらサイクスの民を避難させているサイクスに住む人達による武装勢力だ。


「イリーナちゃん…、ご苦労様。子供達もこれで少しは気も紛れるわ。貴女に怪我はない?」


「えぇ、大丈夫。」


「せっかくの美人が台無しになったら悲しいもの、気をつけてね。」


ここに避難した人達のお世話をしている女性達が彼女を出迎えた。


「私はすぐに上に戻る、まだ沢山の人が取り残されてるから。」


女性達は苦虫を噛み潰したような表情をしながら彼女を見送った。


トンネルをくぐり隠し通路から外に出る、所々では銃声に砲撃音が響いている、テトラとガーナボルテはサイクスの人間を捕らえるか殺しながらも国連の介入を姑息な手で防いでいた。


ゴーグルをつけ、口元に布を巻き駆け出す。


彼女は粉塵の中に佇む女神あるいは姫のようにさえ見えた。


()

同時刻 統合参謀本部


「一体何がどうなっている?どうやって我々の直通回線からこんな欺瞞情報を?」

「してやられているな、さっぱり手口が分からん。」

「こうもなるとエルドリッチかこちらにスパイがいると考える他はありませんな。」

「エルドリッチで電話を受けたのはアシュフォードだ、とするとスパイは我々の側にいる。」


少し狭い会議室で三軍の参謀長と情報局長が雁首を揃えていた。


「問題はケイだ、通信が全く繋がらんらしい、アイツが裏切るなどあり得ない、何か細工されているのだろう。」


シュリットラーはそう切り出す、彼らの目下の課題は彼をどう助けるかだった。


「まったく、陸軍の私が言うことではないがハルトマン少佐を失うと我が陸軍の士気にも多少なりと影響するからな。」


そう言うのは陸軍の参謀長である。


「追跡部隊の様子は?」


「現在2機を向かわせましたが管制官の不手際があり追いつくのは絶望的です。」


空軍参謀長は悔しそうに言う。


「裏に何者かがいる、軍部隊も投入して構わない、探し出せ。根こそぎ排除する。加えて、ハルトマンの救出部隊の用意を、即座に動けるようにな。」


彼らは1人のパイロットのために軍ごと動かす覚悟だった、それほど彼が世間に与える影響は大きいのだ。


()

国連保護区サイクス


イリーナはAK-47を持ち、風のように駆け回った、敵を誘い出してはまとめて撃った。狙われることもあるが彼女を捉えることはできない。


サイクスの女性が敵兵士に襲われていた、同じ女性としてイリーナは彼女達の尊厳を失わせる訳にはいかない。


数発の銃弾が敵を貫いた


敵は彼女達にのしかかるように絶命した。降りて、彼女達の元に行く。


当然だが1人はシェルショックに近い症状を起こしていた。

そばのもう1人の女性に彼女とともに地下へ逃げるように言った、破れた服を集めてから2人は地下入口から入っていった。


絶命した兵士にイリーナは軽蔑の目を向けた、誇り高い兵士ならば尊敬するが彼らがやっていることは外道、讃える気はなかった。


瓦礫の町を隠れながら移動して仲間達が前線基地にしている廃墟に入る。


そこは敵から強奪したMANPADS(携行個人対空兵器)やロケットランチャー、無反動砲、重機関銃、軽機関銃、アサルトライフルが隠されていた。


「空の様子は?」


「相変わらずハエが飛んでは爆弾を落としていくの毎日だ。代わり映えもせずMIGだよ。」


「撃ち落とせますか?」


せっかく対空ミサイルがあるなら、とイリーナは思ったが


「ヘリと違って速くてなかなか難しいんだ。」


「なるほど。分かりました。」


双眼鏡で周りをイリーナが監視を始めたちょうどその時。


「お?新しいニュースか。エルファリアの撃墜王様の特番だとよ。」


エルファリアの電波を受信しているラジオから撃墜王ケイ・ハルトマンの特番番組が流れ出した。


(彼のようなエースパイロットが我々の側にもいてくれたなら、どれだけの人が助けられたことだろうか。)


イリーナはそう思いながら監視任務を続けた。


()

16:00バルフォア大陸東部上空


(長い旅もそろそろ終わりだ、さてと…自動操縦から手動操縦に切り替えて、偵察ポッドの確認をして、よし。)


「こちらknight、繰り返すこちらknight、まもなく作戦空域に突入する。む?もしもし、もしもし!」


無線機からは砂嵐のような音しか聞こえない。


少し弄ってみたが少なくとも司令部とは連絡がつかない。


(困ったな、このままだと任務に必要な支援が得られない、そんな状況で相手に突っ込みたくはないな。ここは任務を中断するか。)


通信がつかない状況での任務続行は無線が通じないという前提条件が設定されていたならともかく、今回は違う。


現在はサイクスまで目と鼻の距離まで近づいていた、機体を旋回させて空域からの離脱をめざす。


その時


「レーダーコンタクト、一時方向より機数3。」


機体搭載のAIが報告を上げてきた。見ると確かに3機の機体が迫ってきていた。


無線機をとって連絡を試みる。


伝わっているかどうかはわからない。


「こちらエルファリア空軍機、これより本機は空域からの離脱コースを取る。また、当空域は国際空域である。本機には飛行の自由が認められている。貴機は介入することは許されない。」


(あっちがその気なら無理だろうな、なんか嵌められた気分だ)


RWRがアラームを流す、互いの距離は現在45マイル、今撃てば確実に敵機を撃ち落とせる。そして、おそらく敵のミサイルもこちらを捉えている。


しかし、ケイは撃てない。エルファリア王国の交戦規定は撃たれるまでは1発も撃ってはならない。たとえ明確に敵機に殺意があり、こちらを撃墜する動きを見せても。


(しかし、逃げられないという規定はないのでね。)


増槽を投棄し、機体を旋回させ続け離脱しようとすると前からも2機の敵機が来た、囲まれているのだ。


(ちっ…、完全に罠に嵌められたな。まるで僕がここに来るのが分かっていたように動いている。)


遂に敵機からミサイルが放たれた、合計5発のミサイルが飛んでくる。


こうなれば離脱もできない、逃げ道はサイクスへ続く山々の間のみ。


迷ってもいられなかった、機体をさらに旋回させてチャフを撒きつつジグザグに飛び敵ミサイルを振り回す。


ミサイルは常にブースターを噴かしているわけではない、ブースターが尽きれば残りは滑空するのみだ、だから振り回して失速させる。


高度を下げることで空気抵抗を増やしミサイルからエネルギーを奪っていく。


第1波を躱し終えたが高度を下げたことによって機体は今現在反撃にあたっては不利な位置にある。ミサイルを撃ち上げる必要があるためどうしてもミサイルのエネルギーと射程が減衰する。


しかし、ケイが抱えているのはAAM-12。その最新型のC型である、射程は110マイル。その分ブースターの燃焼時間も長い。


この距離なら十分命中が狙える。


近い2機にレーダーを照射して隙を見て放った。


AAM-12自体のレーダーはおおよそ21マイルでピットブルになる。現在敵機は距離30マイルのあたりにいる。


あと少しでピットブルというところで再び敵機からミサイルが放たれた。


運良くミサイルがピットブルに入り母機からのレーダー照射を必要としなくなる。


(ここから回避に専念だ。)


下げる高度はあまりなく、上から打ち降ろされる形での敵ミサイルはとてもではないが楽に回避できるものではない。


しかし手がないわけではない、ケイが得意とする地形を用いた回避。幸い近くには山が連なっている。


低空を這うように飛ぶことで地表の木々やその他の地形でレーダーを狂わせる。


少しでも操作をミスすれば機体は地表へ、この高度では脱出もままならず機体とともに木っ端微塵となる。


「敵機2機のレーダーロストを確認。敵機撃墜。」


AIが撃墜報告を上げてくる、これで敵の頭数は減った。続く攻撃を躱すのが少しは楽になるだろう。


1発が後ろの地面を、もう1発が機体の右横の地面を、残りはあらぬ方向に飛んでいった。


(AAM-12はあと1発のみ、反撃は難しいな。)


その時視界が開け、黒煙が上がる建物がいくつも見えた。


(サイクスに出てしまったか!?)


こうなれば遮蔽もない、間違って民間人を巻き込むわけにもいかない。腹を括ったケイは反転する。


残る敵機は3機、まず1機にAAM-12を放つ、すぐにピットブルになった。敵機は回避のために慌てて編隊を離れていった。


(残るは2機、AAM-10を舐めてもらっては困るな。)


AAM-10の射程は20マイル、短射程という割には長い。


奇しくも敵機とこちらは同時にミサイルを放った。


「敵機1機がレーダーロスト、撃墜確認。累積3」


(当たったか、躱せないわけではないと思うが練度が足りていないようだな。)


バレルロールとフレアで敵のミサイルを躱す。


こちらのミサイルは1発が敵に命中する。


「敵機1機の急速な高度低下を確認、撃墜を認めます。累積4。」


一対一、敵は見たところ旧式第四世代のSu-27のようだった。おそらくはそれの若干の改修型だろう。


戦闘はサイクス上空に移る。


僅かな黒点から目を離さず、速度と高度をコントロールしながら最適なタイミングを見計らって旋回する。


(いい相手だ、でもまだ結婚もしてないのに死ぬわけにはいかなくてね。)


ヘルメットには照準機能が付いている、これで機首を向けなくてもロックオンできるのだ。


赤外線シーカーが敵を捉える。


旋回が終わり、最適なタイミング。敵機がやや機首を上げたそのタイミングで放った。


ミサイルは昔ほど目立つ白煙は引かないが微かな煙で線を引き敵機の後部を撃ち砕いた。


「敵機の高度低下を確認。撃墜を認めます。累積5。」


息が荒い、まだアドレナリンが出ている。


(燃料が心許ないな…コンフォーマルタンクが付いていて良かった。増槽はさっき投棄したからな、少しは機体が軽いか。)


機体を軽くしたいがあと捨てるべきは試験段階の新型小型誘導爆弾GBU-111だがこれを投棄するのは機密保持の観点からなるべく避けたい。


(よし、メルダー島基地になら余裕を持って帰還できそうだ、最後に少し任務を果たしてから戻るか…)


機体はゆっくりと旋回を始め、偵察ポッドは地表の高解像度画像を撮影し始めた。


()

サイクス地上。


「お…おい、空戦か?」

「落ちたのはテトラか?ガーナボルテか?」

「仲間割れか?」


兵士達がざわついている時、イリーナは驚いていた。あの機体はMiGやスホーイではなかった。


「写真撮れてたぞ、見てみろ。」


1人が写真を撮影していたらしい、みんなで見てみる。


イリーナは見たことがない機体、そもそもイリーナは親の影響で陸戦の教養はあるがそれ以外の軍事に詳しいわけではない。


「F-15だ…」


サイモンが呟く。


「F-15?」


イリーナは首を傾げる。


「あの撃墜王様の機体と同じだよ、確かノースウェルとエルファリア、フレグテリアとエルギー、ズイスの5カ国でしか運用されていないはずだよ。」


「そんな機体がここに…もしかして。」


「誰かが助けに来てくれた?」


僅かな希望が浮かぶ、彼らは絶望に侵され始めていたところだったのだが、あの翼が彼らに希望を見せたのだ。


「これも見てくれ。」


もう一枚の写真はより鮮明に機体を捉えていた、その機体の垂直尾翼に描かれたマーク。


一本の垂直線と水平線を交差させた、幾何学的な意匠だった。交点から左上へと斜線が伸び、垂直線とともに鋭い三角形を形作っている。さらに、各線の先端は刃物のように細く尖り、交差部分には流麗な曲線を伴った独特の意匠が施されている。


ケイ・ハルトマンの対外宣伝用の特殊マーキングである。


「銀翼の騎士が!!」

「マジかよ!これなら本隊もそのうち来るんじゃないか!?」

「だとしたらみんな助かるぞ!」


前線基地は歓喜に沸いた、光がより強くなって見えた。


イリーナは少し遠くを僅かに旋回しているその機体を熱い目で見ていた。


その時、砲撃音がする。続いて機関銃の連射音。


防衛隊の皆は銃を持って周りを探ると生き残ったサイクスの住民達が逃げ惑っていた。それを奴らが撃ち殺している。


「野郎!ゆるさねぇ!」


男達が武器を持って階段を降りていく、イリーナも銃を持って降りようとした。ふと、発煙筒が目に入り何本か持っていくことにした。


()

上空


(酷い有様だ、人のやることじゃない。)


偵察ポッドの画像をケイは確認していた。あまりにも酷い、並べられた死体。服すら着ていない遺体もある。


建物は崩れ落ち、火の手が回っても消せる人はいない。


助けてあげたい気持ちはあったが誤爆の可能性もある上にエルファリアを戦争に巻き込みかねない。それだけは避けなくてはならなかった。


()

地上


「みんなこっちへ!こっちに通路がある!」


イリーナは避難民を地下トンネルに誘導していた。少し先では男達が武器を持って抵抗している。


「イリーナ!やつらを足止めしないと。」


まだ後ろには地下に避難しようとしている避難民達が列を成していた。


「分かった、でも数が多い。どうにかしないと。」


「どうするって言っても、どうしようもないじゃないか。爆弾はもうほとんど残ってないし。」


イリーナはなんだかできる気がした、もしかしたら。ひょっとしたら、やってくれるかもしれない。と


「やってみたいことがある。私を守ってくれるか?」


「あぁ…分かった、守ってやる。どこでもな!」


2人は走って側の倒壊した二階建ての家に入った。


イリーナは発煙筒を取り出す。


(お願い!気づいて!そして、助けて!)


投げた発煙筒は敵の真ん中に落ちて煙を上げた。


()

上空


(よし、全体撮影完了、帰還しよう。交戦したわけだし、報告書を沢山書かないとな…)


その時、少し遠くに赤い煙が上がっていた。


(発煙筒?救難用の?何事だ…)


機体をその近くに飛ばすことにした。


下を見ると銃撃戦が起きていた、なんだただの小競り合いか。仲間割れか、ゲリラかどっちかだろうと離脱しようとした時、人の列に気づいた。


(なんで戦闘してる側にあんなに人が…)


AIに画像を識別させると


「対象に武装は確認できず、戦闘による難民もしくは避難民と予想されます。確率は60%です。」


(助けるべきか助けぬべきか、僕は軍人、国のために動くべきだろう。可哀想だが…)


機体を離脱させようとしたが手が動かない、葛藤が動きを鈍らせる。


()

「ダメだ!行かないでくれ!」


イリーナは去りゆく機体にそう叫んだ、既に敵はこちらの防御陣地のそばまで浸透している。


「くそ!どうして助けてくれないんだ!」


サイモンも機体に叫ぶ。


(どうして…私達はただ生きたいだけなのに…)


敵がこの家に気づいた、じきにここに敵兵がやってくる。


イリーナは涙が溢れてきた、勝手に期待していただけなのだと改めて実感させられた。


その時、


「brrrrrrrrrrrrrrrrr!!!」


何かを引き裂くような音がしたかと思えば道路に展開していた敵兵達が八つ裂きにされ、鮮血が道を染めていた。


「何があったの…」


戦闘機の爆音が頭上を通過する、突風が砂埃を舞い上げて視界を奪う。


「イリーナ!みんなと合流するぞ!急げ!今のうちだ!」


イリーナははっとして立ち上がり駆けた。


外に出ると歓声が上がっていた、避難民も避難民を守るために戦っていた者達も共に空に目を向けている。


「イリーナ!やったな!天使が舞い戻ってきたぞ!」

「君のおかげだイリーナ!」


その天使は爆音を轟かせ、銀翼によって空を舞っていた。


「私たちの…天使!」


()

上空にて


(やってしまった…、軍人としては失格だな。不名誉除隊くらいは覚悟しなくては。もうここまできたんだ、試験兵器、使わせてもらおう。)


「knightより201、地上目標を策定。テトラ、ガーナボルテと確認できたものに絞り、脅威評価を元に目標を表示せよ。脅威評価は地上へのものを優先する。」


「了解、索敵情報収集開始。」


30秒後


「完了、表示します。」


装甲車、さらには戦車まで。装甲兵器はゲリラにはさぞ辛かろう。


「ターゲット選択。」


目標情報を入力して爆弾の投下準備を整える、そして。


「投下!」


10発のGBU-111 小型推進装置付き滑空誘導爆弾が投下される。


翼を広げ、遠くの目標に向けて小型ブースターで一度高く舞い上がる。近い目標にはそのまま突っ込む。


一度上がった爆弾は逆さ落としに敵の上から落下し、ピンポイントで敵を爆破する。


次々と着弾し、誘爆したのか大きな爆発が起こる。


(できることはやった、あとは彼らが生き残ることを祈るしかない。)


離脱しようとした時、機体後部を衝撃が襲った。


(地対空ミサイル!?MANPADSか!)


「警告、警告。推力喪失、飛行不能飛行不能。脱出せよ。脱出せよ。」


「最悪だ…イジェクト!」


キャノピーを突き破り座席が空に射出される。


機体はそのままサイクスの近くの浜辺に墜落した。


(赤外線誘導ミサイルへの警戒を怠ってしまっていた…、つくづく軍人失格だな…)


()

地上では


「天使が落ちたぞ!」

「まずい!あっちの方にはガーナボルテの奴らが陣地を作ってるぞ!」


叫ぶより先にイリーナの体が動いていた。


「助けに行かないと!」


風のように軽やかに地面を蹴り、墜落地点へ走った。

MANPADS・・携帯式防空ミサイルシステム。歩兵が担いで持ち運ぶことができ、射程は概ね3から8キロ、赤外線誘導方式が主流でパイロットは撃たれたことに気付きづらい。

ケイの機体のマーキング・・ケイの機体には撃墜数のマーキングの他に彼用の専用マーキングがある、底辺とその垂線が突き出た形の直角三角形をベースにしており、これは彼の祖父と父から引き継いだもの。その他、機体の識別番号、セラフィム航空群の部隊章などがマーキングされている。目的としては宣伝

支援AI・・エルファリア空軍で配備が進む多機能補助知能システム、空戦の際の無人機統制や長距離戦時の補助、オートパイロットに加えて、脅威評価システムとターゲティングシステムも搭載、1機あたりの多用途性を飛躍的に向上させた。

バレルロール・・機体をぐるりと回転させてトンネルを作るように飛ぶ機動、使い所は非常に限られるが場合によってはフレアとの併用で短距離ミサイルを躱せる場合もある、ケイの祖父の得意技。

バルフォア大陸東部・・正式名称バルフォア東部準大陸、バルフォア大陸から生えたキノコのような形の土地でありバルフォア大陸とはごく僅かな陸地で繋がっている、主に黒人が住んでおり途上国が非常に多い、近年だけで28回の戦争が起きた多発地域。

GBU-111・・コードネーム、コビト。250ポンド爆弾に推進装置と翼、シーカーを搭載した誘導爆弾。半分爆弾半分ミサイルの独特な兵器、現在飛行開発実験団でのテストを終え、実戦部隊での実証試験が行われるところだった。

偵察ポッド・・文字通り偵察のための追加装備、超高性能カメラと第4世代熱線映像装置、暗視装置とレーザーを搭載しており、敵の把握から爆弾の誘導、目標の識別まで行える優れもの。ステルス機と異なり外部懸架できるため性能の向上がまだ見込める。現在はF-15並びにF-16部隊に順次配備されている。

ステルス空中給油機・・No data

総司令官からの直接命令・・非常に稀かつ指揮系統に混乱が生じかねないもの。しかし、シュリットラーは過去に2度ケイに命令を下し、危機を乗り越えてきた。

スホーイとミグ・・コミーテル連邦の航空機会社。それぞれが開発した機体にはこの頭文字であるSuとMiGがつけられる。

コンフォーマルタンク・・機体に直接取り付けるタイプの追加燃料タンク、ケイはこの話でこれに加えて翼下と胴体下に搭載するタイプの増槽を3本搭載していた。

F-15MX・・F-15の系統を脈々と受け継ぐ新型非ステルス機、上下に推力ベクトルを変えられる新型のエンジンに換装した上で両翼に4連ミサイルラックを2つの合計16発、胴体下に連装ミサイルラックを4つの合計8発、累計24発の中射程対空ミサイルを搭載可能な驚異のミサイルキャリアー、その他対地兵装も豊富でありちょっとした爆撃機並みの爆弾搭載量を誇る。現在300機以上が配備済み、配備中と製造予定合わせて今後も主力の座に居座る予定。

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