アイホートの雛の追放 - その8
2017年07月21日(金)1時08分 =萌葱町警察署B2F=
さて、ここからどうするか。現状、一方的に銃を向けられている状況だ。相手の間合い、相手の陣地、相手の位置。全て相手にとって最良の条件だ。今ここで俺が取れる選択は3つ。
1つ、相手の弾切れを待つ。まあ、これは無理だ。時間がかかりすぎるし、対神課の武器なら弾丸の補充方法は一つだけではないだろう。
2つ、俺の現実改変を使って無理やりにでも突破する。だがこれもあまりいい方法ではない。これで突破してたどり着けたとて脱出する方法がない。上からグレイが迫りくる中最後の保険を切るのも怖い選択だ。
3つ、グレイと共に強襲する。一番現実的だし、これが本望。だが、グレイの制御ができない今、迂闊な行動をとることはできない...。一体、どうするべきだろうかな。
曲がり角の壁の裏で様子を伺いながら打開策を考える。だが、相手は壱課。小手先の打開策じゃ突破されるのは目に見えている。かと言ってこちらの手の内を先にさらけ出すのも悪手だ...。
次の行動をどうするかを延々と悩んでいると、俺が通ってきた階段のほうから爆速で何かが駆け降りる音が聞こえる。そちらの方へ視線をちらりと移すと先ほどまでのびていた伸二がおりてきていた。しかし、伸二はこちらには目もくれず、ずっと後方を注意しており、視線を辿るとそこにはグレイの津波のようなものが通路という通路を埋め尽くして侵蝕をしている。
流石にこのままだと巻き込まれる...。とりあえず近場にあった部屋の扉を開き、体を押し入れる。部屋の中は真っ暗であり、足元も色々物があるようで下手に動くことができない。一瞬息をついた途端、バリバリバリッと壁を裂くような音と共に伸二の悲鳴が壁越しに聞こえる。
徐々に暗闇に目が慣れてきた。どうやらここは...、いや。ここが、俺の目的地だったみたいだ。
どうやらこの部屋は取調室のようだ。そして、足元の障害物は...糸だ。その糸は部屋中を張り巡らしており、まるで蜘蛛の巣のようだった。そして、本来机や椅子が置いてあるであろう部屋の中央には、ひと際大きな繭のようなものが鎮座している。
それに対して「津雲巡か?」と声をかけてみると、幽かにだが反応がある。急いで救助しようと手で切り裂こうとしてもなかなか繊維が堅く、手を隙間に差し込むことすらできなかった。4号もこの連戦で損傷が激しく無茶な使い方はできないだろう。
であるのならば、手を借りるしかないだろう。同じ目的を持つそれは、すぐ近くにいるんだからな。
そう考えながら、この部屋の扉を開け放つ。
「グレイ、津雲はこの部屋だ!」と声をかけると、扉に張り付いていた分のグレイが流れ込み、糸を一本一本ほぐして外していく。
徐々に糸にうずめられた男が姿を現す。その表情は三日三晩飲食をするという行為自体をできなかった地底人のような感じだった。
「大丈夫...ではないが、まあ、生きてるからヨシ。津雲、動けるか?」
「君は...?動けるか...って...まあ、一応。」
「詳しい話は後だ。今、呪い屋に腹の中に怪物を宿した急患が3名待ってる。」
「腹に怪物...。なるほど、遂に烏丸も動き出したのか。であれば、早急に行った方がいいか。」
徐々に糸から解放され、圧迫されていた四肢に血液を送るように掌を開いたり閉じたりしている。そして、遂に椅子から解放された。
「さて、ここからどう脱出しようかって感じなんだけど...。」
「ん、ああそう言うこと。大丈夫、俺にはこいつがあるんでね。」
そういう彼はポケットから目が描かれた紙を取り出す。
「なんだその、目の書かれた紙。なんだ...?」
疑問と、困惑の入り混じった感情で問うと、フフンと待ってましたと言わんばかりの表情と共に口を開く。
「これは『消滅の紙』。この紙を破ると対となるアイテムの場所までテレポートできるアーティファクトさ。細かい条件はいろいろあるが、これを破ればテレポートができる。そして、既に呪い屋に設定してはいるからこれを破るだけで逃げ出せるのさ。」
「そうか、ちなみにそれって俺もいっしょに行けたりする?」
「んー、まあ俺にくっついていればできるよ?」
「そうか、であれば...少しだけ待っててくれ。」
そう言って、俺はグレイの方に視線を変える。
「目標達成 『グレイ』ハ 次ノ行動指定マデ スリープモード ニ移行シマス」
ちょうどいい、ここで使ってしまおう。
「嘘の音が聞こえた。次の行動はすでに示されている。個体名『文野徠』の護衛だ。」
「・・・認証 『グレイ』ノ次ナル目標ハ 個体名『文野徠』ノ護衛 行動ヲ開始シマス」
そう音声モジュールから言葉を発生させたのち、ずるずると地上階の方へとグレイが大移動を始めた。一時的に邪魔をしていたからこれで伸二や香苗がフリーになる。その前に、移動をしないと。
そう考え、津雲の肩に手を置いて、「使ってください!」と言葉をかける。
それを聞いた津雲は目の文様を内側にして二つ折りにし、紙を破いた。




