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宴-en- 〜閻魔美少年と行く冥界世直し珍道中〜  作者: 風島ゆう
死を儚んではならない。
23/31

23.顔面論争!?


   *


「ゆとり!」


 強く揺さぶられて、俺はばちっ、と目を見開いた。

 同時に肺に大量の空気が入って来て、げほげほ、と体を捩って咳き込む。


 苦しい。怖い。水の感触がする。


 冷え切った手足をぶるぶる震わせていると、ぐい、と胸ぐらを掴まれた。


 少々目元はきついが美しい造りの顔が目の前にあって、ここが天国か、と納得しかけたところで、


「しっかりしろ」


 べん、べん、と両頬にそこそこの力でビンタを食らう。


「いて、いて、痛いって、焔!」


 名前を呼ぶと、ほっとしたような顔をして焔が俺から手を離した。


「びっくりしたぞ。魘されてると思ったら急に苦しみ出して、挙句息を止めるから、こいつ寝ながら死ぬ気かと思ったわ」


「俺もびっくりしたー……」


 ひりひり痛む頰に手をやると、わずかに濡れている。


 ああ、俺泣いたのか。


 ぐい、と目元を拭って涙を拭う。まだ少し手が震えていた。


 辺りを確認すると、少し離れた場所でアニが寝息を立てている。こちらの騒ぎには気がつかなかったようだ。


「ていうか何この微妙な距離」


「俺の側で寝るのは嫌なんだと」


「またそんな」


「俺も男同士固まって寝る趣味はない」


 ばっさり言って、焔が岩場に腰を落ち着ける。

 俺が寝入る前にいた場所からは動かなかったのか、周辺の景色に見覚えがあった。


「念の為交代で起きていることになって、起きている方がお前の側にいることで話がついた。この中だと咄嗟の時にお前が一番死にそうだからな」


「たーしーかーにー。俺が一番弱いー」


 ごろん、と横になって、俺は胸の上に手を置いた。

 心臓が規則正しく動いている。震えが止まった。少し落ち着いたようだ。


 ――あれは、何だったんだろう。


 星のない真っ暗な空を見上げて、俺は思った。


 ただの夢とは思えないほど生々しい映像だった。想像というより経験に近い。俺にとってはもう、自分の過去と同じレベルの記憶となっている。


「記憶……」


 そういえば、と俺は座っていても姿勢の良い焔に向かって尋ねた。


「輪廻できない魂は晴らすことのできない拘りを持ってるって言ってたけど、例えばどんな?」


 焔が片方の眉を器用に上げて、目を眇める。

 何でそんなことを聞くのかと言いたげな顔で、それでも少し考えてから答えをくれた。


「例えば……そうだな。例えば、大切な友人を自分のせいで死なせてしまったり、その上友人が大切に想っていた許嫁を自分の不注意で殺してしまったり。そういうことかな。人によって様々だ」


 許嫁、と言う言葉に俺はふと、焔が身につけている女物の晴れ着が気になった。


 いや、まさか。


 一瞬、焔自身の話かとも思ったが、いくらなんでも焔の歳では若すぎる。婚約するような友人がいる年齢には思えなかった。


 勘ぐりすぎかな、と俺は焔の話と晴れ着を結びつけるのをやめる。ことさら暴きたいわけでもなかったから、それ以上質問もしなかった。


 切り返して焔が問いかける。


「そんなことより、お前あの赤鬼に執着される理由に心当たりはないのか」


「え?」


「ここでの奴らの仕事は死者の足を引っ張ることだ。追いかけ回して殺す。そうやって第一法廷までの道中を阻む障害となっている。まあ、相手は誰でもいいからターゲットを決めて探し回ることも可能といえば可能なんだが」


 眉をひそめる焔は、表情を曇らせても美人だ。二十三年間モテた記憶のない俺としては羨ましい限りである。

 しょうもない感想を抱いている俺をよそに、焔が続けた。


「この辺りにいる獄卒達は一度視界から消えた死者は一定時間視認できなくなるシステムに縛られている。見失った者に拘って探し回るのは非効率的だ。普通はやらない。なのにお前は日に三度もあの赤鬼に出くわしたと言う。これは偶然ではないだろう。あの鬼はお前に執着しているんだ。それも、定時を過ぎても追いかけてくるほどに」


 そして再度、俺に問う。


「お前、何か思い当たらないのか」


「ええ」


 そんなこと言われても、俺の方に心当たりはない。


「何かなぁ。俺何かしたのかなぁ。気づかないうちに恨みでも買ったのかも」


 正直逃げていただけなので、何かをした覚えもなかったが。


 というか、出会った時からすでにキラキラした目で追いかけて来ていたので、どこがきっかけで目をつけられたのかも分からなかった。


「恨みか。あんまりそんな感じには見えないけどな」


 含みのある言い方で焔が首をかしげる。

 どういう意味かと問うと、ちらりと流すような視線を俺に向けて焔が言った。


「お人好しが顔に出ている」


「顔に⁉︎ どういうこと⁉︎」


「顔の作りがふにゃふにゃ柔くて締まりがない。それで腹が黒かったらいいミスリードになるな」


「褒めてないっ! 褒めてないな、それ! 俺そんなに顔面は悪くなかったはずだぞ! モテはしなかったけども!」


 そうだ。俺の顔は確か、十人並みと言っていいくらいの出来だった。

 髪と瞳はアーモンド色で、タレ目でタレ眉なのがいかにも弱キャラな印象だったが、柔和な顔立ちでいい顔だってよくばあちゃんが褒めてくれたんだ。


 ――あれ?


「別に顔面が悪いとは言ってないだろ。良く言えば人が良さそうに見える、という話だ。しかもお前の場合、どこまで本気か知らんが行動基準が他人優先になっている。軽々に人に恨みを買うような行動をするとも思えないが」


「ちょっと! ちょっと待って!」


 焔の言葉を遮って、俺は額に拳を当てた。

 夢で見た一部始終を思い出す。子ども達の集団。隠れ鬼。そして、一見柔和そうに見えるあんちゃんの顔。


「……ああ、そうか」


 そうか。そうだったのか。

 気がついて、俺は途端に泣きたくなった。




「俺は、あんちゃんに似てたのか」





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