すなわち、魔王。
お父さん。お母さん。お姉ちゃん。
お元気ですか。
私は今、走馬灯の中です。
勇者が、最低な作戦を使ってきました。
召喚魔法に頼りきり、精霊任せで殴ったり蹴ったりしてくるのです。
というか、精霊しか攻撃してきません。勇者たちは後ろでそれを見ています。勇者が戦闘不能になればパーティーの負けとみなされるので、精霊以外は全力で勇者を守っている感じです。
なんと卑劣な。
なんと、醜悪な――。
「フン……これが私の全力だと思うな……!」
さっきから勝手に言葉を発してしまう。恐らく私のHPがある程度なくなると、魔王語が漏れるようになっているのだろう。
すなわち現在、私のHPは四人の精霊たちによってガンガン削られていた。
はっきり言うが、私に勝ち目などまったくない。
だってこの精霊たち、やばいくらい強いんだぜ……?
「貴様らっ……こんな手で私を倒そうなぞ、恥ずかしいと思わないのかっ!」
思ったことをそのまま叫んでみたら、意外と魔王語翻訳されずに言えた。
私の言葉を聞いた勇者が「黙れ!」と叫ぶ。
「勝てばいいんだ! とにかく、お前に勝たなければ何も始まらない!」
「ぐっ」
「俺は決めたんだ、どんな方法を使ってでもお前に勝つと! 俺は勇者としてここにいる、すなわちお前に勝たなければならないんだ! そのためなら、恥もプライドも捨ててやる!」
「ぐうっ」
「最後の一撃だけ勇者が決めれば、見ためはそれっぽいからもういいんだ!」
明らかに最後のセリフが本音だった。
――この勇者、酷いな。
薄れゆく意識の中、私はそんなことを考えていた。「目が覚めたら魔王でした」状態の私は自分の所業を知らないが、勇者だって大概酷い。
タイマンをはれない時点でどうかと思うけど、更に精霊を四人も呼んで、自分は後ろで見ているだけというこのていたらく。
酷いな。こんな酷い奴、なかなかいねえよ……。
私は力を振り絞り、目の前にいた精霊を攻撃した。これにより大地の精は消滅したが、三人の精霊がまだ残っている。……くそ、もうだめだ。身体に力が入らない。
ああ……私が倒されたら、温室のベゴニアや胡蝶蘭、青い薔薇は誰が世話をしてくれるのだろう。そういえば昨日の晩御飯、あんまりゴージャスな内容じゃなかったな。こんなことなら寿司でも食べておけばよかった……。
ああ。
さよなら私の魔王城――。
「これで終わりだあああああああああああ!」
勇者が剣を振るうのが見えた。
私の身体はもう、動かなかった。
【あなたが勇者を倒すべき回数は、残り□■■?%&??】
*
勇者のパーティーが大喜びしている様子を、私はぼんやりと眺めていた。
……負けた。
負けたけれど、私の身体は消滅することも日本に帰ることもなく、魔王城に横たわっていた。
死んではいないと思う。けれど、身体がちっとも動かない。
「やったぞカムイ、ついに俺たちは魔王を倒したんだ!」
「おめでとうございます、カムイさん!」
仲間たちが満面の笑みをたたえ、勇者の元へとかけよっている。まあそりゃそうだよな……あれだけ何回も魔王に挑んで、最後の最後に勝ったんだ。喜びもひとしおだよなあ……。
敵という立場ではあったが、魔法使いや右腕男の無邪気な笑顔は、ここまでくると微笑ましくもあった。
――しかし。
「……ごちゃごちゃうるっせえんだよ、このハエどもが!」
勇者が、自分の仲間を剣で薙ぎ払った。
何が起こったのか分からず、私を含め皆が驚愕した。もともとHPの少なかった魔法使いは、勇者の一撃で戦闘不能になったようだ。ぴくりとも動かなくなってしまった。
「お、おいカムイ……」
「なれなれしく呼ぶんじゃねえ。カムイ様だろうがこのクソ野郎」
勇者に手をのばそうとしていた右腕男が、びくりと肩を震わせた。
勇者が「クック」と喉を鳴らすようにして笑う。
その笑い方は誰かに、――私に、よく似ていた。
「いいかあ? 今日から俺のことを、この世界を救った勇者様として崇めるんだ。この城も、今日から俺のものにする。お前ら愚民どもはせいぜい、毎日この城に酒や女を運んでくるんだな。……この世界を救ったのは俺。すなわちこの世界はもう俺のもんだ!」
ハーハッハッ! と勇者が声を上げて笑った。
勇者の他に、笑うものは誰一人いなかった。
「魔王は良い暮らしをしていると聞いていたが、この城を見る限り本当みたいだな。もう、貧乏村で暮らしてた時の俺じゃねえ。今日から毎日遊んで暮らすのは、この俺様だあ!」
勇者の言葉に、私は拳を握り締めた。
貴様ッ……。
貴様、最初からそれが目的だったのかぁっ……!
私は叫んだ。が、唸り声しか出なかった。
右腕男が顔を真っ赤にして勇者に殴りかかる。けれど、「パーティーの中で誰よりもいい装備」をしている勇者にはろくにダメージが通らず、あっという間に返り討ちにされてしまった。
――こんなのあんまりだ。
次々と勇者に倒されていく仲間たちを見ながら私は思った。
この勇者は最初から、魔王城とそこでの暮らしが目的だったのだ。それを知らない仲間たちは、この世界を救おうとあんなに一生懸命頑張っていたのに。
勇者は、自分の贅沢しか考えていなかったなんて……。
この勇者、まさに外道。
この勇者、まさに鬼畜。
この勇者、まさに卑劣。
この勇者、すなわち、魔王。
……誰かが止めなければならない。
この、真の魔王を。誰かが止めなければならない……!
私は歯を食いしばり、殴りかかろうとした。
けれども意思とは裏腹に、視界はどんどん暗くなった。
*
目を覚ますと、私は屋根裏部屋にいた。
えーっと、ここはどこ?
上半身を起こし、周囲を確認する。どうも、女の子の部屋らしい。汚れたぬいぐるみや人形を、部屋のあちこちに飾ってある。部屋の空気は生ぬるく、湿気ていた。恐らく初夏なのだろう。
あー。汗で身体がべたべたしてる。お風呂入りたい。そうそう、この前温泉に打たせ湯を作って――
「××! 目を覚ましたのなら朝食の準備を手伝っとくれ!」
下からお母さんの声が聞こえてきた。
私は何故か、××が私の名前であることも、聞き覚えのない女性の声が自分の母親のものであることも理解していた。
「――最近、魔王がまた国を滅ぼしたんだそうよ」
塩をケチった薄いスープをすすりつつ、お母さんがそんなことを言った。
「魔王?」
「やだねえ。この子は魔王の存在すら知らないのかい」
そうしてお母さんは、私に魔王のことを教えてくれた。
魔王城というところに住んでいて、とても強いらしいこと。
魔王城には毎日、酒と女を運ばなければならないこと。
少しでも気に喰わないことがあると、一国を滅ぼしてしまうこと。
それを聞いた私は、恐怖よりも怒りに震えた。
勇し……じゃなくて魔王。そいつは絶対に許せない。きっとその魔王城にはベゴニアと胡蝶蘭の咲き誇る温室があって、中庭には青い薔薇が咲き誇っていて、温泉・プール・サウナは完備だし、おやつの時間になれば紅茶やマカロンを堪能しているんだ。
何故かはわからないが、魔王城やそこでの生活について、具体的に想像できる自分がいた。
「お母さん」
「なんだい」
「私、魔王を倒すよ」
私がそう言うと、お母さんは目を真ん丸にした。
「何言ってんだい! あんたが魔王に勝てるわけないだろう!」
「それでも私は、魔王を許せないよ」
そんな素敵な暮らしをしているだなんて、絶対許せない。
――あの生活を取り戻さないと。
私は本気だった。けれどお母さんはどうしても私に魔王討伐を諦めてほしいらしく、声色を変えてこんなことを言った。
「あのね。魔王城に一度向かえば最後……村に帰ってきたものは、これまで一人もいないんだ。だーれも帰ってこれないんだよ。だからあんたもやめときな」
お母さんの言葉を聞いて、私はにやりと笑った。
そして答えた。
「大丈夫。二十九回は帰ってこれると思うから」
【あなたが魔王と戦える回数は、残り30回です】