Chapter14 今、守るべき者-2
俺の家じゃないような俺の家に着いた。
ひろみを除く三人が早いもの勝ちでコタツ権を取得するという地下鉄車両内での取り決めに従って、当然のようにまちと俺と新渡戸が先着し、加賀と高島がガタガタ震えながら羨望の眼差しを向けるという予想通りの光景だった。
「高島、俺と代わるか?」
とか言ってみた。
「ううん、加賀君と一緒だからいいの」
そう来るわな。
わかってた。
「じゃあ加賀、俺と代わるか?」
新渡戸が言った。
「いやあ、さきちゃんいるし?」
あーやだやだ。
バカップル反対。
そんな会話をしている間に、ひろみが紅茶を淹れてくれた。
淹れ方は以前まちが教えていたから、できて不思議は無いのだが、加賀以上にアクティブかつポジティブな行動なので少々驚いた。
「ひろみちゃん、ありがと」
高島の笑顔に、こくん、と頷く。
愛らしい。
「加賀君加賀君」
「なんだいさきちゃんさきちゃん」
「寒いねー」
「寒いねぇ」
クソどうでもいい会話。
「加賀、高島。寒いか?」
「寒いよ!」
新渡戸が問いかけたこともあって、高島が怒ったように言う。
「そうか、寒いか。寒いなら、コタツ争奪、トランプ大会といこうじゃないか」
「最下位は脱げとか言わないわよねぇ」
「高島……漫画の読みすぎじゃあ……」
俺は高島のあられもない姿を想像しないように頑張った。呆けている加賀とは違って真面目なんだ俺は。
「まぁ、脱げとは言わない。だが、まぁ場合によっては脱げだな」と新渡戸。
「何よそれ」
「たとえば最下位に、高島が今着ているコートを着る権利はないということだ」
「と、言うことは、種目は大富豪ね!」
と高島が言った。すっごい乗り気だ。
「僕らは大貧民って呼んでるけどね」
そう言ったのは加賀だ。
「なんかそれ、ネガティブな呼び方ね」
「そんなこと言われてもねぇ……」
まったくだ。
「どんなルール?」
まちが言う。
「おっと、級長が知らなかったか」新渡戸。
「級長と呼ぶな」まち。
新渡戸は、にらまれてビビっているのだろうか、急に敬語になり、
「あれですよ、三が一番弱くて二が一番強く、ローカルルール満載のトランプゲームですよ」
「ルールを説明しなさい」
「あー、まぁ、その、あれだ。級長ならプレイしているうちに覚えるさ」新渡戸が言ったが、
「不利だろう。それは」不満そうにする蔵野まち。
「大丈夫大丈夫」
常識的に考えて、大丈夫なはずはない。無いのだが……。
とりあえず新渡戸はまちを負かしたいらしい。
「ヒロアキ、四枚同じ絵柄が揃った場合はどうするの?」
「そ、それは革命と言ってカードの強さの上下が逆になるという怪奇現象が起きる」
ローカルルールの一つ、革命。
「ほう、奇怪ね」
「そしてもう一回まちの番」
「じゃあその状態でこの三を三枚で出したりできたら強いの?」
「強い。あ、もう一回まちの番だよ」
「じゃあここで、Kを二枚出して手札が無くなったら何?」
「あがりで一位抜けにございます大富豪様」
「あら、何かよくわからないけど一位になったわ」
何だろう、インチキマジックでも使ったかのように、超人的ツキでまちが大富豪になった。
「ちなみに、大貧民とやらになったら、六人で何をするかの案を出してもらうわね」
そんな提案をする大富豪様に、
「お、それいいな」
新渡戸が同意していたのだが。
「じゃ、これで上がりー」
最後に高島さんが上がり、最下位は――。
「……馬鹿な……この俺が……大貧民? あれか? 心が一番貧しいですねとかそんなか!」
自虐的過ぎてツッコむ気が起きないぜ……。
結果を言うと、まちが大富豪。加賀が富豪。俺が平民。高島が貧民。新渡戸が大貧民となった。ひろみは不参加だったが、ニコニコしているので気にすることもないだろう。
「今のを見ていて、何となくルールはわかったわ」
そんなところでも超人的なんだなこの方は。
「さて、じゃあ新渡戸、六人で何をするかの提案」
まちがそう言ったとき、まるで前から考えていたかのように、新渡戸は言った。
「ん……もう一回、演劇でもやるか?」
演劇、ねぇ……。
「……俺は、加賀がいいなら」と俺が言う。
「あたしも、加賀君がいいなら」高島。
「私は構わない」まち。
皆の視線が、加賀に集中する。俺も自然と加賀のほうを見ていた。
「僕が決めろって言うの……?」
「そうだよ。お前が決める。もう一度やるか、どうか」新渡戸。
「…………やる」
加賀遊規は、少しの沈黙の後、小さな声で、でも強く、そう言った。
「わかった。加賀がそう決めたなら、それはやろう」
「だが待て。演劇と言っても、舞台とか借りるのか?」
「……俺はさ、何かにこの第七帰宅部っていう活動を残したいと思う。だから、映像として記録したい。しかし、たとえば学校の舞台に客席つくるにしろ、こんな得体の知れない部に使用許可が下りるとは思えないだろ? それに、次の演劇、というか、それは……外に向けて発表するというよりは……」
「僕自身の何かだとか言いたいわけ?」
「何でわかるんだ?」
「嘘つかれていたからといって、僕と新渡戸は五年以上親友なんだから、そのくらいわかるよ」
あっさり言ってのけた。親友と。
「俺はさ、皆で演劇を作ってるとき、すごい楽しかった。この人数じゃ大したことできやしないかも知れないけど、それでも何かを作ることが俺の生きがいになりつつあるから……」
新渡戸の言葉に、加賀がこたえる。
「許可なんか取らなくていいよ。客なんて入れなくていいよ。誰もいない体育館でもいいよ。僕はただ、もう一度あの場所に立たなくちゃ、先に進めない気がするんだよ」
「……それでいくか! 誰もいない体育館で、舞台を撮る! 一見虚しいが、第一回の活動はそれだ!」
「何かあれだな、第二演劇部って感じだな」
そう言って俺は笑ってやった。
「よし、大貧民二回戦といくぜ!」
「おう」
それから、おそらく頭の中で、シナリオを考え出した新渡戸が敗北し続けて、俺が女性陣に変なことしないか見張ると言い出した加賀が泊まっていくこととなり、さっさと台本を書きたい新渡戸と、家族がいる高島が帰り、俺が加賀に、「新渡戸からさきちゃんを守ってやらなくていいの?」ときいたら、
「さきちゃんとかお前が言うな」
とか言われた。
論点はそこじゃないよ……。
ていうか待って加賀……布団がないよ……。
明日も学校あるんだぜ?
「ヒロアキ」
「何だよ」
まちが眼鏡をしたまま肩まで浸かって眠っているコタツで、加賀と俺はあぐらをかいていた。
「将棋しようぜ」
「……は?」
唐突な提案に俺は多少の混乱を隠せなかった。
「将棋だよ将棋。香車さんがビュンと行って桂馬ちゃんがピョンと跳ねる」
「高島みたいな言い方をするな」
「あ、バレたか」
「えーと、ちょっとまってろ」
俺は立ち上がり、襖の奥の和室、まぁつまりひろみが眠っている俺の部屋にある棚から将棋盤と駒を取り出して、フローリングの領域に戻り、襖を隙間ないように静かに閉めた。
「なぁ、ヒロアキ、この蔵野まちさ、いつもここでこんな感じで寝てるのか?」
「ああ、毎日そこでだらしなく伸びてるよ」
言いながら座って、厚さ二センチくらいの簡易将棋盤。将棋盤と言うよりは将棋板と言ったほうがしっくりくるような安っぽいものではあるが、その上に、ばしゃっと駒を撒いた。
「将棋の駒で例えるなら、ヒロアキとか蔵野まちとかは、飛車とか角が成ったやつだよなぁ」
「いや、まちは飛車が成ったやつだけど、俺は角だな」
「僕なんか歩兵もいいとこだな」
「そうか?」
駒を並べながら、話す。
「そう。臆病で、他の歩兵の影に隠れてさ、敵に、二歩だぞ出て来い。とか言われる感じのやつ」
「どうかねぇ、俺にとっては王将でもあるけどな」
「ばっか、今の王将はひろみちゃんだろ?」
「……そうか、守らないとな」
ひろみを軽く扱ったのはちょっとした失言だと思ったが、加賀はそんなに気にしていないようだった。
「で、新渡戸は、銀かな。裏あるし」
「じゃあ裏のない高島は金か?」
「さきちゃんは、桂馬ちゃん」
言って加賀が最後に桂馬を置いて並べ終わる。
「桂馬か。いやまぁわからないでもないか」
俺も端歩を最後に置いて、並べ終えた。
「僕の先攻でいいかな?」
「ああ、いいよ」
そして加賀は、一手目、飛車を大きく振って角の隣のマスに付けた。
その飛車の前の歩兵を指差して言う。
「この歩が僕」
俺は自陣の角の斜め前のマスにある、加賀が「僕」と言った歩と対応した場所にある歩を進めた。
「僕が進まなきゃ何も変わらないけど」
加賀は言いながら銀将を飛車の右横のマスに置く。
「この駒、ヒロアキに守られ蔵野まちに守られ新渡戸にも守られ、さきちゃんにまで守られてる」
確かに、角に守られ飛車に守られ銀に守られ桂馬に守られていた。
……俺は銀を角の横に付ける。
「僕が踏み出せば、皆の庇護から放たれたら、僕が先頭に立っていけたら。いいなって思うんだ」
言って、力強く、加賀自身の歩兵を押した。
「僕を守るのに夢中で、王様が手薄だもんな」
そう言って、笑う。
自嘲するように、でも決意するように。
不思議な笑顔だった。
「考えすぎだよ、馬鹿野郎」
俺はそう言って、俺自身の角で、加賀の中の俺自身の角を奪い取った。
「あー、僕が一歩前出たせいでヒロアキがやられたー」
「いいの、俺は何度でも蘇るの」
加賀はまちの化身である飛車で俺自身の角を奪い取る。
「なんかリアルで嫌だな」
「僕もそう思った」
あの時、俺が盤上に戻った時、王将はもう裏返り掛けていて、無になり掛けていて、守りながら戦う余裕もなくて、本当に、どうしようもなかった。
ごめん、加賀……。
「そう思った……ってお前、戦い見てたわけじゃないだろう?」
「だってヒロアキの服ボロボロだし傷だらけだったけど、蔵野まちは無傷だったじゃん」
「よく見てるなぁ」
「焼き付いたんだよ……」
「そっか……」
盤面は進行していく。
時計の刻むカチカチと言う音と、駒が板に触れるカチカチという音。
そして蔵野まちの静かな寝息が部屋を支配していた。
ちなみに、先日までこの部屋には時計が無かった。
それに気付いた高島がアナログ時計を持ち込んで、無音の空間だった俺の部屋に多くの音が響くようになった。
これはこれで、悪くはないと思っている。
終盤。
俺のまちが、加賀陣内を荒らし、一方的展開で、加賀の王将を追い詰めた。
「おのれ、蔵野まち。許せないな」
「なんか駒を皆に例えるとやりにくいな」
「そう?」
「あ、これで詰み?」
俺はそう言ってまちを王の頭に置く。
加賀の王将に逃げ場は皆無だった。
「僕の王将はさ、今でも、霧野みやこなんだよ……だから……」
そう言って一拍、
ばたーん。加賀は将棋板をひっくり返して吹っ飛ばした。
そして、「あっ……」しまった、というように小さく声を上げる。
蔵野まちの顔面に、駒が降っていた………。
ぼたぼた
駒が落ちる。
「……痛い」
そんな眼鏡女の声に、びくっとする。
俺と加賀は、二人とも目をそらして知らんぷりを決め込むことにした。
「何か、した?」
むくりと起き上がる、蔵野まち。
正直、慌てた。
「いやいやいやいやいやいや、何も何も何もしてません」
「……何、これ。駒?」
「あー、あぁ、それ、その駒捜してたんだぁ! 何処に行ったかなって」
「……駒プレイ?」
「何だそれ?」
「私が聞きたいわ」
「まぁとりあえず、何でもないので、寝てて下さい」俺は頼み込むように言った。
「ええ、わかったわ。変なことしないでね」
「しないしない」
そう言うと、まちは再びパタリと倒れ込み、寝返りを打った。
「寝ぼけてたのかな」と加賀。
「かも知れん」
「駒プレイって何?」
「俺にもわからん」
「……ヒロアキは、蔵野まちのこと、どう思ってるの?」
「好きかどうかってこと?」
「そうだよ、一緒に住んでるんだろ?」
「勝手に住み着いてるだけだがなぁ」
「変な気持ちにならない?」
「恐怖が勝つよ」
「さきちゃんとどっちが好き?」
「高島のほうが好きだけど、俺より加賀のほうが高島のこと好きだからな」
「…………僕も、わかったもんじゃないよ? 本当にさきちゃんのこと好きなのかなんて」
「お前がひねくれてるだけだろ? 好きなら好きと素直に言え」
「迷わないわけ、ないだろ?」
「じゃあ迷え。迷った末に捕まえろ」
高島は進んだ先で金に成って待ってるよとか言いたくなったけど、意味がわからないのでやめておいた。
「僕はさ、新渡戸の方が心配なんだよ」
「他人のこと心配してる場合かよ」
「だってさ、僕にはさきちゃんがいるだろ? ヒロアキには蔵野まちがいる。新渡戸には、失ったものを埋める人も、罪を分け合う人もいないんだよ? 一人で抱え込んで壊れてしまわないかって心配にならない?」
「……お前って、思ったより色々考えてるんだな」
「世界史のノート見たんだろ? 僕はいつだって真剣だよ」
霧野みやこに関する全ての苦悩が書かれていた世界史のノートは、今や、第七帰宅部の議事録のようなものとして使われている。
「そうか……そうだな」
「新渡戸はさ、きっと僕を幸せにすることを第一にしちゃうと思うんだよ。でもそれで僕が幸せになったら次はどうすると思う? 僕はヒロアキの幸せを願うと思う。どんなに身を削っても……新渡戸はそういうやつだから。ヒロアキの次はひろみちゃん、とかそういう風に他人を優先にし続けて、いつもずっと独りきりになって、それを贖罪とか言って……きっとそんな風に考えてて、……僕は新渡戸にそんな風に生きて欲しくない。新渡戸には幸せになって欲しいんだよ。僕にどんな嘘をついていたって、僕が新渡戸を好きなことに変わりはないんだから」
「そうだな。でも、そればっかりは、新渡戸自身の気持ちの問題だからなぁ」
「どうにも、ならないのかな」
「まずお前が幸せになれば、何か変わるんじゃないのか?」
「……本当にそれで、いいのかなぁ。霧野みやこを忘れるようで……」
「忘れられるわけないだろ? 俺にとってもお前にとっても、高島にとってすら、霧野みやこは永遠になってるんだよ」
「永遠?」
「……そうだよ」
「よく、わかんないな」
「ごめん、俺も自分で言っててよくわかんなかった」
「……でも、そうだな……霧野みやこが夕実ちゃんが、僕や新渡戸、さきちゃん、ヒロアキ、蔵野まち、ひろみちゃん、皆を繋いでいるんだとしたら、繋いでいくんだとしたら、霧野みやこは永遠って言っても良いよね」
「ああ……」
永遠、ね。
そんなもの、あるとは思えないけど、記憶や記録が、残っていくなら、受け継がれていくのなら、それはもしかしたら永遠なのかも知れないと、淡く、思ってしまう。
――そうであったらいいなと思うから。
「ところで加賀」
「ん、何?」
「さっきの将棋だが、お前がああいうことするの久々に見た気がするぞ?」
「久々、というか、ヒロアキに見せるのは初めてだな」
「何で引っくり返した?」
「霧野みやこが追い詰められるのは、虚構でも嫌なんだよ」
「でもお前が今守らなきゃいけないのは、霧野より高島だろ?」
「そんな……」
「もしかしたら……高島さきが組織のやつらに攫われて、散々ひどい仕打ちを受けた後に、地下の牢獄で、光差さない狭い部屋で一生を過ごすことになる。……そういう可能性だってあるんだぞ?」
「…………」
「お前が、今全力で好きだと言わなきゃいけないのは――」
「もういい! もうわかったよ」
「加賀……」
「ありがとう、ヒロアキ」
「何に対してだ?」
加賀遊規は答えなかった。
★
翌朝のことである。
加賀と俺、まちとひろみ、その四人で登校した。加賀と俺は一睡もせずに、朝を迎えていた。あの後は、特にやることも無かったので、女教師の英語を加賀と一緒に予習したのだった。途中で、俺達と同じく目の下にクマを作った新渡戸と出会った。
「ヒロアキー、おぶって連れてってくれー」
「すごいところに放置するかも知れんぞ」
「それは嫌だー」
「新渡戸、台本は?」と加賀が言う。
昨日の今日で、無茶なことを言う。
「あー……明日まで待ってくれー。実は家に忘れてきたー」
「意味ないじゃん」
「まぁ完成してないからさぁ」
逃げ道なんて無い。今度こそ守る。
今、守るべき皆のために、逃げるという考えを、捨てようと思った。




